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植物使いの百鬼夜行  作者: らいお
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ラズリアの過去①

 時は光神歴一五八年。今から六五九年前の話である。

 大陸の大半には森が広がり、魔物が悠々と闊歩する。

 魔物に怯えながらではあるが人間達は村を作り、町を作り、それらを束ねて国を作ろうとしていた。


『暇つぶしと思っていましたが、そこまで面白くないやもしれませんね』


 この頃ラズリアは人間を嫌っていることは無く、犬や猫のような生物と同等と感じていた。

 そしてそんなラズリアは暇つぶしと称して魔植の森を出て人間達が建国する様を悠々自適に見学していた。

 ラズリアからすれば、ただの退屈凌ぎ。姿を消し、人間に気取られぬようにしながら何年も人間達を観察する。


『長い事見ていましたが、それでもやはり人間の考える事は分かりませんね。国など作ってどうなるというのか』


 そんなことをボヤきながらもラズリアは観察を続ける。雪が降ろうが、雨が降ろうが、嵐が来ようが。自分とは違う意思を持つ生物がどのような行動をするのか、どういった思考を持っているのか、それを確かめるために。


『やはり見ているだけでは何も得られないという事でしょうか』


 長い観察の末、ラズリアはようやく見ているだけでは駄目だと思うようになった。

 長命種特有の気の長い思考――精霊に寿命は無いが――に陥っていたと理解したラズリアは人間と言葉を交わしてみようと思い至る。


『しかしながら、どうしたものか。人間と何を話せば良いのかが分からな――ふむ、人間の気配に、魔物の気配。これは追われているのですね』


 ラズリアが感じた気配は巨大な魔物。森に闊歩するような弱い魔物ではなく、弱肉強食の頂点に立つような支配者。今の人間達では太刀打ちできるはずもないだろう。


『……ふふ、思いつきました。我ながらなんて頭の良い事でしょう』


 ラズリアは笑みを浮かべながら魔物のもとへと向かった。




 息を切らしながら森を駆ける青年。そのすぐ後ろには漆黒の鱗を纏いし獣。巨体を支える四肢は太く、爪は万物をも切り裂いてしまうかの如く鋭く強靭。その見てくれは、まるで御伽噺に出てくるドラゴンを彷彿とさせる。

 獣は紫羅欄花(あらせいとう)のような紫雲色の瞳で眼下の青年を常に捉え、まるでこの状況を楽しんでいるかのように牙の光る口元を歪ませる。


「くそっ……くそっ!」


 青年は荒い息を吐きながら必死で獣から逃げる。

 青年は理解している。この獣はその気になればすぐにでもその強靭な爪で青年を切り裂くことができるのだと。今は獣の気まぐれで遊ばれているだけだと。

 数十分という長い奔走の末、ついに青年の脚は重くなり木の根に躓いてしまう。


「がぁっ⁉ ……くそがっ! さっさと、殺すなら殺せっ!」


 獣を見据え、青年は吠える。もう脚は動かず、立ち上がるほどの気力は残っていない。

 死を覚悟し、獣が一歩、また一歩と近づいてくるのを睨みながら死を覚悟する。

 目の前に迫った獣は片腕を上げ、青年を切りかかろうとする。


「父さん、母さん、申し訳ございません……俺は、ここまでのようです……」


 迫りくる死から逃避するかのように瞳を閉じた青年。きっと、これまでの記憶を遡り走馬灯でも見ているのだろう。


「あれ、死なない……?」


 長い事走馬灯を見ていた青年だったが、自分が死なない事を不思議に思い目を開ける。


「女神、様……?」


 青年の目の前には山藍摺(やまあいずり)色の透き通るような長髪の美女が漆黒の獣を屠っていた。青年からすれば危機を救ってくれた女神にでも見えたのだろう。

 青年は思う。何をどうすれば、この獣が二つに別れるのだろうと。

 血も流れず絶命しているその獣は、青年が最後に見た切りかかろうとしていた顔をしている。その事から、獣は自分が死んだことを理解しないまま息を引き取ったのだろう。


『私は女神ではありませんよ、ただの精霊です』

「精霊……助けてくれたのですか……?」

『精霊の気まぐれです。……怪我をしているようですね』


 ラズリアは青年を一瞥すると手をかざす。すると薄緑色の光が青年を包み、傷を癒していく。


「あぁ、暖かい……痛みが、消えてゆ……く……」

『……寝てしまいましたか』


 青年は安心したのか、緊張の糸が切れたのか。まるで気絶するかのように意識を失ってしまった。

 青年に施した回復魔法は物理的な傷を治すことはできる。しかしながら精神的なものや失った血液等は治すことはできない。つまり、生命力(マナ)を高め、自己再生能力を向上させる事は可能だが魔力(エーテル)の回復はできないという事だ。


『心的ストレスに加え魔力(エーテル)の不足により昏睡状態になった、といった具合でしょうか。なるほど、人間は脆い生き物なのですね』


 ラズリアは人間について知れて少し嬉しく思う。

 それからラズリアは青年が起きるまで見守るのだった。


 数時間もの間、ラズリアは青年を観察していた。息遣い、身体の作り、生命力(マナ)魔力(エーテル)の保有量。調べれば調べるほどに脆く儚い作りの人間に驚愕する。


『やはりどこもかしこも脆弱ですね。……しかしながら、権能(ギフト)に関してだけ見れば目を見張る部分がありますね』


 ラズリアが気まぐれに助けたこの青年は、『剣聖』という権能(ギフト)を保有していた。

 その効果は身体能力の超増加。それに加えて剣技であれば右に立つ者がいない程の熟練度まで習熟が可能になる。

 この権能(ギフト)があったが故に先程の漆黒の獣から逃げることができたのだろう。そして、『剣聖』の身体強化を知らずのうちに発動して魔力(エーテル)が欠乏したように見て取れる。


『剣を携えていないという事は、この権能(ギフト)の存在を知らないという事でしょうね。ただ身体能力が高いだけだと思っているなんて、なんとも勿体無い』


 ラズリアは青年を見つめ、まるで面白い玩具を見つけたかのように笑みを浮かべる。


『ふふ、思いつきました。良い暇つぶしとなる事でしょう』

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