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「ころす……、ころす……、ころす……」
奴隷部屋でペプチドはぶつぶつと喋り続ける。こけた頬と落ち窪んだ目で呟く彼は怨念そのものだった。
親子で虐められるなんて奴隷冥利に尽きるというのに、彼は何を恨んでいるのだろうと思う。
「うぅ、ううう〜」
かと思えばペプチドは急に泣き出す。勝手に1人で忙しそうだなと思う。
「エムバペ」
不意に名前を呼ばれてびっくりした。
「何?」
「ゆるせないよな、あいつら。ぜったいゆるせない!」
ペプチドは目を充血させて言った。
「なんであんなことができるんだよ、あいつらは。にんげんじゃねえよ」
人間だよ、と僕は思う。
「ママにあんなことさせて……、エムバペのママにだって……、うぅ」
結局晩餐が進む中で、女達は全員服を脱がされた。裸で踊る彼女達を、イジュメール家の男達は鞭で打ったり、蹴り飛ばしたり、気まぐれに暴行を加えた。女達の体は漏れなく痣や傷でいっぱいだった。
「ぜったいここからでてやつらをぶちころそう。ぼくたちのなんばいもなんばいもいためつけて、うまれてきたことをこうかいさせてからころすんだ」
何を言い出すのだこいつはと思う。そんなことができる訳がなかった。無力な子供の癖に、相変わらず言うことが壮大だなと思う。
「なあ、そうだろ?」
亡霊のような顔でペプチドはこちらを見た。そんなことは全く思っていなかったのだが、彼の迫力に押され、僕はこくりと首を動かした。
「そうだよな、ふふ、やっぱそうだよな! フフフ、フフフ、ハーハッハー!」
このチビガキはとうとうおかしくなってしまったのかと僕は思う。彼の笑い方はイジュメール家の人々によく似ていた。
「ぶひひひ〜ん!」
亀甲縛りにされたペプチドが大きな声で鳴いている。
「本当にだらしがない糞豚だねぇ」
ベリィ様はそう言うと鞭を振るった。
「ぶっふぉ〜!」
宙吊りにされたペプチドがゆらゆらと揺れる。奴隷部屋で意気揚々と語っていた彼の姿は幻だったのではないかと思えた。10時間ほど前に、確かに彼はイジュメール家をぶち殺すと息巻いていたのだ。
「さあ、青太郎。よーい、スタート!」
どこから持ってきたのだろう。サディ様はハードルを直線上に何個も並べると、ゴール地点から僕に走るよう促した。
無論僕は四つ足で走った。ハードルの手前で、地面を思い切り蹴って飛び上がる。見事に障害を越えることができた。
「いいわよ青太郎! その調子よ!」
サディ様に褒められて僕は嬉しい。その喜びをエネルギーに変えて、僕は次々とハードルを飛び越えていった。
僕は何度も何度もハードル走を行った。ゴールする度に、ハードルの高さを上げて再び挑戦するのだ。四つ足ハードルの時点で充分きついのに、難易度が上がることによって、体力は著しく消耗された。
次第に僕はハードルにぶつかるようになった。ハードルが倒れる度に、サディ様は「何やってんのよ」と冷たく言った。
ゴールすると、サディ様は僕を鞭で打った。ハードルを倒した数だけ、思い切り叩かれるのだ。僕はぜえはあと息切れしながらも、歓喜の叫び声を上げるのだった。
体力的にもハードルの高さ的にも限界だった。眼前のハードルは圧倒的な存在感があり、飛び越えるのは無理だと思った。
それでも僕は思い切り地面を蹴った。案の定バーに激突し、僕はハードルもろとも地面に転がった。
起き上がろうとしたが無理だった。体に力が入らない。そこへツカツカと、サディ様が近付いてくる足音が聞こえた。
僕の背中をサディ様は思い切り踏んだ。思わず僕は、「がってんぐわぁ〜」と声を上げた。
動かない僕を、彼女は何度も何度も踏みつけた。僕は喚きながらも快感を覚える。サディ様は「ふふふ」と楽しそうに笑っていた。遠くの方で宙吊りにされたペプチドが、ぐらんぐらんに揺れながら咆哮する姿が見えた。




