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6

 使用人がベリィ様の部屋の扉を開いた。サディ様を乗せて、僕は部屋の中に進み出る。


「ごきげんよう、お母様」


「ごきげんよう、サディ」


 玉座に座るベリィ様は、サディ様を見て微笑むと、「天気もいいし、午後は農園にでも行きましょうか」と言った。背中の上でサディ様の「わーい」という幼気な声がした。


「外に出るなら私も馬を使わないとね」


 そう言うとベリィ様はパチンと指を鳴らした。部屋の片隅にいた使用人が、素早い動きで外に飛び出していった。


 使用人はものの30秒もしないうちに帰ってきた。それも4人の屈強な男奴隷達を引き連れて。奴隷達はベリィ様の周りにしゃがみ込むと、玉座の四つ脚をそれぞれが抱え、椅子ごと彼女を持ち上げた。


「さあ、行きましょう」


 屈強な男達の頭上から、ベリィ様は朗らかに言った。




 僕達は広大な館をずんずんと進んだ。階段を降りきり、食堂の前を通過する。そこからは僕が未だ足を踏み入れたことのないエリアだった。

 長い廊下を歩き切ると、開けた玄関ホールに行き着いた。豪壮な絨毯とシャンデリアが、客人を迎え入れることだろう。そのエレガントな空間を、これまたエレガントな母娘が悠々と進んだ。


 使用人が巨大な玄関扉を開く。

 僕が外に出るのは初めてのことだった。柔らかな陽射しが一斉に降り注ぐ。障害物のない太陽の光が、僕の肌を直に照らすのだった。

 眼前には奴隷部屋から眺めた広大な農園があった。地上から見るそれは視界いっぱいに広がり、圧倒的な自然のエネルギーが感じられた。


 大地は緑で色付いていた。そこには様々な野菜や穀物、果物が実っていることだろう。僕が食べるにんじんもどこかに埋まっている筈だった。

 農園に点在する奴隷達が、せっせと作物の収穫を行っている。彼らの着る衣服は土や泥に塗れ、ぼろぼろだった。監督官らしきブルジョワなファッションをした男達が、鞭を片手に奴隷達を見張っている。


 玄関先の数段の階段を降りると、僕はこの世界で初めて地面に触れた。土の感触が酷く懐かしかった。

 サディ様を乗せて、僕は大地を一歩一歩歩き出す。長年四つ足で生活したことにより、僕は小石を踏もうがガラスを踏もうが大丈夫だった。それ程までに、僕の手の平や膝や足裏は硬化していたのだった。


 僕達は畦道に入って農園の中を進んだ。監督官らしき男達はベリィ様達の存在に気付くと、「お疲れ様です!」と大きな声を出し、深々とお辞儀した。


「おらおら働けええ! 奴隷共おおお!」


 ベリィ様は奴隷の横を通る度に、容赦なく、無条件に鞭を振るった。彼女の鞭はとても長く、玉座の上からでも簡単に対象を捉えた。それはまるで意思を持った蛇のように動くのだった。

 サディ様もベリィ様の真似をして、横切る奴隷達をビシバシと鞭で打った。母娘に撲たれた奴隷達が悲痛な叫び声を上げる。サディ様はフフフフフと終始笑い声を漏らし、とても楽しそうだった。


 前方の畑に、ちょこまかと動く小さな人影が見えた。近付くに連れ、それがペプチドだということが分かった。彼はキャベツの収穫に勤しんでいるようだった。働きっぱなしなのだろう。彼の表情には疲労が色濃く残った。

 ペプチドがこちらに気付く。僕と目が合うと、彼の表情はパッと明るくなった。


「エムバペ〜!」


 とことこと走り出したペプチドを、当然ながらベリィ様の鞭が打った。


「うっひゃああ〜!」


 サディ様も笑って鞭を振るう。


「ひょええ〜!」


 ペプチドの愚行に気付いた監督官も、急いで駆けつけて鞭を打つ。


「どっひゃああ〜!」


 3発の鞭を喰らい、ペプチドはキャベツ畑をころころと転がった。


「おいガキ! サボるんじゃねぇ!」


 監督官はペプチドに怒声を浴びせた。それからベリィ様達を見て、「わざわざありがとうございます」と慇懃に言った。


「相変わらず馬鹿な糞ガキだね」


 サディ様は排水溝の汚れでも見たかのように、酷く嫌そうに言った。


「会えてよかったわね」


 サディ様が僕にそう語りかける。そう言われても、やはり僕は別に、と思うのだった。

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