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3話 嘘

「俺の偽物の恋人になってくれ!」


 昼下がりの中庭。

 昨日と同じ場所で俺は告白をした。


 答えなんて決まっているのに、今日もまた微かな希望に縋っている。

 でも成功率は今日の方が高い。なぜなら、昨日と違って必死だ。

 本気でお願いしてる。


「いいよ」

「……ごめん、変なこと――え?」

「偽物の恋人ならなってあげてもいいよ」


 昨日、告白した時は真顔のまま拒否られたのに、今日はなぜか笑顔を向けられている。

 にこにことした冬川の表情は可愛く、学校一の美少女は伊達じゃない。

 時間の進みがやけにゆっくりに感じながら、俺は一つ一つ丁寧に言葉を紡いでいく。


「本気で言ってるのか」

「やっぱ辞めちゃおうかなぁ」


 悪戯な笑顔でからかう冬川はペロッと舌を見せた。

 その仕草を見て、俺は彼女の求める言葉を告げる。


「辞めないでください! ありがとうございます」


 勢いよく頭を下げて俺は感謝の意を口にした。

 ふふっと微笑む冬川は一歩、俺に近づき言う。


「でも恋人を演じるのに、条件聞いてくれる?」


 とにかく今は、春乃比奈の魔の手から逃れなければいけない。その為には昨日吐いた嘘を本当にする必要がある。

 お金ちょーだい、とか言われたら困るがそれでも手段は選んでられない。財布にいくら入っていたか頭の中に思い浮かべた。


 一つ息を吐いてから俺は尋ねる。


「なんでも言ってくれ」

「一つ、まず私を恋人にする理由を正直に話すこと」

「…………」

「二つ、キスはしない、手を繋ぐかは状況次第。もちろんセックスもダメ」


 淡々と告げていく冬川に圧倒されながら俺はただ頷くだけ。

 どきどきとしている俺の心臓などつゆ知らず、人差し指、中指、そして親指を立てて冬川は言葉を続ける。


「三つ、私の言いなりになること」

「それが条件、か……」

「そう。守れる?」


 守る、守らないという話ではもうない。

 春乃と結婚したくないなら選択肢は一つしかないわけで、すぐに返事する。


「交渉成立だ。早速、なぜ偽物の恋人を作らなければならないのか、という話をしようか」

「結婚したくないんだ」

「……さすがに知ってるか」


 冬川と俺はクラスが違う。

 しかしだ、昨日の出来事はもう既に学校中に広まっていると言っても過言ではない。教室にいなかった先生に授業中、指導されて恥をかいたくらいだ。

 きっと速攻で職員会議にかけられたことだろう。


 それと、学校に婚姻届を持ってきた奴がいるという話も学校中に広まっている。

 非常識、有り得ない、普通はそう思う。それは正しい、でも春乃比奈はそういう奴なのだ。抜けているというか、天然とでも言うのか、一つ一つの行動がどこかおかしい。


「春乃さんが怖いの?」


 考え事をしていると、その思考に被せるように冬川が尋ねた。


「……言い得て妙だな。そうだな、ある意味で怖いと言える。小学校の頃の勘違いを今でもしているんだからな」


 誰だって困っている人がいたら優しくする。それは当たり前のことで常識的な行動。

 あいつは俺のことが好きなのかもしれないが、あの時、優しくしていたのが俺じゃない違う奴だとしたら間違いなく春乃はそいつを好きになっていた。


 なんというか、俺を好きになった。わけじゃないと思う。

 正に勘違い。


「結婚しちゃえばいいのに。すっごく可愛いし、金髪だし」

「金髪は関係ねえだろ。それにアイツの家って――」


 そこまで言ってやめる。

 危ない、余計なこと口走るところだった。


「なに今の、気になる」


 ぐぐっとさらに一歩、俺との距離を縮めて前のめりになる冬川。

 今更だが、冬川がこんなお喋りな女の子だと思わなかった。違うクラスから見てただけだが、いつも人と距離を置いているような感じがあった。


 少しだけでも彼女の素が見えた気がして嬉しい。

 俺は彼女に詰め寄りたい気持ちを押さえて一歩、後退する。


「と、とにかく俺は春乃比奈と結婚したくない。その時に間違えて冬川を彼女、って言っちまった。だからさっき告ったんだ」

「ふーん」

「っておい、聞いてるか?」


 結構、真剣に話したつもりだが冬川はどこか(うわ)の空。

 数秒後、ハッとした表情を浮かべる冬川はにこりと笑う。


「なーんかしっくり来ないと思ったら、お互いの呼び方決めてなかった」

「でも偽物の恋人だし」

「偽物だからこそ、よりホンモノっぽくしないと、でしょ?」


 ここで冬川の下の名前を呼ぶということは、関係を成立させることに他ならない。

 俺は今一度、問いかける。

 本当に春乃比奈と結婚しなくていいのか、と。


 なぜ彼女と仲良くしたか、幼馴染で付き合いが長いから。……それは違う、好きだったからだ。彼女の見た目だけじゃない、性格もどこか抜けた一面も笑った表情も好きだった。

 でもそれは多分、幼馴染だったから。


 きっとこれも勘違いなのだろう。

 その証拠に俺は今、彼女のことが好きじゃない。結婚もしたくない。


 息を大きく吸って頭をぺこりと下げる。


「優菜、これからよろしく」

「秋斗、秋斗くん。どっちがしっくりいいの」

「後者」

「そっか。じゃあこちらこそよろしく秋斗くん」


 右手を俺の前に突き出して握手を求めてきた。

 その手を何の躊躇もなく握り返す。

 柔らかく温かい、いつまでも握っていたくなる程に心地よい。


「手を握るのはこれでお終い。……ってもう昼休み終わるじゃん! じゃあまた放課後ね、秋斗くん」


 慌ただしく教室へと戻って行く彼女の背中を眺めながら俺は一つため息を吐いた。

 昨日告白した女の子に、翌日もう一度告白して成功する確率は何パーセントだろうか。

読んでいただきありがとうございます。


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