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或る男子高の非日常  作者: 林海


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第64話 告白


 レストランから出ると、2人はゆっくりと歩き出した。

 日はすでに沈んでいるが、クリスマスの街は明るい。これから恵茉の家に行かねばならないが、一駅分とはいえ電車に乗る必要がある。ここに来るのに、共に自転車は避けたからだ。

 冬の自転車は着れるコートを選ぶし、顔も真っ赤になってしまう。結果として、それなりに手をかけたはずのオシャレが台無しになってしまう。おまけに、帰りは恐ろしく強く冷たい風に逆らわないと帰れない。


 歩き出したものの、小桜はせっかく縮まった恵茉との距離がまた開いてしまう気がして、すぐに駅に向かおうという気になれなかった。

「ごちそうさま」

「どういたしまして」

 そう笑む恵茉に、小桜は提案する。

「少しだけ遠回りしようよ。街もイルミネーションがきれいだし」

 と。


「うん」

 そう答えた恵茉は、小桜の左腕を取った。次の瞬間、小桜は硬直し、その場で立ち止まった。

「どうしたの?」

「……あまりのことに、歩き方を忘れた」

 小桜の返答はあまりに正直である。

 これはもちろん、瞬時にいっぱいいっぱいになってしまい、気の利いた言い回しもできず、余裕というもののすべてが吹き飛んでしまった結果である。


 そもそも今の小桜の脳で処理できているのは、左の前腕を掴んだ恵茉の手の感触と、こちらを見上げているその瞳についてだけだ。小桜はコートを着ているし、恵茉はコートに加えて手袋をしている。だというのに、その感触はあまりに生々しい。

 小桜は女子と腕を組んで歩く自分など今まで想像したこともないし、あまつさえ、女子の方から自分の手を取ってくれるなど想定外にもほどがある。


 そして、軽く茶色がかった黒い瞳を見下ろして、小桜の脳はあっさりとオーバーフローを起こした。その瞳の虹彩に浮かぶ、さながら指紋のような細かい文様まですべて記憶に刻み込んだ代償に、自らの歩行のために足の筋肉へ収縮信号を送れなくなった。つまり、立ったまま腰が抜けたのである。


「……嫌だった?」

「と、とんでもない!」

 ようやくそう口にして、小桜の視界はようやく広がりだす。

 瞳しか見えていなかった恵茉の顔が、今はようやく見える。少し不安そうだ。口調も案外深刻だったかもしれない。

 小桜はその場でごくごく軽く屈伸し、自分の足が動くことを確認する。


「びっくりして、フリーズしちゃった」

「冬だけにね」

「それは違う」

 そう言いながら、ようやく歩き出す2人である。だが、小桜の心臓は、100m走のあとのような速さでビートを刻んでいる。


 通りにはクリスマスの飾りが溢れ、街路樹にはLEDでイルミネーションがされている。通りの上にもイルミネーションが掛けられ、光のトンネルのようだ。そのせいか歩いている人は多く、プレゼントであろう大袋を抱えたシルエットも珍しくはない。

 なのに、腕を組んだ小桜と恵茉は、なぜか自分たちだけ別の世界に転移してしまったかのような不思議な感覚で歩いている。


「あのさ、女子とこうやって歩くことなんかないと思っていたんだ。だから、びっくりしちゃって……」

「私も初めてだよ」

 恵茉の返事に衒いはなく、「そうだろうなぁ」と素直に小桜は思う。


「でも小桜さん、好きって言ってくれたんだよね?」

「……はい、言いました。だから嬉しい」

「……私も、s……」

 言いかけたそのままに、今度は恵茉がフリーズした。


「今、なんて?」

「……意地悪」

「……そうなんだ」

 軽い探り合いのあと、恵茉は軽く深呼吸した。



 ※

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 いいな、いいな、いいな、いいな。

 こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった。

 キャラが勝手に動き出すとはいいますが、なんだ、お前ら?

 男子高と女子高の意義をそれなりに語って終わりのはずだろ。

 お前ら、俺に逆らうと、強制的に……。



「私が変と気がつく切っ掛けは、小桜さんがくれたから……」

「何の話?」

「うるさい。聞いていればいいの」

「はい」

 ここはあえて、恵茉の横暴さを受け入れる小桜である。というか、いつも恵茉は小桜の言葉を聞いてくれる。当然、逆だって必要だ。


「それにね、私の世界を広げてくれる人は、小桜さん以外いなかった。『さすがは小桜さん』って、割りといつもそう思っているんだよ。有言実行でも不言実行でも、やると決めたことは必ず実行するし」

 小桜は恵茉に褒められて、嬉しいというよりも身の置きどころがなく軽く身悶えした。テレたのである。だが、組んだ腕からは逃げられない。


「小桜さん、前に言ったよね。『俺は、なんでも話せる相手が集団でいるという環境を初めて得た。政木高に入れてよかったと思う。だけど、残念ながら、校外ではそういう相手は1人しかいない』って」

 そう言われた小桜は、そのときのことを明確に思い出すことができた。初めてのデートのときのことだ。自宅近くの、大きな公園の横のカフェで話したのだった。


「そして、『不幸なことに校外にいるたった1人の相手は女子で、もしもその女子に恋人ができたら、俺はその人と話すことができなくなる。でも、その女子に恋い焦がれていて、なんとしてでも恋人にしようとか、落とそうとか、そういうのも違う。それに、その人は俺を男として好きだとは思っていない。なのに、その人を失うことを考えたら、俺は怖くて怖くて仕方がない。俺はどうしていいかわからない』って。

 そのときも言ったけど、こんなん告白でもなんでもないよ」

「はい」

 今の小桜からしたら、恵茉の言葉はあまりに当然のものだった。

 そして、さすがは恵茉。小桜の言ったことをよく覚えている。やはり地頭は小桜の上を行っているのだ。


「今は、もっと自然に好きでいてくれているんだと思う。そして、もう1つの条件、その人は今、小桜さんのことを好きだと思っている。

 小桜さん、これでどうしていいかわかるよね?」

「……逃げたな?」

「なにがよ?」

 そう聞き返す恵茉の口調は、逃げ切れなかった確信犯の開き直り以外のなにものでもない。


「俺のことが好きな『その人』って誰よ?

 そこを逃げずにいてくれたら、俺も『どうしていいか』よりはっきりわかるんだけどなー」

「……さぁ、だれのことだろうね?」

「話が迂遠すぎて、よくわからなかったんだよね。『その人』が誰かわかると、俺ももっと話の筋が理解できると思うんだけどなー」

 そう言いながら、小桜は左腕の脇を締める。

 恵茉は抵抗したが、組んだ腕はこれだけのことで抜けなくなった。


「なによ?」

「なんで涙目?」

「うるさい、うるさい」

「誰だか教えてよ」

「意地悪」

「言うと、なにか減るんか?」

「『減るもんじゃなし』をここで使う?」

「どこでも効率的に使う」

「最悪」

「言ってくれたら、特典があるかも」

「私をもので釣るな」

 ……イルミネーションで飾られた通りは、まだまだ長く続いている。



 ※

 ふざけんな。風邪ひいて熱の中、俺はなにを書かされているんだ。

 小桜、恵茉、お前らテレてないで、俺をもっと大切にしろ。

 次話、「日常」。よほど長くならない限り、最終話となります。お付き合いくださり、本当にありがとうございます。

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