第11話 カフェにて
小桜の心が浮き立って、いや、浮足立っているのに対し、坂井恵茉はどこまでも冷静だった。
自転車の前に立ったまま、小桜に話しかける。
「どうする?
小桜さんが『坂井さんの想像とは違う事情で』と言ったから、それを聞くのが今日のメイン。
だから、小桜さんの話しやすいところへ行くよ」
そう言われた小桜は、一瞬言葉を失った。
言われてみれば、たしかに自分はそんなことを言った。
だけど、それは逃げの一手を打ったのであって、真面目に問い詰められるととても白状できないことだ。
だが、恵茉と会うことにあまりに浮かれていて、これを真っ先に聞かれることなど予想もしていなかった。通常どおり会話が社交辞令から始まれば、有耶無耶にできるとも踏んでいたのだ。
「言わないとダメかな?」
仕方なく小桜は、再度逃げを打つ。
小手先で騙せるものなら騙すが、これでは問題が単純すぎて騙しきれない。話すか話さないかという、白黒の問題だからだ。
だから、この逃げを許すような恵茉ではなかった。
「だめに決まっているじゃん。
ここまで来たんだから、話してもらわないと」
小桜の頭はフル回転する。
話さないという選択が取れないのであれば、もっともらしい嘘を並べるしかなない。
それも、恵茉を騙しきれるだけのクオリティのある嘘を、だ。
「わかった。
じゃあ、話すけれど、この間交流会を開いたここのカフェでいいかな?」
小桜の問いに、恵茉は頷いた。
小桜の本音をいえば、もっと嘘を考える時間が欲しいところだ。
だが、たとえ街中まで自転車を転がしたとしても、恵茉を騙しきれる嘘が思いつく保証はない。それに、あまりに引っ張り回したら、苛ついた恵茉から徹底的に問い詰められる危険もあった。
小桜は恵茉を騙してからかったことは何度もあるが、それは恵茉が愚かであることを意味してはいない。性格が真っ直ぐだと言うだけだ。だから、真っ直ぐに問い詰められたら、逆に小桜の方が窮地に陥る。だから、その事態だけは避けようと小桜は決めたのだ。
だが……。
それにしても時間がなさすぎた。
こういうときに限って、小桜のアイスコーヒーと恵茉のコーヒーフロートが運ばれてくるのも早い。
カフェのテーブルごしに恵茉の大きい目で見据えられて、小桜は言葉を失い、視線は下を向いた。
「どうしたん?
本当に大丈夫?」
恵茉の口調は小桜を心配するものになった。
それが、小桜にはあまりに辛い。
「言えないならいいよ。
今日は解散しよう」
恵茉が言葉を重ねたのに、小桜は首を横に振った。
それでは今日、ここに来た意味がないではないか。
※
恵茉ちゃん、真っ直ぐゆえの無意識の残酷さである。
ナレーター役としても、これには言葉がないw
「話すよ」
小桜が断念したのは、恵茉に帰って欲しくはなかったからだ。
それに……。
考えているうちに、小桜の心には自分への怒りが浮かび上がっていた。
これでは恵茉に対し、自分はあまりに卑怯ではないか、と。そもそも、この姑息な行動は自分の怯えから始まっている。そして、それを糊塗し続けるために嘘を重ね、逃げ回っている。
人生、All or Nothing、である。
進学校で受験を考えていれば、いやでも物事はそういうものだと思い知らされる。
合格判定Aでも落ちるときは落ちるし、Eでも受かるときは受かる。そして、その結果がすべてなのだ。合格判定AでもEでも、受かれば同格、落ちても同格である。Aだったのに落ちたなどという言い訳は、誰にも聞いては貰えない。それどころか、単なる嘘つきとしか見られない。
努力など、結局はその冷酷な現実への保険に過ぎないとさえ言える。だが、保険を掛けずにいられるほど、運を天に任せた確率にも任せられない。そんな理不尽な世界でも、失う覚悟で戦わねばならないのが受験である。
恵茉に限らず、異性に対してもその理不尽さは変わらないのだ。
小桜は両手を握りしめ、自分の思いを口にする覚悟を決めた。
それはすなわち、恵茉と二度と話せなくなるリスクを負う覚悟である。
「俺は、なんでも話せる相手が集団でいるという環境を初めて得た。政木高に入れてよかったと思う」
「それは私も同じ。小桜さんの言うことは、とてもよくわかるよ。
……で?」
「残念ながら、校外ではそういう相手は1人しかいない。両親も無理。中学の時の先生たちの中でも、1人か2人しかいなかったし、教師は同格の相手とは言えないと思う」
「……」
恵茉は無言で小桜の言葉を聞いている。
卑怯ではあるかもしれない。
でも、恵茉の名を出さない三人称で語ることで、小桜の口はようやく動くようになった。これは、たとえ本人を目の前にしているのに、であるし、本人を目の前にしているからこそ、とも言えた。
このどちらにしても、小桜の怯えが三人称で語る理由である。
だが、小桜にそれを「ここで克服しろ」と強いるのも酷ではあっただろう。
「それで……。
不幸なことに校外にいるたった1人の相手は、女子なんだ。俺は怖い。もしもその女子に恋人ができたら、俺はその人と話すことができなくなる。でも、その女子に恋い焦がれていて、なんとしてでも恋人にしようとか、落とそうとか、そういうのも違うと思う。それに、その人は俺を男として好きだとは思っていない。
なのに、その人を失うことを考えたら、俺は怖くて怖くて仕方がない。俺は、自分勝手なんだと思う。それがわかっていても、俺はどうしていいかわからない」
「……それで、小桜さんは、その人を失わないためなら、なんでもするってことなの?」
恵茉の問いに、小桜はいよいよ覚悟を決めた。
恵茉を失う覚悟である。
「……うん、なんでもするかもしれないな。もっとも、その人が好きな男ができたのであれば、もうどうしようもない。横車は押せないよ」
「……ふーん。
……小桜さんは、なんでその人に恋い焦がれて、とかにはならないの?」
「……自分が頼りないからだと思う。俺、1つもその人に勝るところはないんだ。そんな俺が、恋人になろうなんて、烏滸がましいよ」
「……」
ここで再び恵茉は黙った。
コーヒーフロートのアイスクリームを、恵茉はストローでつついている。
小桜がよくよく見ていると、恵茉はアイスクリームの周囲に凍りついたコーヒーの氷をつつき落としているようだ。
一周すべてをつつき落とすと、恵茉は正面から小桜を見た。
「小桜さん。
私は今の小桜さんの話に対して、なんと言っていいかわからない。それでもそれとは別に、小桜さんには言っておかないといけないことがあるんだ」
「……なんだろ?」
小桜の全身は、死刑宣告に備えた。
顔色は青白く、握りしめたこぶしまで白くなっていた。
※
怖い。
なんとも怖いぞ。
もちろん、カフェの店員さんたちは、小桜の顔色を見て玉砕しにきたとしか思っていない。賭けの対象としたら、オッズはあまりに偏っている。「上手くいく」に賭けた店長から毟り取るチャンスかもしれないぞ。
次話、「彼女の心情」に続く。さあ、見物せよ(非道)!
雰囲気の全く異なる「高校入学2日目から、転生魔王がうざい」と交互に更新しています。
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