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或る男子高の非日常  作者: 林海
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第9話 猜疑からの


「一つ、いいでしょうか?」

 そこで仰木が口を開いた。

「なんだ?」

「反対運動することが決まっているようですが、私にはそもそも別学でい続けることの意義がわかりません。だから、共学化という案に反対する、明確な論理も思いつきません。今の時代を考えれば自分は女子がいる方がいいと思いますし、自分にとって理由なき反抗は意味がありません」

 仰木は、クラスの中にいるときと同じように、3年生の生徒会長の前でも言い切った。


「……なるほど。

 仰木、猜疑する者は歓迎する。疑うというのは、健全な精神の働きだ。だが、広い視野のもとに猜疑せねば、それは容易に下衆の勘繰りに堕ちるぞ」

「はぐらかさないでください」

 仰木はさらに追求した。


「では、仰木に聞こう。

 応援歌、青藍だ。『自らを獅子とうそぶき』『来たらん戦向かいつつ』『鍛えし腕を君や見よ』という言葉を満たすために必要なものはなにか?」

 奇しくも、クラスの竹塚が出した例である。

 竹塚は、この歌詞は女子には歌い辛いと言ったが、話の筋はどうやらそれとは違うらしい。


「準備して戦うこと、そしてその戦いに勝つことですよね。外交の一手段としての戦争ならともかく、単に戦いというのは極めて前時代的ではないですか?」

 と、仰木は答える。

「前時代的なことのなにが悪いのかと君に問いたいところではあるが、それはひとまず措くとして、ではその前時代的ないくさにおいて必要とされるのはどのようなものと考えるか?」

「いや、だから、準備して戦うこと、そしてその戦いに勝つことですよね?」

 仰木は真っ向から食らいつく。


 だが……。

「甘い」

 いきなりの一刀両断である。

 自分の論理に自信を持っていた仰木は、論理ではなく上級生の権威による却下を疑って歯を食いしばった。

 そんなものに屈服する気はないのだ。


 そんな仰木の顔を見ながら、生徒会長は続ける。

「男子高だけではない。女子高が存在する理由にも通じる。そもそも、準備して戦うこと、そしてその戦いに勝つことは目的だ。そしてその目的達成に必要なものは、自己完結だ。

 飯が作れなくて、戦えるものか。

 繕いができなくて、戦えるものか。

 細やかな気遣い、思いやりができなくて集団を維持し、戦えるものか。

 昔から、女性の美徳、仕事とされていたものも、男がこなさねば戦いには勝てない。最近まで、戦場に女性はいないのが当たり前だったんだからな。また、今は女性兵士もいるが、それはそのような類の仕事をさせるためではない。そういう意味で俺は、ジェンダーを超えて自己完結できる組織人は、別学から生まれると考えている。共学校では、無意識にもその役割分担がされてしまうからだ。

 裏を返せば、女子高だからこそ、集団の指揮ができる将たる女性が育つ機会は多いとも言えるだろう。その役割は必ず生徒の誰かに割り振られるからな」

「……」

 仰木の反論はない。

 新たな視点を仰木は得て、考えの整理に忙しくそれどころではないのだろう。


 生徒会長の話は続く。

「これが一例に過ぎないのはわかると思う。男子高、女子高でのびのび過ごせるという言葉の意味も、この自己完結という角度から見れば別の意味を持つことがわかるはずだ。すべての面でここでのコミュニティは、権利と義務、自由と責任、その両方から逃げない前提の上に初めて成り立つものだ」

 適所適材と言えば聞こえはいい。

 だが、それは裏を返せば、ジェンダーによる仕事の押し付け合いだということなのだろう。


 生徒会長は続ける。

「わかるか?

 これは集団にとどまらないぞ。個々においても同じことだ。なにも、受験だけではない。安易に依存し合い、徒に肉体を貪り合うのが恋愛ではない。共に自ら立ち、同等に助け合わねば関係は歪になる。それを学ぶ機会は、実は自己完結を知る別学の我々の方が多い。外での労働と家事分担という問題は、我々には自明のことなんだ。自立なしでの相互の思いやりの強要では、非生産的であるにもほどがあるではないか。

 このように、考えれば考えただけ答えは得られるだろう。俺なんかこの程度しか考えられないが、おそらく『皇帝』はさらにその先ですら見ているだろう。

 仰木、猜疑心を持ったところで満足し固着しては、批判している自己への満足に陥るだけだぞ」

 その駄目押しに、仰木はうつむいた。


 小桜も、仰木への反論をまったく思いつけなかった自分を恥じる。この話をクラスに持ち帰れば、皆同じように恥じ入るだろう。

 理不尽なまでに不遜である。生意気である。反骨である。

 だからこそ、自らが至らないと自覚したときには恥じ入るのだ。自省できなければ反骨ではない。幼い「反抗」になってしまうのだ。


 生徒会長の声は続く。

「仰木、たまには生徒会の部屋に遊びに来い。繰り返すが、猜疑する者は歓迎するぞ」

「……はい」

 仰木の返事に、生徒会長は満足そうに軽く頷いた。



 ※

 こうやって、生徒会も伝統が積み重ねられていくのだ。

 選挙に立候補する人材は、有志、偶然によるものだけではなく、必然としても育てられ生み出されるのだ。



「もういいか?」

 生徒会長の声に、小桜と仰木は頷く。

「では、鯉のぼりをあげるのを手伝っていけ」

「はい」

 小桜と仰木は揃って返事をする。


 廊下に出て、改めて見る鯉のぼりはやはり巨大だ。

「杉山。チェック、終わっているぞ」

「助かる。ただ、縫い針をどっかに一本回収し忘れたとかは勘弁してくれ」

「もう数えたよ。お前が持っているのを回収したら終わりだ」

「ああ、すまない」

 そう言って、生徒会長は袖口に止めていた針を手渡す。


「繕いですか?」

 仰木がなにかを確認するように聞く。

「そうだ。去年の生徒会がおろしたときにメンテしてくれているはずだが、見落としだってあるだろうし、あげる前にはチェックしないとな。誰かがやらねば、これも上がらない」

「これは、男子高だからですか?」

 だが、仰木の質問の意図ははぐらかされた。会長にとって、もうその話は済んだのだ。あとは仰木が自分で考えることである。


 仰木の問いへの答えは、他の3年生から返ってきた。「登竜門だからな」の一言である。

 鯉は滝を登って竜となる。

 中学校には、そのようなものはなかった。だが、ここでは生徒の成長が願われ、それが具体的に形にされているのだ。


「政木女子高では、校章入りの雛人形があるらしいぞ」

 さらに付け加えられた3年生の言葉に、小桜は深い感動を覚えていた。



 ※

 3年間の自己完結、そしてそのための周囲からの支援、謳歌していた自由のための代償。

 それを担う者、見守る者、気づかず踊るだけの者、小桜も仰木もそれぞれの存在に気がついたのだ。

 さあ、どうする?

 次話、「待ち合わせ」。小桜、少しはいい思いができるのか!? ナレーター役としては、それもやぶさかではないぞ!

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