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或る男子高の非日常  作者: 林海
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第5話 斬撃



「……変わらないなぁ、坂井さんは。いつも短い言葉で本質を突く」

「えっ、小桜くんこそ。

 中学のときにこういう話を説明しなくてもわかってくれたの、小桜くんだけだったじゃん。今は、周囲の誰もがわかってくれるんで、生きやすくて生きやすくて、もう……」

「それはよかった」

 そう応じた小桜は、中学時代の恵茉が時々クラスで浮いていたのを思い出す。


 あの頃、すでに恵茉は自立と自律の両方の意思が固かった。まだまだお子様ばかりだった周りと合うはずもなく、また大人になるということが男子にべったりという女子たちの群れにも溶け込めなかった。

 だからこそ、小桜は恵茉と話すのが楽しかったのだ。どこまでも突っ込んで深く話せるのに、互いの尊厳の尊重はできている。こんな相手は、男子でも稀有なのだ。


「そっか。毎日楽しいんだね」

 小桜の声に、恵茉が頷く気配がした。

 次はツカイプで顔を合わせて話してもいいかもしれない。今回のことを切っ掛けにできるのであれば、だが。


 小桜はさらに勇気を振り絞る。相手が、突っ込んだ話をし慣れた恵茉だからできたことだ。

「お礼にさ、なんかごちそうしたいな」

「そんな、別にいいよ。そちらからも情報もらったし」

「あげられるような情報はなかったよ」

「いや、政木高でもリークがあったってだけで、とても助かる」

 この返事に、小桜の良心が再び痛みだした。


「奮発するからさ、スタパでカスタマイズもりもりのなんかでも……」

「そんなに気を使ってくれるんなら、eGiftsでいいから」

 ネット上のプレゼントでいいと、恵茉にそう返されて小桜は気落ちした。

 顔を合わせて会う対象に自分はなっていない。否応なくそこに気が付かされたのだ。

 仕方がない。恵茉からして頼りがいのある男子ではない自覚だけはあるのだ。1度でいいから、中学の時に実力テストで勝っていればよかった。今さら後悔しても、どうにもならないにも程があるが。


「そっか。彼氏とかいたら、かえって迷惑だったよね」

 これは完全に負け惜しみである。

 小桜は負け惜しみと自分でも知りながら、言わずにいられなかった。


「そんなん、いるわけないじゃん」

「えっ、いないの?」

 恵茉のあっさりした返事に、小桜は鸚鵡返しに問い返した。同時に、安心感を覚えた自分に小桜は違和感を持つ。


「なに馬鹿なこと言っているのよ。

 女子高に来て3週間よ。共学でもないのに、なんで出会いがあると思うん?」

「あっ、そっか。なんか、3週間ってのが信じられないなぁ。

 言われてみれば、まだ4月だっていうのに、坂井さんにはもう半年も会っていないような気がする」

「気持ちはわかるよ。高校に来てから、あまりにいろいろが目まぐるしいもんね」

 そうか。

 小桜は納得した。


 恵茉と自分では、「半年も会っていないような気がする」という言葉の意味が全然違う。

 恵茉のは恵茉の言葉通りだろう。

 だけど、自分のは違う。

 中学時代は、恵茉と毎日話していたから気が付かなかったのだ。でも、3週間の恵茉と話せなかった期間は、自分にとってはとても長かったのだ。


 これはきっと、恋や愛ではない。

 だけど、恵茉は自分を映し出す鏡だ。

 つまり、話すことで、自分のアイディンティティや悩みを確認できる相手。

 男子高で、さまざまな洗礼を受けて、自分は変わった。その変わった部分と変わらない部分、自分でも整理しきれていないその3週間分の部分が、恵茉と話したことですっきりと納得できた。

 願わくば、恵茉も自分に対してそう思ってくれていたらいいのにと、小桜は切実に願う。


 そしてさらに思う。

 恵茉を誰かに取られてしまって、話ができなくなるのだけは嫌だ、と。それはもう、切実に嫌だ。恵茉に恋人ができたら、今のようには話せない。それを許す彼氏なんて、想定できない。

 自分のは、厳密には恋や愛には分類されないのかもしれない。でも、それでも、恵茉は誰にも渡したくない。

 小桜は、そう考える自分に気がついてしまった。


 小桜は焦る。

 中学の時とは違う。明日また会えるというわけではない。今のペースだと、次の機会はきちんと作っておかねば、半年や一年はすぐに過ぎてしまう。そして、その間になにが起きるかわからない。恵茉に恋人ができるとか……。

「もうちょっとで、ゴールデンウィークだよね。

 映画見に行かない?」

「突然、どうしたん?」

 恵茉の声に、警戒が滲む。


 小桜は、罠に動物を追い込む猟師になったような感覚を覚えた。飢えていない獣に餌をちらつかせて追い込まねばならないのだ。もっと慎重にならないといけなかった。


「坂井さんの想像とは違う事情で」

「えっ?

 それって、どういうことよ?」

 さすがに、この小桜の答えは恵茉の想定外だったに違いない。というか、最初から想定外を宣言している。


「わかんないってば」

 恵茉の言葉に、小桜は返答になっていない答えを返す。

「わからなくていい。むしろ、わかられると困る」

 最初は話そうと思った小桜だが、「一生の話し相手として確保したい」などという自分の思いを正確に伝えたら、それは告白ではなくてプロポーズになってしまうことに気がついたのだ。こうなると、もはや言えるはずがない。


「人を誘う言葉じゃないね」

「んなこた、わかってるよ。でも、行こう」

「なに、その支離滅裂」

 恵茉は容赦なく小桜の言葉を撃墜する。


 ※

 これだけ言ってながら、「お願いだから」とか言えないのは、まだまだ紙より薄いプライドが捨てられていないからなんですねぇ。

 恵茉ちゃん、頼まれたら嫌とは言えない優しい娘なのに、そこに小桜くんが行き着けないのは、まぁ、意識している女子に下手に出られないという男子の……、ご愛嬌ということにしておこうではないか。



「じゃあ、1つだけ聞く。小桜くんは、映画が見たいの?

 私と話したいの?

 どっち?」

「えっ……。その、えーっと……」

 これだけのことで、小桜は守勢に回った。


「なんか理由があるんだね?

 映画以外ならいいよ」

「えっ、いいの!?」

「一定以上時間を潰したい相手なら、映画に誘えば。でも、そういうんじゃないんでしょ。なら、時間の無駄。

 大体さ、見たい映画があって誘うなら、映画の題名で誘うよね。そういうんではなかったし、そもそも私、浸りたい映画なら1人で行くし」

「……3週間で、随分と辛辣になったね」

 小桜の口から、思わず一言漏れた。

 3週間前の恵茉なら、ここまですぱーんとものごとの本質を斬らなかったと思うのだ。

 この一言が漏れたのは、せめてもの張り合いの意地である。


「小桜くんは、ぬるくなったね」

 恵茉のあまりの返しに、小桜は分厚い刃物で自分が両断されてしまったような気になった。

「……ど、どやかましいっ」

 思わず小桜は、そう弱々しく呟いていた。


 ※

 男子高は無謀さ加減を磨くが、女子高は無敵さ加減を磨くのだ。

 がんばれ、小桜。女子高で鍛え抜かれた戦闘能力に張り合うには、まだまだ修業が必要だ。

 次話、「戦略」。なんとなく続くぞっ!

 

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