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「ほらっ、さっさと動きなさい! このうすのろがっ!」
背中の上で、サディ様は僕を叱責する。彼女の鋭い鞭が、僕のお尻を刺激した。
「ひひ〜ん!」
僕は咆哮して全身に力を入れるのだが、思うように動くことができない。僕の手足には鉄球付きの枷がはめられていた。
「ほらほら、何やってんのよ! さっきから全然進んでないじゃない!」
全くもってその通りだった。サディ様の部屋を周回する毎に、僕のスピードはどんどん落ちていった。いまや牛歩の如く、のそのそとしか動くことができない。
べちんばちんと、サディ様の鞭が容赦なく僕の体を叩く。必死に手足を動かそうとするのだが、中々思うように動いてはくれない。その上枷が肌に食い込んでとても痛い。手首と足首の皮膚は削れ、だらだらと血が流れていた。
「GIYAAAAAAAH!」
僕は腹の底から声を出し、己を奮い立たせた。こんなことでは駄目なのだ。サディ様を満足させなければ、専属奴隷として仕えている意味がないのだ。僕は死力を尽くし、ずんずんと前に進んでいった。
「その調子その調子い」
サディ様は鼻歌をうたうように言った。僕はそのままのペースを維持しようと試みるが、すぐに手足が言うことをきかなくなった。
とうに限界は超えていた。まるで動かなくなった僕に痺れを切らし、サディ様はするりと床に降り立った。そして僕の脇腹を思い切り蹴った。
「がーまるちょば!」
思わず僕はぐてんと横に倒れた。
「全くもう」
サディ様はそう言うと僕の前にしゃがみ込み、鍵を取り出して枷を外してくれた。鉄球の重みから、僕の手足は解放される。
「使用人、手当を」
「かしこまりましたっ!」
部屋の片隅にいた使用人が、サディ様の声掛けでこちらにやってくる。彼は僕の手足を消毒し、包帯を巻いてくれた。
「こんなんでへたばっていては駄目よ、青太郎」
サディ様は厳しく僕を咎めた。僕は体を起き上がらせると、「大変申し訳ございません」と心の底から謝った。自分の体たらくぶりを心底恥じた。
「私の専属奴隷として、あなたはもっと強く、頑丈にならなければならないわ」
彼女の言うことは全く持ってその通りであった。
「はい! 精進いたします!」
確固たる決意を持って、僕は声を張り上げた。
サディ様を乗せて、僕はベリィ様の部屋に入る。挨拶を交わすなり、ベリィ様は、「今日は天気もいいし、中庭に行きましょうか」と言った。サディ様は楽しそうに、「わーい」と声を弾ませた。
館内を移動し、僕達は目的の場所に辿り着いた。そこはまるで1つの植物園かのようだった。広大な敷地のあちこちに花壇があり、たくさんの草木や花や観葉植物が植えられていた。
ベリィ様とサディ様は、じょうろ片手に、親子並んで赤煉瓦の地面を歩いた。彼女達は周りの植物を眺めては、うふふふふと楽しそうに笑い合った。僕はそんな彼女達の睦まじい姿を、中庭の入り口からじっくり眺めることができた。
時に彼女達は立ち止まり、花や観葉植物の手入れに勤しんでいるようだった。2人が植物に水をあげ、愛でるように触れる様は、僕の心を非常に落ち着かせた。なんて花や自然が似合うお二人なのだろうと思う。彼女達に仕えられて、本当に僕は幸せだった。
また、ベリィ様がサディ様に対し、何か講義めいたことをしている様子も見て取れた。実際に生の植物を前にして、あれこれと生態や知識を教えられるというのは、とてもいい勉強になるだろう。
中庭を移動していく2人の貴婦人を、僕は絶えず目で追った。やがて彼女達は一巡し、こちらの方に戻ってきた。体感的にはあっという間だったが、実際は数時間が経過しているようだった。僕は花や植物と戯れる彼女達を、いつまでも見ていたいと思った。




