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或る男子高の非日常  作者: 林海


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第54話 割り込み処理終了


 前処置室を出ると、目を赤く泣き腫らした恵茉がいた。

「小桜さん、ありがとう。もう、どうしていいかわからなかった。父のAB型の僚がもうすぐ着くっていうし、赤+字も隣の県から血液運んでいるらしいから、それで危機は脱すると思う。

 大切なときなのに、本当にごめんなさい」

「大丈夫。ほら、全然めまいなんかもないし」

 そう言って、小桜はその場で軽くジャンプして見せた。


 だが、恵茉はそれでも安心しなかった。

「もしも明日、小桜さんが負けるようなことになったら……」

「なにを言ってるん。このくらい、平気平気。東京でのアイスバインが血液になった頃だから、お返しできてよかった」

「でも、もしも小桜さんが負けて、そのせいで政木高がなくなることになったら……」

 恵茉の顔は蒼白である。

 泣いていた瞼だけが不自然に赤い。自分で言ったことが、そのまま自分自身を追い詰めているのだ。


「……最初からそんな計画じゃないと思うよ。それじゃ、俺独りに歴史改変のキーポイントが集中しているみたいじゃん。そんな賭博みたいな計画じゃ、期待値が低すぎて成り立たないよ」

 小桜はそう言って笑ってみせた。

 とはいえ、半分以上は本心である。


 あれほど考え、結果として抜け目のない4校の上級生たちが、そんな博打を打つはずがない。

 だがその一方で、今さらながらに生徒会長の「根性」という言葉が脳裏に浮かぶ。そうだ、こういう想定外のときこそ、根性とやらの見せどころだろう。

 だが、あくまでこれは、計画を実行する上での心構えの話だ。


 その小桜に、後ろから声が掛かった。

「将司、アンタ、帰る?

 それとも、もう少しお手伝いする?」

 母の言葉に、小桜は一瞬考え込んだ。


「母さん、怒られなかった?」

「平気、平気。まぁ、いろいろあるから、あとで話すわ。で、どうするん?」

「もうちょっとだけいるよ。場合によれば、もう1回採血されてもいいから」

「そう」

 小桜の母は頷くと、小桜を手招きした。


「これ、持っておきなさい」

 小桜の母はそう小声で言うと、1万円札2枚、小桜の手の中に押し込んだ。

「母娘で動転していると、いろいろと抜けちゃうことがあるかもだから。それに病院って場所は、綺麗事だけじゃ済まないときもあるからね。必要になる前提でいなさい。それから、帰りはここからタクシー代に使いなさい。足りなさそうなら電話して」

「ありがとう」

 小桜の返事も聞かぬまま、母は背を向けて歩きだしている。

 おそらく、母も急ぎの仕事を放り出してきていて、焦っているのだ。



 結果として、小桜の母の心遣いは正解だった。小桜は夜中まで、帰るに帰れなくなったのだ。

 母と入れ違いに献血者が何人か来てくれ、さらにそれだけでなく赤+字からも緊急に手当された血液が届き、手術は無事に終わった。恵茉の父はICUに移され、術後管理のステージに移った。

 医療関係に限れば、小桜が恵茉に付き添うにしても、そこで全て終わったと言っていい。遊軍として、いろいろとできることはしていたが、帰ろうと思えば帰れた。だが、恵茉から「自分は冷静さを欠いているので、インフォームド・コンセントに同席して欲しい」と言われれば、2つ返事で引き受ける小桜である。


 しかし、問題はそこからだったのだ。

 事故ということもあり、21時を回る頃だというのに警察の担当が来て、まだ麻酔が掛かったままの恵茉の父から一言でいいから証言が欲しいと粘ったのだ。当然無理な話なので、主治医もそう話したのだが、「それでも」と納得しない。

 結果として、恵茉たちと主治医のインフォームド・コンセントの開始も、そのまま遅れに遅れた。


 恵茉たち家族としても当然捜査はして欲しいが、だからと言って、今、というのは無理がありすぎる。最後は主治医が恵茉の父の右手の親指の付け根のあたりをぐりぐりとやって、「わかりますよね? これだけの痛みを与えても反応しないのだから、『1分でいいから目覚めさせて証言を』なんてのはナンセンスです」とICUから追い出した。


 だがその顛末が、恵茉とその母親の感情を決壊させてしまった。警察の担当が語った事故現場の状況は、ひどいものだった。

 そして、未だインフォームド・コンセントはされていないし、警察がそこまで粘って証言を求めるのは、恵茉の父が助からないからではないかという疑念を抱いてしまったのだ。主治医が「後日に」と言っているのに納得しないのは、「生きているうちに一言」、ということなのではないかということだ。


 警察の担当が諦めて姿を消すのと、2人が改めて泣き出すのがほぼ同時だった。

 小桜は、母親からの軍資金で、温かいペットボトルを買い、2人の手に強引に握らせた。大したことはしていない自覚はあるが、それぐらいしかできることはない。



 ※

 事故のときって、マジでコレあるんですよね。

 事故で頭を打って昏睡状態の親戚を、「叩き起こして証言させろ」と警察の担当に粘られた経験が……。事件性の有無を確認し、犯人の逃亡を防ぐためにも早い段階で証言が欲しいというのはわかるんですけど、どう見ても無理なもんは無理だと思うんです……。



 小桜はそのまま2人を離れたところから見守り、22時を過ぎた頃、恵茉は自分を取り戻した。

「小桜さん、ありがとう。お腹すいたよね。ごめんなさい」

 きりっと自らを制御している恵茉に、小桜は安心と感動を覚えた。無理はしているのだろうが、それでも恵茉は恵茉だ。自分の意志で立ち直ることができるのだ。


 そのあとすぐに、主治医とのインフォームド・コンセントが行われることになった。医者の激務を目の当たりにして、恵茉も小桜も言葉が出ない。女性だというのに走り回り続け、鉄人などという範疇を超えている。見ている限り、このインフォームド・コンセントのテーブルに着くときに初めて座ったのではないだろうか。


 とにかく、恵茉に参加を乞われていた小桜も一緒に説明を聞き、よほどの急変がない限り恵茉の父は生命をとりとめていると聞かされた。太腿の太い血管が破断し、噴水のように噴き上げていたが、傷口に関してはがっちり固められており、もはや問題はないらしい。

 それを聞いて、ようやく恵茉の母は落ち着きを取り戻した。治療方針に同意をし、サインをする。


 そのあとはもう、恵茉とその母も帰るしかない。家族だとしてもICUは付き添いが泊まれる空間はないし、当然にように他に居場所もない。当然、小桜も帰るつもりだ。


「……これ」

 最後に、小桜は恵茉に袋を突きつけた。警察の担当と揉めている間に、閉店間際の売店で買っておいたのだ。


「……なに?」

「お弁当を2つ買っておいた。食べないと身体がもたない。帰ってからでも食べて」

 小桜の言葉に、恵茉よりも恵茉の母の方が恐縮して小さくなった。

「じゃあ、お大事に」

 小桜はそう言って、タクシーに乗ったのだった。


 ※

 補給がなければ戦えない。

 だがその補給は、感情の大波に流されておろそかにされがちだ。こういうときにこそ遊軍の価値はある。

 次話、「青藍祭の朝」。小桜、戦いに向かう。

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