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1話 婚約

「好きです。付き合ってください!」


 右手を差し出し、その手を握ってくれるのを待つ。

 数秒の静寂が訪れるが、俺の手には何の感触もない。

 顔を上げると、小さな声で一言告げた。


「ごめんなさい」




 俺の告白相手は冬川優菜(ふゆかわゆうな)。成績優秀でスポーツ万能、小さい頃から習い事もたくさんしていたようでピアノに書道、バレエなども嗜んでいるらしい。しかも、それに加えてルックス完璧、スタイル抜群。


 まあ最初から勝ち目などあるはずのない戦いだった。俺のような平凡な男子高校生が手の届くような存在ではない、でも一縷の望みさえ残っているなら手を伸ばしてみたっていいじゃないか。


 そう思ったわけだ。

 

 はぁ、と一つため息を吐くとさーっと春の心地よい風が流れた。

 数秒の時が流れ、俺はフラれたこの経験を噛み締めるように受け止める。


 高見秋斗(たかみあきと)の人生で初めての告白は失敗に終わった。



 ◇ ◇ ◇



 中庭のベンチに腰掛け、ぼけっと空を見上げる。

 普通ならフラれたことに対して落ち込み、三日三晩は枕を濡らすのだろう。だが俺は、どちらかと言えば晴々としたスッキリとした気持ちになっていた。


 理由は俺にもよくわからない。

 もちろん、フラれてよかったとも思ってない。成功して欲しいに決まってる。でもこの告白のお陰で人として一歩前に進んだこの感じが嬉しかったのかもしれない。


 まず普通に考えて俺と冬川が釣り合うはずなどなく、ダメで元々という気持ちがあったからメンタルも保たれている。

 しかし、そんな気持ちだからフラれたと言えなくもない。


 背もたれに体を預けるようにして寄りかかり、もう一度今度は全身の力を抜くようにため息を吐く。

 緊張で喉が渇いて飲み物を欲しがっていると、人の気配を感じた。


「おっす、高見」


 よく見知った顔の男、宇上修二(うかみしゅうじ)が缶コーヒーを持ってベンチの空いてる方へ座った。


「見てたのか」

「見てねえよ。フラれるのわかってたし」

「……あっそ」


 確かに、告白が成功する要素は一ミリもなかった。

 宇上は手に持っていた二つのコーヒーのうちの一つを俺に差し出す。


「ほら、これやるから元気出せよ」

「…………」


 コーヒーを雑に受け取ってそのまま乾いた喉へと流し込む。

 ブラックは苦手だが、不思議と今日は美味しく感じられた。

 冷やかしに来たコイツがいなければもっと美味かったかもしれないが。


「なあなあ、なんて言われてフラれた?」

「じゃあ俺、帰るわ」


 腰を浮かせて立ち上がると、宇上は何か思い出したように慌てて話す。


「ちょっと待て、ジョークだよアメリカンジョーク。そうだ、今日転校してきた女の子の話をしよう……えーと、確か名前は春乃比奈(はるのひな)ちゃん。あの娘に告白するのはちょっと待って欲しい」

「は? 告白する予定なんかねえよ」


 いつから俺はそんな告白玉砕キャラになっているんだ。


「それならオッケーだ」


 春乃比奈、転校してきたという話題性もあってか現在、校内で一番注目されてると言っても過言ではない。学校一の美少女は冬川で断トツだったが、彼女に引けを取らないレベルの美貌を持っており、存在感を放っている。

 さらに、金髪でスレンダーな体型は男だけでなく、女子からも羨望の眼差しを向けられていた。


「一応忠告しておく。春乃比奈はやめとけ」

「おい、それはライバルへの牽制か?」


 ちげえよ、アホ。

 俺からの有難いお言葉、当然の如く聞く耳を持たない宇上はコーヒーをぐびっと一気に飲み干した。


「俺は負けないぜ!」


 なぜ春乃比奈に関わるのを推奨しないか。

 そんなのすぐにわかる。



 ◇ ◇ ◇



「私と結婚しましょ」


 朝のホームルームが終わり、教室が少し騒がしくなった頃、淡々と告げるそのセリフにその場にいた全員の動きが固まった。

 「聞き間違いか」「冗談だよな」という声が飛び交う中、俺は声を出せずにいた。


「私と結婚、するんでしょ?」


 今度こそ間違いなく全員に聞こえたことだろう。

 もちろん俺の耳にも届いている。もしかしたら、万が一の確率で俺に言ってないかもしれない。目とかバッチリ合ってるけども。


「高見秋斗くん」


 名前を呼ばれて死刑が確定。

 今すぐ窓の外からバンジーしてここから逃げ出したい。


「……な、なんのことだ」

「秋斗、覚えてないの?」


 うるっと瞳を滲ませ、春乃は目を擦った。

 その瞬間、俺への怒号と嫉妬と罵声が飛んでくる。「サイテー」「しねぇー」「うらやま、爆死しろおおおおおぉ!!」


 よく聞き馴染みのある男の声も聞こえてきた気がしたが、今はそれどころじゃない。


「小学校の時の話だろ、そんなこと言ったか?」


 この俺の言葉を聞いて、どうして春乃が俺に結婚を申し立てているのか合点がいったのか今度は冷やかしへと変わっていく。


「言った!」


 そう断言した春乃はがさごそと鞄の中から一つファイルを取り出し、その中から一枚の紙を取り出した。

 目を逸らしたい気持ちもあるが、ゆっくりとその紙に書いてある文字を読み取る。


「……こ、こんやく……婚約届!?」


 学校に婚約届を持ってきて、サインしろと迫ってくる女がどこにいる。

 ……ここにいた。


「「「結婚! 結婚! 結婚! 結婚!」」」


 当事者でない冷やかし組の連中は無責任な合唱を繰り返す。

 完全に断れない空気になってしまっている。

 春乃は真っすぐとした目で俺を見つめ、返事を待つ。


 一度、咳払いをして俺は息を吸う。

 この状況をうまいこと切り抜ける方法、それはなんだ。


「……お、おれ彼女いるから」


 ぴたりと止む合唱。

 あれだけ騒がしかった教室、束の間の静寂が訪れる。


「……だれ」

「え?」

「いや、いないだろ」

「でもあんな見た目して実は超遊び人かも。春乃さんをその気にさせてしまってるわけだし」


 色々と勝手な憶測が立つ教室、その中心にいる春乃比奈は鬼気迫る表情で詰め寄ってくる。


「誰! その彼女って!!」


 春乃の様子を見て、若干びびりながらも適当に頭に浮かぶ女の子の名前をあげる。


「冬川優菜……さん、です」


 嘘つきは何の始まりか、俺の人生は大きく動き出す。

読んでいただきありがとうございます。


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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!

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