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或る男子高の非日常  作者: 林海


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第29話 再びの東京散策8


 恵茉の前のアルミホイルの袋は、包み焼きハンバーグだった。

 恵茉が食べだすのを視界の中で捉えながら、小桜は目の前のアイスバインに集中している。こういう勝負は、気を抜いたら負けだからだ。


 すね肉なので脂は少なく、ゼラチン質は多く、旨味が濃い。

 それに助けられて、小桜の食べるスピードは落ちない。だが、最後の一口まで油断はできない。小桜としては、どこかで頼り甲斐というものを見せられないと、ずるずると恵茉からの評価が下がってしまうのが心配である。それは、たとえフードファイトであっても、きっかけにはなりうるのだ。

 大言壮語、そしてその有言実行こそ、男子の本懐である。


 ザワークラウトの酸味とマスタードにも助けられて、小桜は一気に完食する。皿の上には太い骨だけがごろんと残った。

「すごいっ。さすがっ!

 じゃあ、デザートも行こう」

 恵茉の提案に、小桜はさすがに首を横に振る。


「ごめん、今は無理」

「かぼちゃのプリン、美味しいのに……」

「いや、そういう問題じゃなく……。もう入らないよ。肉だけでお腹いっぱいにしたの、生まれて初めてかもしれない」

 完食して、心の中の戦闘態勢が解除されてしまった今となっては、立て続けに他の物を食べられる気がしない。


「じゃ、コーヒーは?」

 そう恵茉が反射的に言うのに、小桜は首を横に振った。

「それもいいけど、ここから銀座を20分ほど歩くと浜離宮。そこのお茶室がすごく良くて、お抹茶とお菓子がいただけるらしいんだ。この案はどうかな?」

「小桜さんの当初の案だね。よく知らないんだけど、浜離宮ってどんなお庭なの?」

 恵茉に聞かれて、小桜は泥縄の知識を披露する。


「徳川将軍家の浜御殿という別邸だったらしい。大名庭園ってやつだよね。大きな池の真ん中にお茶室があるんだ」

「江戸城が凄かったんだから、そこも凄そうだね。じゃあ、その案に乗った」

 そう言いながら恵茉は、伝票を持って立ち上がる。その動きに遅滞はない。決断の速さは、やはり恵茉だ。


 恵茉が会計している間に小桜は、頭の中にある地図をおさらいして、さらにスマホで確認を取った。真夏の炎天下、恵茉をエスコートして道に迷うのは、あまりに避けたい事態だったからだ。

 そう複雑な道でもないし、まず大丈夫だろう。


 恵茉が会計を済ませ、小桜はご馳走になった礼を言う。

 そして、2人は銀座通り(中央通り)を、南に向けてゆっくりと歩き出した。腹ごなしに早足は避けたい。少し歩く距離は伸びるが銀座通りを銀座5丁目で渡り、通りの右側を歩くことにした。いくらか雲の多い日ではあったが、高いビルに日が遮られて、そちらの方がより日陰を歩けたからだ。

 2人も名前だけは知っている羊羹の老舗やフルーツパーラーを通り過ぎ、首都高下の冷房の効いたショッピングモールを歩き、さらに200mを歩けば浜離宮である。



 ※

 地下鉄やJRでいくらか歩く距離は減らせるが、東京に不慣れな2人は、体力で押し切ってしまったのだ。高校生の無尽蔵の体力のおかげである。

 だが、疲れは重要なのだ。

 このあとの布石として……。って、おいおい、どこかに連れ込むとか、そういう展開にはならないぞ。



 入園料を払い、少し歩けば鬱蒼とした木々が茂っている中に入る。ビルの日陰とは根本的に異なる涼しさがそこにはあった。さすがに一日の中で一番暑い時間帯を歩いたので、小桜の顔にも恵茉の額にも汗が滲んでいる。それが、一気に冷えていくのがわかるのだ。


「さすがは江戸幕府の別荘」

「だねぇ……」

 そう言いながら、潮入の池に架かった檜造りの橋を渡り、お茶屋に入る。

 お茶屋を抜ける風が、涼しいというより冷たい寄りなのに2人は驚く。


「もう動きたくないー」 

 案内されて緋毛氈の上に正座した恵茉がつぶやく。

「俺も」

 そう言って笑い合う2人の前に、お抹茶と菓子が置かれた。


「小桜さん、お茶の心得は?」

「……提案した身で申し訳ないのだが、ござらぬ」

「実は、それがしも。どのようにしていただいたらよかろうか?」

「手で持って、口で食せばよろしい」

「……なんの解決にもならないー」

 恵茉はそう言って笑った。


 だが、周囲を見様見真似して、2人は菓子を食べ、お茶を頂いた。

「なんか、笑っちゃうほど美味しいね」

「そうだね」

 恵茉の言葉に小桜は相槌を打った。一口の大きさの和菓子なのだが、涼し気な意匠が凝らされていて、ほどよい甘みが身体に染み渡るようだ。

 そして、2人はそのまま無言になった。


 頬を撫でる潮風が涼しい。池を眺めながらここにいると、本当に東京という大都市の真ん中にいるのか、信じられなくなる。池の対岸の木々の向こう側、遠景とは言えない近さに大きなビルが林立していても、だ。

 このままごろりと横になって昼寝ができたら至福だろう。


 あまりに良いところではあったが、他のお客のことも考えればそう長居もできない。適当なところで2人は立ち上がり、今度は小桜が恵茉を押し切って会計し、来たときとは反対側の橋を渡って木々の日陰に入った。これで、潮入の池を渡ったことになる。

 そのまま池の周りの遊歩道を反時計回りに歩きだすと、大木に囲まれた富士見山と書かれた小さな築山があった。石造りの階段が上に向かって伸びている。


「いい?」

 小桜が聞くと恵茉は頷いた。

 小なりと言えど登り坂なので、恵茉の体力を慮って小桜は聞いたのだ。


 2人でその築山を登り切ると木陰にベンチが置かれており、庭園全体が見渡せる絶景が広がっていた。そして、この庭園の最奥ということもあってか、人影もない。

 2人はどちらからともなくベンチに座り、涼しさを満喫した。

「こんなスポットがあるだなんて……」

 恵茉が口の中でつぶやくのを小桜は聞いた。

 行こうと言った小桜も同感である。


 今日はよく歩いている。そのほどよい疲れが、並んでベンチに座ることの言い訳になった。朝、電車で並んで座ったときの緊張感はない。無言で座っていても、沈黙が苦にならない。


 空の雲が動くと、見渡している庭園にも雲の影が動く。刻々と変わる光の乱舞は見飽きることがない。

 そのまま10分も無言で座っていだろうか。不意に小桜は、隣りに座っている恵茉との距離が消え失せたような気がした。

 なぜだかはわからない。だが、今ならなにを言ってもいいという気がしたのだ。


「……ねぇ、坂井さん」

 小桜の口は、そう動き出していた。



 ※

 共に歩くってのは、2人の距離が縮まりますなぁ。

 共に食事をするのも、です。

 小桜にとっても、恵茉にとっても、異性と2人きりでのこういう1日は初めての経験。その緊張が解けるまで、丸々半日が掛かったのだ……。

 次話、「再びの東京散策9」に続く。小桜はなにを言い出すのか?「この馬鹿、なにを言い出すんだ?」と思われたりしないのか? 乞うご期待!!

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