王子の婚約者は私の事が大嫌い!(という訳ではない)
楽しんで頂ければ幸いです。
「ナナミラ、お前との婚約を破棄する! 俺が婚約するのはレイリーだ!」
ブフォッと盛大に件のレイリーという少女はシャンパンを吹き出した。大事にちびちび飲んでいたのに、これでは台無しである。男爵家で貧乏なレイリーの家では、次いつ飲めるか分かったものではないのに。
今日は学園の卒業式パーティー。親がお金を捻出してくれたお陰で学園というレースを完走できたレイリーはいつもよりテンションが高かった。
だから罰が当たったのか。こんな貧乏野郎が調子に乗ったからこんな事になったのか?
ダラダラとレイリーは汗をかく。いつの間にか側によってきた王子を殴りたくなった。
だって見て欲しい。こちらを見遣るナナミラの険しい表情を。どう考えても人を一人や二人殺ってきた顔だ。あの顔に見つめられるだけで漏れそうになる。
「さぁ行こうかレイリー。二人だけのエデンへ」
何処やねんそこ。王子に取られた手に鳥肌が立つのを感じながらレイリーは乾いた笑みをうかべた。
心中涙を流しながら、王子になぜか気に入られてからの日々を思い出した。
ナナミラと初めて出会ったのは、王子に絡まれた次の日だった。
「貴方、良いご身分ですのね」
俯いて歩いていたレイリーが「はい?」と顔を上げると、そこには怒りを顕にした王子の婚約者であるナナミラがいた。
婚約者の王子に手を出した(本意ではないが) +「貴方、良いご身分ですのね」= どつかれる。恐ろしい計算式が出来上がってしまった。
青ざめる。そんなつもり無かったとしても事実は事実。レイリーの目には涙が浮かび、体もふるふると震える。
「ちょっと聞いて……はわっ!?」
変な叫び声にびっくりして目を見開くと、涙で滲んだ視界の向こうに、顔が真っ赤なナナミラがいた。
そんなに怒ってるんだ……、とさらにレイリーは涙ぐむ。
すんすんと鼻を啜り、泣き止まないレイリーに、「う、あ」なんて片言な言葉が聞こえて来たかと思ったら、なにかが頭にかかってきた。
白いそれは、レースのハンカチだった。
「み、見苦しい顔を私に晒さないでちょうだい! 他の者もきっと不快に思うはずだから、誰にも見せないことね!」
そう言ってナナミラは消えてしまった。
実は、女性がハンカチをあげるのは好意の象徴とされている。それを渡した自覚があるナナミラは、一人になった所で身悶えた。
「だって、あんなうさぎみたいな愛らしい表情を……!」
一方、そんな事知らないレイリーは違う理由で震えていた。
「こんなに高そうなハンカチを……。もし汚したら打首!?」
次の日、レイリーは綺麗になったハンカチを一番にナナミラに返した。長い間持っていると恐怖で失神しそうだったからだ。
「返しに来たのね。てっきり返さないかと思ったわ」
「ひえ……」
レイリーは返さないだろうと思われていたらしい。流石に公爵令嬢のハンカチを借りパクする勇気は無い。ナナミラの取り巻きにも囲まれて、圧迫感でレイリーは剥げてしまいそうだった。
「貧乏でハゲって、笑えない」
小声で呟くレイリーの発言には気を止めず、ナナミラは何処かしょんぼりとしながらハンカチをカバンに入れた。
女性にハンカチを返すと、それは『貴方のことはタイプではありません』という意味になる。
魂が半分抜けた状態のようなレイリーが帰ったあと、ナナミラは机に突っ伏した。
「レイリーちゃんのばかー!」
取り巻きは何時も見ることのないナナミラの姿を見て、ほっこりと和んでいた。
それからも、ナナミラに絡まれる日々が続いた。中庭でお昼を食べようとお弁当を取り出したら、それをいつの間にか隣に来ていたナナミラに取られた。代わりにナナミラのお弁当が渡される。
「それ、飽きたからあげるわ。私、たまには貧乏人のお弁当も食べてみたいの」
「な、なるほど」
レイリーのお弁当を一口食べると、ナナミラは心の中でニッコニコ笑顔になった。素朴だし食材は少ないし、いつもナナミラが食べているものとは比べ物にならない。だが、レイリーが作っている。その一点のみでナナミラの中で素朴弁当を一級弁当に仕上げている。
一方レイリーも、一口食べた瞬間泣いた。本当に、レイリーは泣いた。久しぶりに食べる肉の脂身と食感に、体が喜んでいるのだ。どの料理も本当に美味しくて、箸が止まらない。モキュモキュと幸せそうにほっぺを膨らまして食べるレイリーに、ナナミラは胸がキュンと音を立てるのが分かる。
取り巻き二人は、そんな様子を隣で眺めていた。
「ふたりとも可愛いね、ルル」
「そうだね、ロロ。……さて、王子はいつ消す?」
「ナナミラ様が望んだらすぐにでも」
実はこの二人、百合至上主義である。百合小説を通じて出会い、双子のように仲良くなった。
