エルフの長と魔女。
僕の名前はアキラ。
もうすぐ10歳になる。
人里離れた山奥にある小さな街に僕は住んでいた。
その街は一切晴れる日がなく、一年中雨が降り続ける街だった。
ある日、差出人のない空色の手紙が届いた事をキッカケに僕は街を出る決心をした。
「…いってきます。」
小雨が降る中、お気に入りの長靴を履いて歩き出す。
…僕の旅は始まった。
前回、森の中で知り合ったエルフのリリーとリンクスに連れられてエルフの村までやって来ていた。
さぁ、村人たちはどんな反応をするのか?
それでは、どうぞ!
僕はリンクスとリリーに連れられて、家が連なっている村の真ん中の道を歩いていた。
『ねぇねぇっ!見えないよ!僕にも見せて〜!』
『駄目よ!やめなさいっ!あぁっ顔を出さないの!』
何処かで親子がやり取りしている。
『へぇ〜。人間の子供はあんな風なんだな。』
『な。思っていたより小さいんだなぁ。』
大人の男の人達が話す声もした。
小さい声ではあるが、僕の耳には戸惑う村のエルフ達の声が届いていた。
僕はいたたまれなくなってリンクスとリリーに思わず声をかけた。
「あ、あのさ!村の人達は大丈夫なのかな?…僕、やっぱり嫌がられてるんじゃ?」
リンクスが申し訳なさそうに笑って言う。
「最初はきっとみんな戸惑うと思うんだ。もしかしたら、アキラに嫌な思いをさせる事もあるかもしれない。やっぱりやめておくか?無理はして欲しくないからな。」
リリーも続けて言う。
「村のみんなも悪い人達じゃないんだよ?たぶん、ちょっと怖いんだと思う…。小さい頃から人間は怖いって教えられてたから。」
「そうなんだ。やっぱりエルフのみんなを守るためにそういう教えだったんだね。」
そりゃ子供とはいえ、危ないと教えられているモノが村に来たら怖がるよな…。
僕は覚悟と言うには大袈裟だけど、多少の事では動じないようにしようと決めた。
「…僕、みんなに大丈夫って分かってもらえるように頑張るよ。村の人達を傷つけるつもりなんてないんだから。」
僕の言葉を聞いたリンクスが一瞬驚いた顔をした後で優しく微笑んだ。
「わかってくれてありがとう。俺も協力するし、危ない目には遭わせないから安心して欲しい。大丈夫だ。」
「うん。ありがとうリンクス。」
リンクスの様子を見て僕は安心して返事をした。
リリーも慌てて言う。
「ぼ、僕もいるんだからねっ!?僕もアキラを守るんだからっ!」
「わかってるよ!ありがとうリリー。」
僕は言いながらリリーと繋いだ手をギュッと握り直した。
えへへっと笑いながらリリーが照れ笑いしている。
僕は本当に素敵な仲間に出会えたんだな…と実感して嬉しくなった。
そうして話しながら歩くうちに村長の屋敷前まで来ていた。
「…わぁ!大きくて立派なお屋敷だね。」
離れた所からもすごく素敵なお屋敷だと思っていたけれど、目の前まで来て見たら思った以上に大きくて立派なので驚いた。
『はーっはっはっはっ!いやいや、さすが救世主になるやもしれん人間だな!我が屋敷をお褒めいただき光栄である。遠慮せずそのまま進まれよ!中でお待ち申す。』
「…えっ!?な、なんで?誰の声っ!?」
僕は突然聞こえた大きな声に戸惑って言う。
「…アキラ、すまん。ウチの村の長だ。こうして人を驚かしたりするのが好きなお方でな…。全く。」
「あはははっ!ライアン様、今日はかなりご機嫌良さそうだね!」
リンクスは申し訳なさそうに、リリーは楽しそうにエルフの村の長であるライアンの事を話した。
「なんか、思ってた感じと違うんだけど大丈夫だよね?一応、歓迎されてる…?」
僕は戸惑いながら二人に聞いた。
「心配しなくて大丈夫だ。かなり歓迎されてるから。」
「大丈夫大丈夫!きっともてなしてもらえるぞっ!」
口々に二人が言う。
「な、なんか思ってたより大丈夫かも…?良かった。少し安心したよ。」
リンクスが微笑んで言う。
「さぁ!長がお待ちだ。行こう!」
「あははっ!行こう行こうっ!」
「うん!」
大きな扉をリンクスが開けて屋敷の中へ入っていく。
僕とリリーは後に続いて中へ入った。
外の眩しさから比べて薄暗くて目が慣れないな…と思っていたら、リリーがそっと僕の顔へ手を伸ばした。
「え、リリーどうしたの…?」
ゆっくりと顔が近づいてくる。
(えっ!待って!リンクスもいるのに…!)
