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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あずにゃんの小説

作者: 黒石*馨胡

頑張ってはいる。けれど幸せかと言ったらわからない。

タンクの中から見える旧友の顔を見ながら、ふと涙が零れ落ちる。

「るーじゅ…私は今をがんばるからね」


「あずー!!早く早く!あと10分!」

「るーじゅ待ってー!」

学校に続く坂道を自転車で勢いよく上る。

予鈴が鳴る前に何とか教室に滑り込んだ。

「もう…あずがのんびりしてるから…」

お互い勢いよく自転車を走らせてきたので息が切れている。

「だって…桜がきれいだったんだもん…」

「私らこれから高校デビューだよ?緊張感がないなぁ…あずは」

「それはるーじゅもでしょー?昨日夜中まで一緒に通話してたし…」

「聞こえなーい!」

「ずるい!」

この街にいる高校生は、るーじゅと私の2人だけだ。

日本はだいぶ昔から少子化が進み、今も子供の数は減っている。

学校が終わり、るーじゅが端末でニュースを見ている。

「るーじゅ何見てるの?」

「なんか、政府が15歳から19歳の男女1万人を100年冷凍保管するんだってー」

「え?それ私らも入るのかな?」

「年齢的には入るだろうけど…でもこんな田舎の高校生を選ぶかな?」

「…よかったあ!るーじゅがいなくなったら私生きてけないよー!」

「私もこんな心配なあずを置いて未来には行けないかなぁ」

「…それ今朝のこと?」

「…分かる?」

「もう!」

こんな日がずっと続くのだと何の疑いもなかった。だってそんなこと遠い世界の話だと思っていたから。

だからそのニュースの一週間後、るーじゅが学校を休み、家の前に知らない車があっても、風邪をひいたのかな?くらいにしか思わなかった。


「え…?」

一瞬何を言われたか理解できなかった。

「だから…私選ばれちゃったの…冷凍保管の計画に…」

「だって…こんな田舎なのに…」

次から次へと涙が止まらなくなる。

「これから…高校生なのに…これから…るーじゅと楽しいことが…」

「あず!」

頭を優しく包まれる。

「あずは今を精一杯幸せに生きて。私は未来を幸せに生きるから」

差し出されたるーじゅの小指にそっと自分の小指を絡めた。


ほどなくして、るーじゅは東京に行った。この街の子供は自分だけになった。

寂しくないといえば嘘になる。でも私は約束したのだ。幸せに精一杯今を生きると。


高校後の進路は東京に行くことにした。

地元に仕事がないというのも理由の一つだが、何よりるーじゅのそばで幸せになりたかった。

勉強を一生懸命がんばり、二度桜を見た。

高校生最後は一人だった。


仕事を初めて見ると、いかに自分が学生時代守られていたのか知る。

「あず!ここまたミスしてる!」

「すみません!今直します!」

「本当に頼むよ!若い子は少ないんだから」

同じミスをすると泣きそうになる。でもるーじゅの言葉を思い出すのだ。

「精一杯幸せに生きて」


二十歳になり、るーじゅの所に行くことができるようになった。初めて見たときは衝撃で頭が揺れた。ただ不思議なことに、次第にるーじゅの顔が、泣きそうな自分を諫めているように見えてきた。

毎回涙は零しそうにはなる。

けれど、るーじゅは目をつぶったまま言うのだ。

「あず、幸せに精一杯生きるのよ」


(どうしよう…)

仕事がようやく自分の中で消化できるようになり、周りに目が行けるようになった。

だから分かるようになった。入社してからお世話になっている、憧れの先輩が時折こちらを見ていることを。

(何かまたミスしてるのかなぁ?でも言ってくれないと分かんないよー!)

先輩は仕事に厳しいけれど、仕事が出来たときはいつも褒めてくれる。自分が将来部下を持ったらこうなりたい!という存在だ。

(ダメだ…集中できない…)

一旦落ち着くために給湯室に向かう。コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて一息つく。

「あずちゃん!」

「ひゃあ!」

いきなりその先輩に大声で名前を呼ばれた。

「えっと…何かミスしたんでしょうか…」

恐る恐る聞いてみるが、相手は微動だにしない。

「あの…」

「あずちゃん。今夜空いてますか?」

ん?これは…

「良ければ一緒にご飯どうですか?」

頭に熱が上がる。これはもしや…デートのお誘いというやつでは…?