そんな二人にとって、レイリーとナナミラの仲を邪魔する王子は塵以下。今すぐにでも消してしまいたいが、仮にも王子だし、と毎晩ナイフを磨いたりタックルの練習をするだけに留めている。
勝手に百合カップルと思われているとは露とも知らないレイリーは、突如お腹を抑えた。そして走り出す。
「ナナミラ様、すみません失礼します!」
「えっ、もう行っちゃうの?」
今なんだか凄く可愛い声が聞こえた気がしたが、空耳と思い、レイリーは走り出した。貧乏で駆けずり回っていたため無駄に育った脚力のお陰か、すぐにその姿は見えなくなる。
「レイリーちゃん……」
心配そうにナナミラはその後ろ姿を見つめた。
走り去ったレイリーは、現在トイレの個室の中にいた。
「久しぶりのお肉は、体に良くなかったみたい」
独りごちる。だが後悔はしていない。さっきの味を口の中で再現して、もう一度レイリーは笑った。
「でも、ナナミラ様って思ったより怖くないのかな……」
なんだかんだ、ハンカチを貸してくれたりお弁当をくれたりと優しい。口調があれなだけで、実はめちゃいい人なのではないか。そんな事を考えている途中でまたお腹が痛くなって、さっきまでの考えは全て飛散した。
「い、いたた」
個室に、レイリーの小さな声が響いた。
次の日から、お弁当を取られる事は無くなった。逆に、餌付けの様な真似をされてる。
「ふん、貴方のお弁当が貧相すぎて見てられないだけよ」
その言葉に萎縮しながらも、口元に来た料理は全て食べてしまう。貧乏人の性に恥ずかしくなりながらも、レイリーは食べる口が止まらない。
それに、偶然だろうが肉がさっぱりとしたものに変わっていて、食べてもお腹を下さないのだ。
ナナミラのお弁当を美味しそうに頬張るレイリーこっそり見つめて、ナナミラは可愛さの供給過多で死んでしまいそうだった。
◇◇◇
そうだ、あの頃は確かにナナミラは王子にすり寄っているようにも見えるレイリーに優しくしてくれたのだ。
だけど、いつだったか、ナナミラに怒鳴られた日がある。そこから、元の様な溝が開いてしまった。
それは、学園祭の日だった。
レイリーは手中に収まっている指輪に気恥ずかしくなりながら、廊下を歩いていた。この指輪は、正門で配られていて、意中の相手と交換するらしい。男性の物と女性の物で、デザインが違う。男性の方はシルバーに青い宝石が埋め込んであるのに対して、女性のはピンクゴールドで、赤い宝石が埋め込んである。
ジンクスでこんな物が貰えるだんなて、流石名門校だとレイリーは感心した。
学園の女性というのは、大体が婿探しに来ているから、勉学には特別励まない。そんな彼女達の娯楽は、噂話である。
だからか、こういったジンクスは山のようにあった。レイリーはその全てを知らない。そもそもレイリーは勉学の為に来ているのだ。時は金なり。ジンクスにかまけている暇はない。
そんな風に歩いていると、王子を見つけた。咄嗟に看板の後ろに隠れる。心臓が脈打つのを感じながら、レイリーは息を潜めた。
王子は下手な鼻歌を歌っている。
「この指輪をレイリーと交換したら……」
その言葉でレイリーは察した。あの王子は、自分でジンクスを試そうとしているのだと。
恐怖で震えたレイリーは眼の前を歩いていた青年に看板から這い出て話しかける。
「あ、あの! 私シルバーの方が色味が好きなので、交換してくれませんか?」
明るく青年に返された。
「え? 良いよ〜」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をし、指輪を交換してもらえた。ホッと息をつく。これならば言い訳が出来る。
そう思ってレイリーはまた歩き出した。道すがら、学園祭の出し物で最安値で売られていた鳩の餌(味のないポップコーン)を食べながら、目的の場所を目指す。
ナナミラに呼ばれていたのだ。学園の外れにある庭で、話をしたいと。
漸く到着すると、ナナミラは顔を赤くして仁王立ちになっていた。
「良く来たわね、レイリーちゃ……、レイリー」
コホン、とナナミラは咳払いをした。
「今日呼んだのは貴方と指輪交か……ってえぇ! もう交換してるの!?」
素っ頓狂な声をあげるナナミラにびっくりしながら、レイリーは指輪を説明しようとした。
だが、その前になにかが額に打つかった。物凄く痛くて、蹲ってしまう。
だがそんなレイリーには気にも止めず、ナナミラは叫んだ。
「レイリーちゃんの浮気者ー! 大っきらい!」
うわあーん、と泣き叫んでナナミラはどこかに行ってしまった。
「待って、ナナミラ様……」
痛みに呻きながら、ナナミラを呼んだが、彼女はもう人混みに紛れてしまった。
暫くして痛みが収まったレイリーは、ナナミラに投げつけられたものを探す。近くの草むらに、指輪があるのを発見した。
もしかして、彼女はこれを自分にくれようとしたのだろうか? それともただたんに丁度持っていたから投げただけ?