ギュッと目を閉じたその時…
「アキラ、これ取らないと暗いだろ?」
クスクスと笑いながらリリーが黒いレンズの眼鏡を外してくれた。
「あ、あぁ。そ、そうだね…。ははっ。ありがと。」
顔を真っ赤にしながら僕はリリーに答えた。
(僕は今一体何を想像したんだ…。は、恥ずかしい。)
「アキラ、顔が真っ赤だぞ?大丈夫か?」
「う、うん!大丈夫っ!気にしないで。」
(バレてなくて良かった…なんでこんなにドキドキするんだろ。やだなぁ…。)
僕は一人、気を取り直してフゥッと息を吐いた。
屋敷の中は木で作られていて、とても天井が高くハーブのようないい香りがしていた。
僕は鼻から思い切り香りを吸い込んだが、とてもいい香りで緊張がほぐれた。
「…いい香りだね。体が軽くなる気がするよ。」
僕が何気なく感想を言うと、後ろから声がした。
「良い勘をしているね。やはり普通の人間ではないか…。」
3人揃って後ろを振り向く。
「おババ様!」
「おかえり。リリー、怪我はもういいのかい?」
「うん!ここにいるアキラの魔法で直してもらったんだよ!凄かったんだよ!」
リリーは嬉しそうにお婆さんに話す。
「そうかい。良かったね。…して、アキラと言ったかな?」
「は、はいっ!」
お婆さんがコチラを向いて話しただけなのに、緊張から自然と背筋が伸びた。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫さ。リリーを助けてくれてありがとうね。魔法の話を少ししたいんだが、ライアンの所へ行ったら私の家まで来てもらえるかい?」
「はいっ!わかりました!」
お婆さんは目を細めて少し嬉しそうに笑ったように見えた。
「じゃあ、後でね。リンクスとリリーも一緒においで。アンタ達にも大事な話がある。いいね?」
「はい。わかりました。」
「わかったーっ!おババ様、後でねっ!」
ふふっと笑うとお婆さんは静かに屋敷を出ていった。
「最初は怖そうな人だと思ったけど、すごく優しい人なんだね。」
「あぁ。おババ様は厳しい方だがとてもお優しい方だ。リリーは特に懐いているんだよ。」
「そうなんだ。リリーはお婆さんが大好きなんだね。」
「そうだぞ!おババ様はすっごく優しくてリリーはいつも家に遊びに行くんだ!不思議なモノがいっぱいで楽しいぞ〜!」
リリーは自慢げに話した。
その様子がとても楽しそうで僕は後で行くのが楽しみになった。
「さ、そろそろライアン様が待ちくたびれてる事だろう。アキラ、リリー行くぞ。」
「はい。」
「はぁい!」
屋敷の奥へと進んでいく。
意外と造りが入り組んでいてすぐには部屋へ行けなくなっていた。
「この屋敷は敵からの襲撃に備えて、迷いやすくなるように造られているんだ。アキラは離れたらなかなか元の道へは戻れないから気をつけろよ?」
「う、うん。ちゃんとついていくよ。」
僕はドキドキしながらリンクスについて歩いた。
一番奥の大きな扉の前でリンクスが止まる。
「ここだ。アキラは心の準備はいいか?」
「…うん。」
ドンドンドンッ
リンクスが扉をノックした。
「ライアン様!お連れいたしました。」
「おう!入るがよい。」
入り口で聞こえた声と同じく豪快な声が響いた。
「失礼します!」
僕はなるべく大きな声で言うとリンクスに続いて部屋へ入った。
村長であるライアンの部屋は、木で出来た大きな円卓が真ん中にあり地図や様々な書類が雑然と積まれていた。
壁には本棚がズラリと並び、様々な本がたくさん並んでいた。
