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或る男子高の非日常  作者: 林海


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第26話 再びの東京散策5

 桜田門の枡形の中央で、周囲をぐるりと見渡した小桜は、ため息とともに歴史の重さに押し潰されていた。

「ああ、ここにいるだけで気後れするなぁ。もっと、いろいろと身に付けないと……」

「そうだね。知らなきゃいけないことはいくらでもあるね。いいや、知るというより、知った上でしっかり経験しなきゃいけないことかな?

 本当に来てよかった。小桜さん、ありがとう」

 先程までであったら、その言葉に小桜は安心し、有頂天になっていただろう。

 だが、今の小桜は恵茉の言葉に、申し訳なさを覚えていた。


 恵茉の方が自分より大人だ。

 知ることの喜びに先走る、小桜自身の危なっかしさを心配してくれていた。小桜は、「自分に対して持っていた自信」、それ自体が思い込みなのではないか、という不安を感じざるをえない。

 そして、恵茉は知ることの喜びを感じても、自分のように己を見失なうようなことはないのではないか?

 それで、小桜に外交的にお礼を言って、この場を丸く収めたのではないか?

 そうでなければ、今まで心配していた相手に礼など言わないのではないか?


 もはや、小桜の頭の中から、恵茉の心配の動機は友情なのか恋愛感情という自問は消えてしまっていた。恵茉がなぜ走ったのかなどという疑問は、もはや心の中から追いやられてしまったのだ。



 それでも小桜は恵茉をエスコートして、桜田門から皇居外苑に抜け、観光客に混じって二重橋を見た。

 この橋は、2人の自宅の近くの鉄工所が作ったものだ。それもあって、1度は見ておきたかったのだ。東京スカイツリーの大型鋼管も生産したらしいが、こちらは見ようと思えばどこからでも見える。

 その後は馬場先門を抜け、帝劇ビルに向かう。そして、劇場の入口を通り過ぎれば入光美術館である。


 エレベーターで一気に美術館のフロアまで上り、入館料を払って中に入る。

 小桜はここで恵茉の顔色を見た。

 電車を降りてから、朝とはいえ炎天下をほぼ歩き通しだった。美術館に入ってすぐにロビーが見え、座れるようになっていたのが視野に入ったので、まずは恵茉を休憩させた方がいいと思ったのだ。


「まずは休もうか」

 小桜の声に、恵茉は頷く。

 まだ疲労の色は見えないが、恵茉自身もその方がいいと判断したのだろう。


 ロビーにはあまり人気はなく、大きな窓からは自分たちが歩いてきた経路がよく見えた。

 恵茉を座らせた小桜は、給茶機があるのを見つけて再び立ち上がろうとする恵茉を抑えて、自分で備え付けの紙コップにお茶を汲んだ。水分補給は重要だ。


 紙コップを差し出すと、恵茉は喉を鳴らして飲んだ。やはり喉が乾いていたのだろう。

「ありがと」

「どういたしまして」

「眺め、いいねー」

「うん」

 そこで言葉が途切れた。


 ※

 恵茉の虎の尾を踏んでいることに気がついていない、無邪気な小桜である。

 デートのときは相手の顔色に敏感になっていないと、突然の反撃を食らうものなのだぞ。

 まぁ、しかたない。トラウマを1つ増やすのだ、小桜。



 3分も経った頃だろうか。

「なにか、不安?」

 不意に恵茉が小桜を見て聞いた。

「いや……」

「さっきから、ちょっとおかしいよ」

 それはそうだ。桜田門から自分はあまり話せていない。恵茉に引け目を感じたままで、どう話していいかわからないのだ。


「……坂井さんに心配掛けていたのが申し訳なくて、なんて言ったらいいのか、わからなくて」

「……心配されるの、嫌?」

「嫌、というより、自分が不甲斐ないって思って……」

「なんで?」

「えっ、なんでって、なんで?」

 小桜の問い返しに、恵茉は軽くため息をついた。


「そういうところは、前と変わらないんだね」

「ごめん、マジ、よくわからない」

 小桜の返答に恵茉は、今度は深い深いため息をついた。


「小桜さんが変わっていってるから、心配した。でも、その変化は退化じゃないでしょ。どこへ行くんだろうって、どこまで行くんだろうって、私が勝手に心配したの。もちろん、かつての同級生だし、興味もあった。その私の勝手な心配に対して、『自分は不甲斐ない』とか思われたら、とても迷惑」

「えっ、そうかもしれないけど、坂井さんに負担をかけちゃったのは事実だし……」

 小桜は、恵茉の言いたいことがわからないまま言葉を返す。


「じゃあ、誰からも心配されなければ、小桜さんは満足なん?」

「……そこまでは思わないけど」

「『あの人元気かなー』って思うことは、いけないことなん?」

「そ、そんなことない」

 恵茉にあっけなく論破された小桜は、再び黙り込む。

 だが、恵茉の追撃は容赦がなかった。


「じゃあ、私が心配したら、小桜さんはもうなにもしないん?」

「……それもない、かも」

「私には、誰かを心配する自由もないん?」

「そんなことはない!」

「私、心配して、小桜さんから『馬車馬みたいにはならない』って聞いて安心して、それって悪いことしたことになるん?」

「ごめんなさい」

 ついに小桜は、白旗を掲げた。

 やはり、本気になった恵茉には敵わない。やはり、中学時代を通して1度も勝てなかった相手は健在だった。いや、健在すぎた。


「良くない方向での変化で心配されたなら、『不甲斐ない』って思うのも仕方ないけど、逆でしょ。小桜さんの言っていること、筋が通らなくない?」

「もう勘弁してください」

「小桜さん、自分に対してが一番不甲斐ないの。そういうの、私、怒ってるんだからね」

「……そこまで言われなくてもわかってる」

 ああ、前もこの調子で詰められて、最後には「悪意がある」と言われて、ぽかぽか叩かれたのだ。あれは痛くはなかった。痛くはなかったが、小桜の心に爪痕を残したのは間違いなかった。


「じゃあ、小桜さんはどうするん?」

 さらに問い詰められた小桜は、半ばパニックになっている。

 女性というものがここまで厳しいものなのか、坂井恵茉のパーソナリティが厳しいのか、その判断すらできない。


「坂井さんは坂井さん、俺は俺」

 10秒後、ようやく小桜が絞り出した答えに、恵茉は無言で頷いた。

 小桜はほっとして、椅子に深く身を沈めていた。



  ※

 ここで今、小桜と恵茉の間で契約が結ばれたのだ。

 互いの感情については干渉しないというルールである。つまり、心の中は独立自尊ということだ。また、当然、その感情によって、互いの行動も干渉されないということだ。

 だが、「不甲斐ないと思うのは俺の勝手」とは言い返せない小桜であった。それはそれで情けなかったからだ。ホント、男子高校生の心情は地獄だぜ!

 次話、「再びの東京散策5」。これで、相手に言いたいことは言い尽くした。さて、その上でなにが生まれるのか……。

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