思考は定まらない。
暫くピンクゴールドの指輪を見つけていたけどそれをなんの気無しに指にはめると、涙がこぼれた。なぜだか体の中心の部分が痛い。痛くてたまらない。指輪をぶつけられた額よりも。
「ナナミラ様……」
レイリーの声は、喧騒に飲み込まれた。
◇◇◇
あの日がフラッシュバックしてしまって、胸がチリチリとした。あのあと、ナナミラという実名は避けて家族に相談した所、「それは恋だね」と明るく返された。
最初は女の子同士で……と心の中で反発したが、もう一度ナナミラの指輪をはめたとき、言ってしまったのだ。
「指輪、交換しなければよかったな」
と。それを言ったとき、自分でも驚いた。だけどそれと同時に、腑に落ちた。レイリーはナナミラの事が好きになっていたのだと。
「けど、ナナミラ様は王子の婚約者だから」
この恋は、諦めなくちゃ。
ピンクゴールドの小さな指輪を抱きしめて、レイリーは一晩中泣いた。
ため息をつく。王子はレイリーの手をとり、今にも何処かに行ってしまいそうだった。それに抵抗する気力もないレイリーはなすがまま手を引かれる。
フラフラと歩いていると、不意に王子の顔が近づいた。今にも唇が触れ合ってしまいそうな距離で、きゅう、とレイリーは固く目を瞑る。
王子の吐息がかかって、周りの卒業生が息を呑んだ、そのときだった。
べキャリ、となにかが折れる音がしたのは。その音に正気になり周りを見渡すと、音の発生源はナナミラからだった。
見ると、彼女の持っていた扇子が真っ二つにおられている。
そんなに自分に殺意があるのかとレイリーは震えた。
そのまま、ナナミラが近づいてくる。レイリーは後ずさった。ナナミラは拳を握り込んでいて、何より気迫が凄い。
そしてそのままレイリー達の眼の前に来たナナミラは、手を振りかぶった。
ーー殴られたのは、王子の方だった。
「え?」
「レイリーちゃんに触らないで、このケダモノ!」
殴られた当の本人である王子は、床に寝そべって気絶していた。
そしてその口から、なにか黒いものが出てくる。
それは、神話に出てくる悪魔の姿そっくりななにかだった。だが今は痛そうに頬を抑え、威厳の欠片もない。
「くぅ、我の姿を見破っただけでなく我を体から追い出すとは、やるな小娘……」
「あ、ケダモノってそういう意味じゃ」
「この貧乏娘を生贄に貰っていこうかと思ったが、辞めだ。こんな恐ろしい小娘のいる国とは早くおさらばしたい」
そう言って、展開が速すぎてレイリー達の理解が追いつかない内に退散しようとした悪魔に、弾丸の様な速さで何かが打つかった。
それは俗に言う、タックルであった。
「悪魔なら、遠慮はいらないよね」
「殲滅してやる」
ルルは刃物、ロロは腕力を持って、悪魔への一方的な攻撃が始まった。レイリーは途中でナナミラの手によって視界がシャットダウンされる。後にそれをしっかりバッチリ見ていた卒業生達は語った。「どっちが悪魔か分からなくなった」と。
ようやく手が外された時見えたのは、煙の様な姿になって泣きながら消える悪魔の姿だった。
「チッ、魔界に帰ったか」
「覚えてろよ。百合の間に入った不届き者め」
ルルとロロは悪態をつきながら、ナイフやらなんやらをしまった。
この状況についていけてない者たちによってこの場は静まり返っている。そこに、間抜けな声が割って入った。
「ここは、何処だ?」
それは間違いなく王子で、皆の肩の力が抜けてしまった。
その後、慌てて入ってきた両陛下によって、卒業式パーティーはなんだか締まりの無いままお開きとなった。
◇◇◇
なんと、王子は悪魔に半年もの間体を乗っ取られていたらしい。それならば、レイリーに最初声をかけた時期と一致する。なるほど、悪魔のせいだったのかとレイリーは納得した。
意外と本性はまともだった王子に謝られ、両陛下にも頭を下げられ、その慰謝料として多額のお金を貰った。
