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お馴染みの絶命。
僕の死因は出血多量だった。詳細は18禁になるので省くが、それは決してマリア様のせいではない。
マリア様というのは僕が通い詰めていたSM倶楽部、激烈アヒージョに所属する女王様だ。
その日彼女は、僕の熱烈なリクエストに渋々答えてくれただけに過ぎない。最初彼女は何度も何度もそれを断っていたのだ。だから全ては僕の責任であり、マリア様は何一つ悪くない。
そういう訳で、僕は死後の世界へと飛んだ。
そこはどこまでも真っ暗闇が続いているだけの空間だった。
死んだ直後で気が動転していた僕の前に天使が舞い降りる。頭上に輪っか、背中に翼、白いキトンと随分分かりやすいやつだ。
全身からキラキラとした光を鱗粉のように飛ばす少女は美しく、こんな子になら虐められてもやぶさかではないと思った。彼女の僕を見る目はツンドラのように冷たかったのだ。
「キモッ」
彼女の第一声はそれだった。いきなりそんなことを言われるなんて興奮する。もっと罵ってほしい。
「何喜んでんの。ほんとキモいわ。死んでよかったんじゃない」
彼女の罵声は実に心地よかった。クラシック音楽なんかより、よっぽど僕の心を満たした。しかし疑問が残る。
「死んでよかった?」
「何? あんた気付いてなかったの? あんなキモいことして、血がいっぱい出て、ぶっ倒れて、目の前に天使が現れて?」
確かにそう言われるとそうとしか考えられなかった。
僕は自分の死を悟るとショックを受けた。死というものがこんなにもあっさりとしたものだとは思わなかったのだ。
死というのは僕にとって一種のロマンだった。生命活動を維持できなくなる程の激烈な痛みの果てに逝く。その時の快楽はどれ程のものだろうか。文字通り死ぬ程気持ちいいのではなかろうか。生前の僕はそんなことを考える度にぞくぞくとしたものだった。
しかし実際のそれは普段のプレイのちょっとした延長でしかなく、全くもって納得がいかない。
だから彼女にそう言われるまで、僕は自分の生存を露程も疑ってはいなかったのだ。
「とにかくキモいからさっさと終わらせるわよ。輪廻転生て分かるわよね。あんた生まれ変わって次の世界行くから」
「え、マジすか。やった」
「あんたはキモいけど、めちゃくちゃキモいけど、別に悪いことはしてなかったようだからね」
何度もキモいと言われて僕は嬉しい。
「次にあんたが生まれる所はとある王国。中世ヨーロッパ的なのを想像してくれたらいいわ」
前の世とは随分世界観が変わるなと思う。
「んで、親はどうする?」
「親?」
「あんたがいた世界でも親ガチャとかいわれるくらい重要でしょ。親の経済状況、人間性によって子供に多大な影響を及ぼすわ」
確かにそうだと思う。
僕の親はめちゃくちゃ貧乏という訳ではなかったが、周りと比べると劣等感を抱くことも多かった。僕はそこそこ頭が良く、成績も悪くなかったが、大学には行かせてもらえなかった。
「まあ親ガチャとか言って親のせいにしたくなるのも分かるけど、実際はある程度自分で選べてる訳よ。酷い親の元に生まれる子は前世の自分の行いが悪くてまともな親を選べなかった、ただそれだけのことよ」
「そうなんですね」
「んで、来世のあんたはそこそこの小金持ちくらいの家なら生まれ変わってもいいわよ。土地持ちの農民とか人気商人、騎士なんかもいいかもね」
騎士かー、と僕は考える。かっこいいとは思うけど、別になりたくはなかった。親が騎士とか超面倒臭そう。
「他にはどんなのがありますか?」
「ほかあ? 言っとくけど貴族とかは無理だからね。あとは職人とか芸術家とか芸人とかーー」
幾つもの職業を並べられたが、僕の目を惹くものは1つもなかった。