「おぉ!君がアキラか!待っていたぞ!俺はこのエルフの村で長を務めているライアンだ。先程は驚かせてしまってすまなかったな!」
村長のライアンはリンクスよりも一回りも二回りも体の大きなエルフで、エルフにしては珍しく筋肉隆々で僕は驚いた。
エルフと言えば、細身で身長が高くスラッとしているイメージだったからだ。
「…ん?あぁ!俺の見た目がエルフっぽくないから驚いているな?エルフといえば美男美女で長身で長生きなんてのが定説だからなぁ。俺の親はエルフとトロールなんだよ。不思議だろ?昔、色々あったんだよ。…ま、この話はまた追々な。」
もの凄いカミングアウトをサラッと話してライアンは笑った。
「は、はい。…あ、あのっ!急に村に来てしまってすみませんでした!アキラと申します。」
突然のカミングアウトに戸惑いを隠せなかったが、とにかくお詫びと挨拶をと思い、慌てて頭を下げた。
「はっはっはっ!そんなにかしこまらなくても大丈夫だ!リリーを助けてくれたそうだな?恩にきる。君は仲間を助けてくれた恩人だ!もっとリラックスしてくれて構わないからな?」
そう言いながらライアンは僕の背中をバシバシと叩いた。
「うっ!…は、はい!ありがとうございますっ。」
「ライアン様!その辺にしないとアキラが呼吸出来なくなりますよ!」
慌ててリンクスが間に入る。
「お、おうっ!そうか?すまんすまん!体がデカくて力加減がわからんのだよ。アキラ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。」
何だかよくわからないまま、ここまで来てしまったが思っていたよりも歓迎されていてホッとした。
「今日は疲れただろう?俺への面通しは済んだのだから、しばらくはゆっくりこの村で休むといい。この後、魔女のおババに呼ばれているようだからすぐにというわけにはいかないだろうがな。」
そう言うとライアンはまたニカッと笑った。
豪快で明るくてサッパリしたカッコいい人だな…と思った。
「ありがとうございます!お世話になります。」
僕も笑顔で応えた。
ライアンは村の端にある空いている小さな家を使うようにと言った。エルフしかいないこの村には宿屋はなく、その小さな家はおじさんがかつて村に来た時に使っていたのだという。
「食事はこちらで用意させてもらうからリリーやリンクスと一緒に食べたらいい。とにかくこの先の旅の準備やらやらなきゃならない事もあるだろう?遠慮なく何でも言ってくれ!ま、とりあえず今夜は俺とメシを食おう。…リンクス!あとは頼んだぞ。」
「はい。かしこまりました。」
リンクスの肩をポンと叩くと僕たちに手を振って、ライアンは僕たちを屋敷から送り出した。
「…失礼します!」
ドアを出てホゥッと息を吐いた。
「緊張したか?」
リンクスが心配そうに声をかけてくれた。
「うん。やっぱりちょっとドキドキした。でも、カッコいい人だね!安心したよ。」
「そうだろ?ライアン様は強いし、優しいし、カッコいいんだぞ!」
リリーが得意げに言った。
「そうなんだろうなって話してて思ったよ。凄い人なんだなってわかった。」
僕たちはまた来た道を入り口まで戻りながら話した。
「さぁ、どうする?このままおババ様の所へ向かうか?先に泊まる家へ案内してもいいが。」
「ううん!約束してるからこのままお婆さんの所へ行くよ!待ってるだろうし。」
「やった!おババ様の家、楽しいんだぞ〜!」
そう言いながら入り口を出た所でワァッと歓声が上がった。
「ありがとう!」
「リリーを助けてくれてありがとう!」
