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死を覚悟した時、バシャーンという音と共に、僕の全身を冷たいものが包んだ。炎は忽ち消えた。僕はずぶ濡れになっていて、目の前に空のバケツを持ったサディ様が立っていた。
「大丈夫かしら?」
サディ様に言われ、僕はこくりと頷いた。
「ならよかったわ」
サディ様は無感情に言った。こういった事態を見据えて、事前に水を用意していた彼女に、僕はほわわんとした気持ちになる。なんだかんだ助けてくれるのだ。優しい。
「ありがとうございます」
僕がお礼を言うと、彼女は「まあ勝手に死なれても困るからね。あなたは私の専属奴隷なのだから」と言った。もしかしてサディ様はツンデレなのではないかと思った。
「調教は一旦終わりにするわ。もうすぐ出かけないといけないから、そこで待機していなさい」
そう言ってサディ様はツカツカと部屋の奥へ歩いていった。僕は床に寝転がったまま、全身の痛みをしくしくと感じた。
サディ様を背中に乗せて、僕は館内を歩く。前方の使用人の後をついていくと、やがてよく見知ったエリアに足を踏み入れた。
大きな扉が開かれる。見慣れた豪勢な部屋。奥の玉座にベリィ様が座っている。彼女はサディ様を見ると、にっこりと微笑んだ。
「あらサディ、ごきげんよう」
「ごきげんよう、お母様」
何気ない親子の挨拶でも、彼女達の気品はどばどばと溢れ出るのだった。
「奴隷の調子はどう?」
ベリィ様に聞かれ、サディ様は「まあいつも通りよ」と答えた。
「でもさっき調教に身を入れ過ぎて、危うく丸焦げにしてしまうところだったけど」
ベリィ様はあらあらと言って笑う。
「初日から飛ばし過ぎては駄目よ。そんな子豚をチャーシューにしたところで、全く食えたものではないのだしね」
「あら、お母様ったら」
サディ様はそう言ってくすくすと笑う。二人のやりとりを、僕はいつまでも見ていたいと思う。
「それでは今日はお裁縫を教えましょうか」
「はい、お母様」
サディ様は僕の背中から降りた。それから僕に向かって、「青太郎、あなたは外で待っていなさい」と言った。僕は彼女の指示通り外に出るのだった。
部屋の前で、僕と使用人は並んで突っ立った。ただひたすらに待つというのは、中々しんどいことであった。しかしサディ様の指示の元、それを行うということは、一種の放置プレイと考えることができた。
茶髪の若い使用人は、真っ直ぐ前を向いたまま微動だにしない。日頃から慣れているのだろう。職務を全うしている。
僕は部屋の中で裁縫を習っているであろう、サディ様のことを考える。いつも僕達が調教が受けていた部屋で、サディ様も同じように日々学んでいたのだ。そう思うと感慨深い。
思えばペプチドと過ごした奴隷部屋での膨大な時間、僕は度々サディ様のことを想った。あの人、今何してるのかなあ?とか、お昼ご飯何食べたのかなあ?とか、モー娘。の歌詞みたいなことを考えた。
専属の奴隷となった今、僕はサディ様の行動を全て把握することができた。それはとても素晴らしいことだった。
専属奴隷としての初日が終わる。僕はいつもの奴隷部屋で床に寝転がり、満たされた気分になった。
僕は1日サディ様を乗せて館内を度々移動した。その日はベリィ様の部屋と食堂とサディ様の部屋の往復であった。
晩餐が終わった後、サディ様を部屋に送り届けると、彼女は「今日はもう帰っていいわ」と僕に言った。食後にちょっとした調教でもあるのではないかと思っていたのでがっかりした。
使用人に連れられて、僕はいつもの奴隷部屋に戻った。
明日も僕はサディ様の専属奴隷なのだ。そう思うと僕の胸は高鳴った。素晴らしい日々がこれからも続く。毎日がスペシャルだ。
そんな中、ふとペプチドのことを思い出した。どうやら彼はこの奴隷部屋には帰ってこないようだった。外で労働をしているようなので、別の場所に移ったのだろうか。しかしそんなことはどうでもいいことだった。
火傷の跡が心地良く痛む。やがて僕は眠りに就いた。




