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4話 宣戦

「秋斗くん、待たせてごめん」


 下駄箱で待ち合わせをしていた俺の彼女、冬川優菜は悪びれる様子なくやって来た。

 こちらが恋人を演じてもらうようお願いしてる立場とは言え、待ち合わせ時間よりも三十分近く遅刻してくるのは如何(いかが)なものか。


「ゆ、優菜……もうちょっと早く来てくれ」

「名前呼ぶだけでそんな緊張するかな」


 後半の大事な部分を軽く流され、若干怒りのボルテージが沸々と湧き上がっているが……舌を軽く噛んで刺激を与え、意識を正常化する。


「慣れないものは慣れないんだ」

「大丈夫? これから婚約者と会うのに呼び慣れてないとバレちゃうよ」

「婚約してねえから」


 名前は確かに堂々と呼ばないと違和感生まれてしまう。

 上履きから靴に履き替えながら会話を続ける。


「彼女ちゃんはどこで待たせてるの?」

「駅近くにあるファミレス」

「一人で待たせるとは、罪な男だねえ」

「お前のせいだろうが!」


 予定の時間よりもだいぶ押している。少し焦り気味な俺に比べてめちゃくちゃおっとりと靴に履き替える優菜。

 一分以上かけてようやく立ち上がって準備完了。


「ようやくか」

「秋斗くん、レッツゴー」


 好きだけど、ムカつく時はムカつくのな。



 ◇ ◇ ◇



 ファミレス付近までやってきたわけだが、なぜか優菜は入ろうとしない。


「なにしてんだ?」

「辻褄というか、そういうの合わせた方がいいでしょ」

「設定か」


 色々と質問攻めされた時に、俺と優菜で食い違っていたらまずい。

 ある程度の大まかな設定は二人で共有しておくのがいいだろう。


「まず交際期間とかから決めるか」

「一週間くらいがいいんじゃない?」


 一週間、付き合い立てのカップルか。

 今の俺と優菜の距離感だとなんか違う。もう少し仲がいいというか、イチャイチャしてるイメージはある。


「三か月くらいが妥当だろ」


 倦怠期という奴を聞いたことがある。

 実際に体験したことはないわけだが、これくらい冷めた感じが倦怠期という奴ではないだろうか。

 優菜は自分の出した意見を否定されたことに腹が立っているのか、あまり良い顔はしていない。でも納得はしたのか、こくりと頷いた。


「いいよ、それで」

「デートの頻度とか。よく遊びに行く場所はどうする」


 カップルなら定番の質問としてあるだろう。


「三か月だし、たまに一緒に買い物に行くとかどうかな」

「となると、よく行く場所はデパートとかになるか」


 別にこの設定に正解はない、強いて言えば説得力があるもの。

 未だ付き合った経験など一度もない俺にとってこの設定がどれだけ現実味を帯びているかわからない。

 ただ春乃も多分、知らない。


「最後に、お互いの好きなところはなにかな」


 一番難しい。

 優菜は俺の彼女のフリをしているだけかもしれないが、俺にとって優菜は好きな人であり恋焦がれる人物。

 つまり好きなところなどいくらでも出てくる。

 でも、それを言うのはくそ恥ずいし、自分でもキモイと思う。


「秋斗くんの優しいところが好き」

「…………」


 これはフリだ、そう言い聞かせながら俺は今言われた台詞を無限リピートする。

 爆発寸前の心臓の鼓動音を間近に感じながら、俺も言う。


「優菜の全てが好き、だ」


 あ、あれ。俺、何言ってんの。


「不合格」

「え……?」

「さすがに、全部好きって雑だよね」


 あははっと珍しく声をあげて笑う優菜。

 恥ずかしさがすーっと込み上げてきて、穴があったら入りたい。

 もう一度、問い返されるのかと答えを準備していると優菜がくるりと身を翻してレストランの方へと突き進む。


「会いに行こっか」




 一人でスマホも触らずにじっと待っていた春乃は俺と優菜を見て舌打ちを一つした。


「ごめんね、秋斗くんが駄々こねちゃって」

「はぁっ!? いや優菜の方が」

「ゆ、ゆうな……」


 面食らった様子の春乃に追い打ちをかけるように、優菜はぺらぺらと喋る。

 

「よろしくね彼女ちゃん。私、二年三組の冬川優菜。三か月くらい前から秋斗くんと付き合ってまーす」

「彼女、ほんとにいたんだ」


 さっきまでイラついた様子だった春乃だが、今は露骨にガッカリした姿を見せている。両肩を落として覇気なく頷いた。


 嘘を吐いて女の子の告白を断るって、ひどく苦しく最低な行為であると今更ながら痛感した。でも、その嘘を否定しようとは思わなかった。


「でも私、諦めないから」


 さっきまでの暗い表情とは一変、堂々とした顔がそこにはあった。

 春乃の性格を知っている俺からしたら、別に驚きはなかったが、優菜の方はやや大きなリアクションを見せる。


「寝取るって奴かしら」

「私、秋斗のことならなんでもわかるんだけどね、……あなた彼女じゃないでしょ?」

「彼女だけど」

「ううん、絶対違う!」

「私たちラブラブカップル、そうでしょ?」


 俺の方に視線を向け、軽くウインクしてきた。

 修羅場と化しているこのテーブルから今すぐ離れたい気持ちを抑えながら、俺はなるべく平静を保って答える。


「優菜は俺の彼女だ。春乃、これは本当だ」

「……秋斗がそう言うなら、今はそういうことにしといてあげる」


 相性の悪そうな、優菜と春乃。

 いや対立化させてしまったのは俺が原因だな。


 とりあえず、ここはただのファミレスだ。

 これ以上の口論は他のお客さんにも迷惑かけるし、あまり良いことではない。

 それは優菜も春乃もわかっている。


 誰も喋らない静かな時間が訪れ、若干の気まずい空気が流れた。

 すると、春乃が勢いよく立ち上がって鞄を肩にかけ、優菜を睨みつけて言う。


「その化けの皮、すぐにでも剥がしてあげるから」


 ふん、っと踵を返してファミレスの出口へ行く春乃。

 その様子を見ながら静かに優菜は呟いた。


「また明日、春乃比奈さん」

読んでいただきありがとうございます。


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