11
調教を受けていく日々の中で、ペプチドが泣くことは次第になくなっていった。だからといって、彼のメンタルが安定しているとはいえなかった。
ペプチドは日に日にやつれ、目に生気がなくなり、口数も減っていった。以前のように彼が将来の希望を口にすることはなくなり、時折イジュメール母娘に対する呪いの言葉を放つのだった。
うふふふふ、と、サディ様が僕の背中の上で楽しそうな笑い声をあげている。僕は嬉しくなって快調に四肢を動かした。
度々僕はサディ様の馬となった。僕は彼女を乗せる度にアップデートしていった。腕や足腰が鍛えられ、当初よりも耐久力、スピードは大分上がったし、手の平や膝の皮膚も頑丈になった。
いつもの部屋をぐるりと回ると、サディ様はベリィ様の座る玉座の前で僕のスピードを落とさせた。
「お母様、やっぱり凄くいいわこの馬」
ベリィ様は読んでいた本から顔を上げると、「それは良かったわね」と言ってにっこり笑った。
彼女の足元には足置きとなったペプチドが蹲っていた。馬になるのもいいが、ペプチドのそれはそれで魅力的だった。完全な無機物として扱われ、じっと動くことなく、背中でベリィ様のお足を支えるのだ。
「この小ささなのにこれだけ走れるなんて、やはり素晴らしいわ」
サディ様にそう言われ、俄然僕は嬉しい。
「私の体にもフィットするし、この青い目と金髪もいいのよね。他にはない、私だけの馬って感じ」
嗚呼、なんて勿体無いお言葉なのだろうと僕は思う。一生あなたの馬になります。
「ふふ、そう」
やはりベリィ様はにこやかにサディ様のお話を聞いていた。
「たまにキモいけど」
突き放すようにサディ様は言った。
「キモいわね」
「ええ、キモいわ」
全くもう、と思いながら、僕の顔はにやけてしまうのだった。
「お母様、晩餐の時も、私この馬に乗りたいわ」
サディ様がそう言うと、ベリィ様は「食事の時まで馬に乗るなんて、はしたないからやめておきなさい」と言った。
「じゃあ食事の時は椅子にするわ」
「んー、ならいいわ」
いいんだ、と僕は思った。
「私もこの足置き気に入ったから、晩餐に持って行こうかしら」
「そうしたらいいわ。そうしましょう」
二人はうふふと笑い合った。なんて微笑ましい母娘なのだろうと僕は思った。
サディ様を乗せて、僕はベリィ様と使用人の後ろを歩いた。隣にはペプチドがとぼとぼと歩いている。
館は広大で全容が知れない。初めて足を踏み入れるエリアに、僕はわくわくして胸が高鳴った。廊下の端に、西洋の鎧が何体も並んでいた。
僕達は階段を何段も下りた。サディ様を乗せながら階段を下りるのは中々大変だった。しかしその分やりがいもあった。
「サディに怪我でもさせたら死刑よ」
ベリィ様にそう言われ、僕はヘマをする訳にはいかなかった。元々サディ様を傷付けるなんてことはあってはならないことだが、自分の命が懸かっていると尚更だった。この素晴らしい世界で、僕はまだまだ生き続けなければならなかった。