そのお金を持って、今日レイリーはナナミラと一緒に買い物に来ている。
可愛いアクセサリーを摘み上げてナナミラに見せる。
「これ、可愛いと思いますか?」
「好きにしたら」
ツーン、としたナナミラにがっくりと肩を落とす。あれから、ナナミラと王子の婚約は解消となった。理由としては王子の志願で後継者から外れたせい等と沢山あるが、一番の理由はナナミラが切望したかららしい。
つまり、今ナナミラはフリー。これを気に、レイリーは勇気を出したいと思っていた。
「あー、えっと私ちょっと買ってきますね」
「ふん」
気まずい雰囲気にびくびくしながら、逃げるようにレイリーは会計をしに行った。今、取り巻きのルルとロロもいないから場をつなげてくれる人がいないのだ。
彼女達は悔しそうな顔をしながら何処かに旅立っていってしまった。なんでも、
「幸せ百合百合が見れないのは残念だけど、あいつを殲滅しないと気がすまなくて」
「ついでに百合カップルてぇてぇを広めてこようと思って」
言っている事の半分も理解できなかったが、また会える、そんな気がした。
会計を終えて、ドキドキしながらさっきの場所に戻るとそこにナナミラの姿は無かった。
慌てて店の外に出ると、瑠璃色の空の中に、ナナミラはいた。その幻想的な姿に、ほぉとため息が漏れる。
「只今戻りました」
「あっそう」
そしてまた無言に。やっぱり自分はもうナナミラに嫌われてしまったんだとレイリーは実感してしまった。じわりと涙が浮かぶのを堪えながら、ナナミラに向かって頭を下げる。
「すみませんでした、ナナミラ様。今日は付き合わせてしまって。私の事なんて嫌いでしょうに」
ちょっと皮肉っぽくなってしまったのは許してほしい。初恋だったのだ。
そうして頭を下げ続けていたら、ナナミラが大声を出した。
「ーーレイリーちゃんのこと、嫌いじゃないよ! 昔も、今も。ごめんなさい、私、昔から上手く言葉にできなくて。貴方にもいっぱい言いたいこと、言わなくちゃいけないことがあったのに、それも全部言わなくて、いやな言葉ばっかり言って。
……もう、信じて貰えないかもしれないけど、私はレイリーちゃんの事が大好きだよ。一番好き。結婚して欲しいって思ってる」
顔を上げると、そこには顔を真っ赤にして涙ぐんでいるナナミラがいた。その表情に、言葉にどこまでも嬉しくなってしまう。
返事の代わりに、レイリーはさっき買った指輪を取り出した。
それをナナミラの指にはめる。可愛いパールがついたそれは、彼女の指にしっかりと収まった。
「これって、」
「私の、気持ちです」
ナナミラから貰ったあの指輪を、レイリーは薬指にはめる。
「私も、貴方が好きです」
ーー星が瞬く空の下、街頭に照らされた二つの影が、次の瞬間、重なった。
◇◇◇
所変わってここは魔界。
「ふう、酷い目にあった。暫くはここで休養することにしよう。……それにしても、あの小娘達が寄り添っている姿を見たときに芽生えた気持ちはなんだ?」
「それは、百合百合てぇてぇだね」
「同士なら、流石に殲滅するのはなぁ」
驚いて悪魔が振り返ると、そこには武器をおろし、変わりに自作の小説を構えるルルとロロの姿があった。
悪魔は知らない。二人に進められて読む内に百合カップル至上主義になる事を。
そして遂に自作の小説まで書いて、それが魔界で大ヒットとなることも。
レイリーとナナミラのカップリングでルルとロロと一緒に熱く語り合う日が来ることも。
魔界で、悪魔の小説に背中を押され百合カップルが誕生することも。
魔王様がルルとロロの書く小説の虜となって、人間界を侵略する計画を止めることも。
悪魔はまだ、知らない。けどそれは遠くない未来のお話。
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