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或る男子高の非日常  作者: 林海


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第32話 待ち伏せ


 1日置いて、月曜日。

 再びの東京の予備校行きである。

 小桜は駅で青春18きっぷにハンコを捺してもらい、改札を通った。


 身体が重い。

 自分が疲れているのがわかる。さすがに、毎日往復4時間電車に揺られるのは高校生の体力を持ってしてもきつい。今回はさらに精神的な事情も積み重なって、日曜1日ではリフレッシュできていない。


 小桜は電車の中で座らなかった。たった1駅通過するだけで、東京行きの電車に乗り換えねばならない。疲れを自分に自覚させたら、その疲れが本物になってしまう。こういうのは見て見ぬ振りに限るのだ。見ないようにしているうちに、若い身体が慣れてくれるはずなのだから。


 うだうだと考える間もなく、電車は政木の駅に滑り込む。

 小桜は、ホームの階段を駆け上がり、隣のホームへ駆け下りる。電車の席を確保するためだ。

 政木発の東京行きは必ず座れはする。だが、本を読むには電車の中でも端っこが好ましい。両側から覗き込まれたくはないのだ。

 そして小桜は、自分自身にはグリーン車などという贅沢を許していない。


 階段を駆け下りた小桜は、そこに恵茉がいるのを見つけて足が止まった。

「おはよう。グリーン券買ってあるから」

 そう言われて、凍りつく。

 自分は加害者である。その意識が小桜の心と身体を縛ったのだ。


「それはいくらなんでも……」

「話があるの」

 その一言で、恵茉は小桜の言葉を奪った。こうなると、遠慮もへったくれもない。小桜は恵茉に従ってグリーン車の席に座る。そして、始発の車内は前回と同じようにほぼ貸し切りである。


 ※

 このあたりの呼吸、小桜には到底勝ち目がない。小桜は考えてからでないと口を開けないし、恵茉ちゃんのように本質を突いた言葉がぽんぽん出てくる相手にはあっけなく論破されてしまうのだ。

 そして、こういう思考回路のせいで、英会話はとても苦手な小桜なのだ。どれほど高速に脳を動かしても、頭の中でいちいち翻訳しているのだから、会話のスピードに間に合うはずがない。

 ああ、口喧嘩の強い人、うらやましい……。



「ごめんね、小桜さん」

「いや、謝らないといけないのはこっちの方だったし」

 平身低頭する予定だった小桜は、逆に恵茉に謝られて困惑した。


 恵茉は不意に上目遣いになった。

「……もしかして、知っていたの?」

「一昨日、うちに帰ってから知った。坂井さんと東京行ったの、母の仕事先の人に見られていた。で、母に俺が地雷を踏んでないか、確認された。

 本当にごめんなさい」

 なにを、そして、なにに対してかは、互いに言う必要はない。口に出せば言霊となって、いつまでも2人の心を縛りそうだ。


「……そうなんだ。やっぱりね。そうだと思った」

 そう言った恵茉の表情には、いくらか焦りの色がある。ここから7、8駅でかなりの人が乗り込んでくる大きな駅がある。そうなったら、立ち入った話はできない。30分ほどの間に話を終わらせなければ、なのだ。


「小桜さんに言われて気がついたんだよ、私。自分が可怪しいって」

「いや、そんなことはない」

「……産みたての卵は柔らかい、んだよね?」

「えっ、なに?

 それも、また!?

 ごめんっ!」

「……最後まで聞いてよ」

 恵茉はそう言ってひっそりと笑った。


「聞きます」

 小桜の丁寧な返事に、また恵茉は笑う。

「私ね、小桜さんにここまでは話してないけど、幼いいとこに鳥の卵の話をしたの、十三回忌の法事の精進落としの席だった。それこそ大笑いになったの」

 誰の十三回忌か、それはもう聞くまでもない。


 恵茉は、視線を車外に向けたまま話し続ける。

「私、3歳だったけど覚えている。

 ……あのときはね、あまりに突然だったから警察も来て、解剖がどうのって騒ぎになって、母はどうしようもないほどのトラウマを負った。あからさまに警察から疑われたからね。だから、その後の法事のたびに母は泣いて……、毎回暗澹って感じになるのが常だった」

 小桜はなにも言わず、ただ頷く。小桜の人生の経験値では、とてもではないが口を挟めるようなことはない。


「それが当たり前で、そういうものだと思っていた私は、笑いが起きたことに激しい怒りを覚えた。だから、その大元の小桜さんに、『悪意がある』って怒った。

 でもね、違うんだよ」

 小桜は、「なにが?」どとは聞かない。ただ黙って、恵茉が話し続けるのを待っている。


「そのときから私、ずっと悩んだんだ。なんで皆、笑ったんだろう? って。でもね、今はわかっているんだ。なぜ笑ったのかと考えること自体、すでにもう可怪しいことだって。

 だって、10年以上経っているんだからね。精進落としの席で笑いが起きたって仕方ないんだよ。集まった親戚だって、思い出なんかほぼまったくないんだから。集まってくれただけでありがたいんだし。誰だって、いつまでもめそめそしていることなんかできないんだ。そんな当たり前のこともわからなかった」

 もはや小桜には、どう相槌を打っていいのかすらわからない。


「私が……、私の行動が小桜さんを困惑させたのだとしたら、それは私が悪い。私が困惑させなかったら、そもそも小桜さんからのフィードバックは起きなかった。

 ……なんか、思い返せば思い返すほど、みんな私が原因で小桜さんの反応が起きているんじゃないかと不安になった」

「いや、そうだとしても俺、デリカシーのないことを言っちゃってる」

 ようやく小桜はそう言い返した。


「小桜さん、そんな非道いこと、言ってた?」

「……言った。仙厓が見れなかったとき。『俺たちには、まだまだ時間がある。もう一度ここへ来たって、仙厓の言う順当でめでたいことはぴくとも動かない』とか言っちゃってた。そのせいで坂井さん、『そういうところ、なんだよなぁ』って言ってた。

 高みの見物みたいなデリカシーのなさだった。本当にごめん」

「……そう取ったかぁ」

 恵茉の嘆息に、小桜は混乱した。


「は?

 どういう意味?」

「えっ?

 新しい知識をすぐに思考に取り込めるところ、すごいなって思っただけなんだけど」

「えっ?

 そうなん?」

「だって、小桜さんが言ったことは非の打ちどころなく正論じゃん。いくら私だって、そこに気を回して、わざわざ自分から傷付きには行かないよ」

 電車の中につむじ風が起きるほどのため息を、小桜は吐き出していた。


 ※

 君子豹変と申しますな。

 気がつかないとそのままなのだが、気づいた瞬間から変えてくる。そして、変えることに抵抗を持たない。

 恵茉ちゃんは恵茉ちゃんなりに傷つき、悩んでいたのだ。そして、小桜の言葉の真意をどう判断するか悩んでいた。そこへ、『デリカシーのないことを言ってごめん』とメールが来たので、小桜の言葉に裏がないと判断したのだ。

 そうなると、自分を振り返り……。

 次話、「反省会」この流れは、もう1話だけ続くんじゃ。

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