「あ…空いてます!どこで待ち合わせすればいいですか!?」

自分の勢いに、先輩は目を見開いた。

「じゃあ…18時半に駅前で」

その後は仕事のやる気が一気に上がり、周りに心配されるほどだった。


クリスマスのディナーは素敵な夜景が見られるところだった。いつも素敵なお店に連れていってくれる先輩は付き合い始めてからも、やっぱり憧れの存在に変わりはなかった。

デザートも食後のコーヒーも終わり、明日からまた仕事だね、年末は何処へ行こうなんて話していると先輩が急に黙った。

「…先輩?どこか調子悪いんですか?」

心配になって聞いてみる。するとテーブルの下から小さな箱を取り出した。

「あずちゃん、僕と結婚してくれませんか?」

箱を開けるときれいな指輪が入っていた。

初めて食事に誘われた時の感覚を思い出す。

「はい!喜んで」

その日、人生初めてうれし涙を流した。


ただしるーじゅの事は忘れてはいなかった。先輩にプロポーズされた次の日、一緒にるーじゅの所へ向かった。

るーじゅを初めて見た時の先輩の顔はずっと忘れないだろう。

「るーじゅ、私この人と幸せになるのよ」

そう話しかけると、先輩は後ろから抱きしめてくれた。


結婚するにあたって大きな障害はなかったが、問題は一つあった。

自分は「結婚できれば迷わず子供を産む」と決めていたけれど、いざ結婚を意識すると仕事も捨てがたくなった。

大事な先輩が教えてくれた仕事を簡単には捨てられなくなったのだ。

自分が器用ではないことは重々承知しているので、どちらかを必ず選ばなければならない。

先輩も自分の性格を分かっているので、簡単にどちらかを決めろとは言ってこない。

悩ましい日々が続いた。

けれど結婚式当日。

たくさんの人が自分たちのために駆けつけて来たのを見ると、この人との子供が欲しいと心から思った。


出産は大変だったが、無事に何の障害もなく子供は生まれた。子供の紅葉のような手を見ると愛おしさが何倍も心を覆った。

小さな娘には「るーじゅ」の意味のある「(くれない)」という名前を付けた。


紅はすくすく成長し、自分にそっくりな子供になった。ただ頭はよくて、そこは父親譲りだな、と感じることは多々あった。特にうるさい教育はしなかったが、無事反抗期も乗り越えた。

高校生になると、誰に言われるもなく大学進学を目指し、一生懸命友人たちと勉強していた。

大学の合格発表当日。

さすがに緊張する自分を他所に、紅はあっけらかんとしていた。

そして見事合格し、自分が送らなかったキャンパスライフを紅は手に入れた。

大学に入ると、おっとりしてどちらかと言えば自分に似ていた紅が、徐々にしっかしして勉強もできる父親に似始めた。

就活をはじめる頃には、一人暮らしをすると言い出し、少し寂しくなった。

自分が東京に出た頃を思い出す。

両親もこんな感情だったのだろうか。


その間もるーじゅのところには通い続けた。娘も紹介した。

娘が出来てから、るーじゅのところで泣きそうになることはなくなった。

本当にがんばって毎日幸せな日を送れているからかもしれない。


紅が独り立ちし、家には夫と二人になった。

若干の寂しさはあったが、夫が毎日何かしら楽しませてくれるので楽しかった。

そしてある日、自分がそうしたように紅が夫になる人を連れてきた。

正直意外ではあった。この子は仕事に生きる子だと思っていたからだ。

子供も産むし、仕事もすると言った。大変だと思ったが止めることは出来なかった。紅ならできるという安心感があったからだ。夫も同じ意見だった。


結婚式当日。

見たことのないきれいな紅がそこにいた。

一人暮らしをすると言った時も、夫となる人を連れてきたときも感じなかった「大人」という感覚を初めて感じた。


紅がほどなくして男の子を産み、しばらく孫と一緒にいる生活が続いた。夫は嬉しそうに孫のオムツを変えていてなんだかおかしかった。

紅も休みには必ず子供と夫と出かけて、我が娘ながらそのパワフルさに驚いた。

夫もほどなくして定年退職となり、夫婦で旅行も多くなった。

一生の思い出、とクルーズ旅行をプレゼントしてくれた時には久しぶりに泣いてしまった。


突然その日はやってきた。

ある日、買い物から帰ってくると夫がリビングで倒れていた。

一瞬わけがわからなかった。すぐに救急車を呼んで病院に行ったが助からなかった。

心筋梗塞だった。

ベッドで泣いていると、大きくなった孫を連れた紅がすぐに来た。

この時ばかりは自分が世界の不幸のどん底に落とされた気分になった。

お葬式の手配も何もかも、紅がやってくれた。「お母さん喪主なんだからしっかりしてよ」と言われて、改めてこの子は大人になったのだと感じた。


一人の生活が辛いと言わなかったが、紅はすぐに同居の話を持ちかけた。自分の性格を一番知っているのは、たぶんこの世で紅だろうと思ったので、その話にのった。

紅自身、仕事をしながら子供の世話をするのは大変だったのだろう。紅の夫もすぐに賛成した。

夫がいなくなって、またにぎやかな生活が戻ってきた。


紅の夫も孫のことも、るーじゅには紹介した。

紅の夫は初めてるーじゅを見た時、やっぱり初めてるーじゅを見た自分の夫と同じ顔をした。

孫は成長すれば、るーじゅに会えるのだ。100年とは意外と短いのかもしれない、と思ってしまった。


ある日夢を見た。高校に入った頃、桜並木の坂道を二人で自転車で駆けていくのだ。

るーじゅがどんどん前に進んでいくのを、笑いながら自分も追いかける。


孫がとてもやんちゃな子供で、しばらくるーじゅのところに足は遠のいていた。だからあんな夢を見たのだろうか。夢を見た日、久しぶりにるーじゅのところを尋ねた。


ずっと変わらないるーじゅがそこにはいた。

「あなたは何も変わらないのね。私はしわくちゃのおばあちゃんになってしまったわ。あなたが行く世界に幸せが満ちていることを祈るわ。私は本当に幸せだったから」


しばらくしてまた夢を見た。

そこにはおばあちゃんになったるーじゅが、家族に囲まれて幸せそうに笑っていた。

ああ、よかった。あなたも幸せな人生を送れるのね。


「おばあちゃん笑ってるね」

母の顔をそっと布で覆う。

子供は先ほどから泣くのを我慢して必死にこちらの手にしがみつく。

その子供の頭をなでる。

「泣いてもいいのよ、私も辛いもの。でもおばあちゃんは幸せだったし、私たちも幸せだった。それに私たちがお母さんのお友達を幸せにするのよ」


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