6話 逃走
メールを打った。
気付いてくれるかどうかで今日の運命が変わると言っても過言ではない。
ぶるっとスマホが震え、速攻で返信が来た。
『下駄箱集合』
放課後デートの約束を取り付けることに成功したようだ。
少しホームルームが終わるの遅くなったが、優菜は大遅刻の前科がある。
急ぐことはせず、ゆっくりと下駄箱に向かうと既に優菜は待っていた。
近づくと、俺に気が付き鋭い目つきで睨みつける。
「遅いわ。女の子待たせるような男だから、私にフラれちゃうんじゃない?」
少し疲れたような低い声音で優菜は告げた。
こういう時、彼氏ならどんな対応するのが正解なのか。
「なにか奢るからそれで許してくれ」
「ふーん」
「ダメか?」
「言ったこと、ちゃんと守ってよね」
くるっと一回転、ふわりとスカートを浮かしてグイっと俺に近づき、にこりと微笑む。
ほのかに香るシャンプーの香りが俺の鼻孔をくすぐり口角が上がりそうになるのをなんとか食い止める。
「それじゃ、行こっか」
◇ ◇ ◇
駅へと向かいながら俺は今朝のことを相談する。
「見られてる気がする?」
「多分、春乃が関係してるんだろうけど」
誰かに見られていることを話すと、優菜はうんうんと大きく頷き返してぽつりと呟いた。
「へー、あの子ってお嬢様なんだ」
実家の真実を話さないよう気を遣いながら俺は会話を続ける。
「そんな感じだ」
「見たままって感じね」
「そう思うか?」
お嬢様というには気品さが足りてないような割とガサツな一面もある。確かに見た目は女の子っぽくなってはいた。
でもお嬢様、と言われてすぐに納得できるかどうかはわからない。
「女の勘って奴かしら」
言葉を濁され、これ以上この話をするべきではないと判断した。
さっきまでの話に戻そうとすると、背中に誰かの視線を感じる。
「……見られてないか?」
「校門を出てからずっと。手出しすることはないでしょうけど、私たちがカップルっぽくないとわかったら仕掛けてきそうね」
「物騒だな、おい」
それは流石にないんじゃねえの、と内心思っているが優菜の表情は真剣だ。
「そんなことより、奢ってくれるって言ったよね?」
「え?」
俺の財布事情を考えてくれたのか、有名喫茶店を選択してくれた。
こういう所にあまり来たことない俺にとって正にアウェー、右を見ても左を見ても心落ち着く場所はない。
「どうしたの?」
「注文の仕方とかわからねえからさ……」
「それなら大丈夫、秋斗の分も注文しといてあげるから」
五分後、先に席に座って待っていた俺の元にやってきたのはクソ高いドリンク。
領収書を渡されて顔に出さない程度に引いた。
こんなの毎日飲んでたら破産する。
そう思いながら一口飲むと、お金がどうのなんてどうでもよくなった。
「さてさて、これからどうしようかね」
「優菜は楽しそうだな」
「ん? 秋斗は楽しくないの」
「そりゃ楽しいよ。す、好きな人とフリでも恋人なわけだしな」
「じゃあ、いいじゃない」
だからこそ、俺にはチャンスがないというか。
これ以上の進展が望めないような気がすることに最近、気付き始めた。
「期限とか決めた方がいいか?」
「秋斗、あまり私に気を遣わないでいいよ。春乃さんが諦めたらこの関係も終わり、それでいいでしょ?」
そう言ってくれると助かるが、いつまで続くかわからない春乃と俺の事情にずっと優菜を巻き込み続けるのは気が引ける。
頼んだ俺が言うのもアレだが。
「それより春乃さんが諦める方法とかないの?」
「シンプルに俺以外の誰かを好きになるのが早いと思うが」
「確かに、一理あるわね」
「俺の友達に春乃に対してかなり好意的な奴がいるんだ。そいつを利用してなんとか春乃の気を引くというのはどうだろう」
アイツからの取引にも対応できて春乃との問題点を改善できる。それに、優菜との接点をいくつか持っとけばもう少し親密度を上げられるかもしれない。
うーん、と唸る優菜はどこか府に落ちたような表情をして首を縦に振った。
「それで行こっか」
「でも具体的な惚れさせる方法なんてな」
「とりあえず春乃さんと秋斗があまり接触しないことね」
確かにそれは必要かもしれない。
「今日、春乃さんと話したでしょ?」
「え、よくわかったな」
「彼女なんだから当然でしょ」
いや、彼女でも無理だろ。
「秋斗がそうやって隙を見せるからダメなんだよ」
「それなら優菜、一緒にお昼食べないか?」
「…………嫌だ」
ぷいっとそっぽを向いて優菜は拒否した。
いや、下心ないんだけど! マジで。しかし、彼女は断った。
「今日、春乃に話しかけられたタイミングは昼休み、そこで春乃に彼女と一緒にお昼を食べないのは不自然と言われたんだ」
「だから」
「だから一緒に食べれば全て解決だろ。春乃に指摘された点も、距離を取ることも」
なんで拒否するのか、俺にはわからない。
「じゃあ、俺はどうしたらいい」
「もう少し、もう少しだけ待って」
「待つ?」
思いもよらぬ言葉に俺は待つ、という意味を頭にある辞書で調べる。
そんなことを考えているうちに優菜は言った。
「食べるよ。でも今はまだ修行中なの」
修行ってなんだ……。
「私、料理苦手だから今は修行中。あと少ししたら秋斗に食べさせられるようになるから」
……はぁ、やっぱり付き合ってるフリって最高だな。
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