「救世主様ー!」
村の人たちが僕らを出迎えてくれた。
「えーっ!!さっきまで誰もいなかったのに!」
「はははっ!ライアン様だな。」
「そうだな!ライアン様がみんなに知らせたんだぞ。」
「えっ!だってさっきまで一緒にいて話してたのにどうやって…?」
リンクスとリリーが顔を見合わせてニヤリと笑う。
「エルフにはどんな特徴がある?」
リンクスに聞かれて考えた。
「特徴…?美男美女で背が高くて寿命が長くて…あ!耳が特徴だっ!」
「ピンポーン!エルフは人間が聞こえないような音も聞き取れるんだぞ!」
「ライアン様が部屋を出た後にみんなへ声をかけたんだろうな。本当にサプライズのお好きな方でな。」
困ったようにリンクスは笑ったが、どこか誇らしげで嬉しそうだった。
そんな風に僕らが話している所へ小さなエルフの男の子と女の子が駆け寄ってきて、僕の服の裾を引っ張った。気づいた僕はしゃがんで二人の目線に合わせて声をかける。
「こんにちは!僕はアキラ。君たちは?」
「僕は、リック!」
「…わ、私はリンダ。」
「リックとリンダか!可愛いねっ!よろしく!」
僕は二人に手を差し出した。
二人は驚いて目を丸くしたが、顔を見合わせた後に笑顔で握手をしてくれた。
小さい二人の笑顔を見て再び村のみんなからワァッと歓声が上がった。「ありがとう!」とまた聞こえたのが嬉しくて立ち上がり今度は僕から挨拶をした。
「皆さん!急に村に来てしまって驚かせてしまったと思います。ごめんなさい。歓迎して下さって感謝します!本当にありがとうございます!」
「いいぞー!」と誰かが声を上げて、ワッとみんなが笑い拍手で包まれた。
「この後、アキラと俺たちはおババ様の所へ行く事になっているんだ。お話が済み次第、またアキラと話してやって欲しい。」
またみんなから拍手が上がった。
「リック!リンダ!また後でね!」
僕がそう声をかけて手を振ると、二人とも笑顔で手を振り返してくれた。
後ろを振り返りながら何度も手を振り、村の人たちがバラバラと家へ帰り始めた頃、今度は3人並んで歩き出した。
「なんか、こんなに歓迎されてるなんて嬉しいよ!驚いたけどすごく嬉しい。」
僕が感想を伝えるとリンクスもリリーも笑顔で頷いた。
村長であるライアンの屋敷から村の外れにある森の方へ歩いていくと魔女のお婆さんの家があるそうだ。
しばらく歩いて森の入り口まで来ると鬱蒼と茂る木々の間に細く煙が上がっているのが見えた。
「おババ様はたぶん今、薬を作っている所だぞ!」
「えっ!リリーなんでわかるの?」
「音と匂いがする!薬草の香りとゴリゴリ潰す音がしてるぞ!」
そう言われて僕も耳を澄ましてみた。
…が、僕には風に乗って微かに匂いが届いただけで音は聞こえなかった。
「やっぱりエルフの耳って凄いんだね!僕には何も聞こえないや。薬草の香りは少しわかったけど。」
そう言って笑った。
「人間とエルフだと聞こえる音域から感度から全然違うからな。ま、アキラが悪い訳じゃないから気にするな。…さ、おババ様もお待ちだ。行くぞ?」
「う、うん。行こう。」
優しい人だとわかっていたけれど、やはり緊張はしてしまう。厳しいと言っていたリンクスの言葉が一瞬頭をよぎった。
いや、二人が大丈夫って言ってるんだから大丈夫!
意を決してノックするリンクスに続いた。
トントントン。
「…はい。お入りなさい。」
「おババ様、アキラを連れて来ました。失礼します。」
「…失礼します!」
「おババ様〜!来たよーっ!」
三者三様の挨拶をしてお婆さんの家へ入っていった。