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ふと気になることができ、僕はサディ様に質問した。
「あの、ペプチドはどうなったのでしょうか?」
どうでもいいっちゃどうでもいいが、長年生活を共にしてきたのだ。彼の行く末くらい知っておこうと思った。
「ああ、うんこ次郎のこと? あいつは外に出て他の奴隷と同じように働くことになったわ」
幾度となく眺めた窓外の景色。広大な農園に点在し、鞭を打たれながら馬車馬のように働かされる奴隷達。
あの中に彼もまた紛れるのか。それはそれで羨ましいことであった。しかし僕にはサディ様がいる。彼女の専属の奴隷になれるなんて、これ以上のことはないだろう。
「そうなんですね」
僕が相槌を打つと、サディ様は意地悪そうに「気になる?」と言った。
「ええ、まあ、少し」
「そう。まあそのうち彼の様子も見られるでしょうね」
別にどうでもいいのだけど、と思う。どうせペプチドのことだから、日々従順に作業を続けながら、裏でぐちぐちと言うのだろう。
「そんなことより、専属となったからには、今まで以上にビシバシ鍛えてあげるから、覚悟しなさい」
喜んで。僕は心の中でそう思いながら、威勢よく「はい!」と返事した。
「さあ、青太郎。この火の輪を潜るのよ」
どこから持ってきたのだろう。サディ様はサーカスで使われるスタンド式輪っかに火をつけると、僕にそう促した。
僕は四つ足で駆け出すと、輪っかの中央目掛け、地面を思い切り蹴って飛び上がる。めらめらと燃え上がるリングの中を、するりと潜り抜けることができた。
「素晴らしい。よくできたわ」
サディ様に褒められて、僕は嬉しい。
「次はこれよ」
そう言ってサディ様はさっきよりも高さのある輪っかを持ってくる。彼女の傍には大小様々な輪っかスタンドが置かれているのだった。
僕は次々と火の輪を潜っていった。それは走り高跳びの選手が記録を更新していく感じに似ていた。徐々に飛び越える難易度が上がっていくのだ。
何度も僕は炎に触れた。それはとても熱く、服は焦げて肌は火傷した。それらの痛みを快感に変えて、僕は火の輪へと向かって行った。
思い切り地面を蹴り上げる。僕はリングにぶち当たりながらも、不格好に向こう側に捻り込んだ。炎が服に燃え移り、僕の体をじりじりと焼いた。
「あゔどぅるっ!」
僕は悶えながらも快感を覚えた。火炙りは相当にキツく、相当に気持ちいいのではないか。そんなことを思う。
のたうち回る僕を見て、サディ様は「ふふふ」と楽しそうに笑っている。自分のパフォーマンスが人を笑顔にさせる。ダンサーの気持ちが僕には分かった。
やがて炎は消えた。僕は恍惚の表情を浮かべ、ぐったりするのだった。
「はい、休んでる暇なんかないわよ。次、次」
サディ様は既に次の輪っかスタンドのセットを終えていた。この人は鬼、もしくは天使なのではないかと思えた。
火傷だらけの体を鞭打って、僕は立ち上がる。目の前の輪っかスタンドは相当に高い。前回はギリギリだった、というかアウトだったのにも関わらず、サディ様はさらに高度を上げていた。
「はい、いってみよう」
サディ様の掛け声はとても軽かった。
僕が丸焼けになるのは目に見えていた。もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれない。それはそれで本望だった。とてつもない苦痛に悶えながら、愛する人に看取られて死ぬ。とても幸福なことじゃないか。
僕はよろよろと走り出した。到底越えれないと分かっていても飛ぶしかなかった。
地面を蹴る。案の定ぶつかる。僕の上半身は輪っかを越えようとするが、胸の辺りでつっかえてしまった。1、2秒程、宙ぶらりんの状態となる。忽ち僕の体は炎で包まれた。
「燃えつきるほどヒート!」
僕は叫びながら後ろに倒れた。火だるまになりながら、バッタンバッタンと暴れては消火を試みた。しかし、中々炎は消えてくれない。
やばいかも。業火の苦しみに悶えながら、僕はそんなことを思った。




