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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.9 < chapter.9 >

 ラピスラズリが飛ばされた場所は、彼の想像とはまるで異なる場所だった。

「……ここは……?」

 そこは二十年前の世界ではなかった。

 降り濡つ雨の中央市。見覚えのある建物の並びから、駅前広場であることは間違いない。しかし、目の前にある駅舎は今とは形が違う。

「えーと……あれ? セントラルステーションの建て替えって何年前だ?」

 細かい部分の修繕工事は度々おこなわれているが、駅舎の建物それ自体は半世紀以上変わっていないはずだ。となると、ここは五十年以上前の世界ということになる。

「……なんでそんな時代に……?」

 自分の身体に目をやれば、うっすらと透けている。雨粒にも当たらないし、周囲の人間も、自分の存在に気が付いていないようだ。試しに通行人の前に立ちふさがってみたが、通行人は自分の身体をすり抜け、何事も無かったように歩き去ってしまった。

「ん~……フェンリル? いるか?」

 呼びかけてみるが、返事がない。どうやらこの世界には、ラピスラズリの精神体のみが連れてこられたようであった。

 ラピスラズリは正確な年月日を知るため、駅構内の売店を目指した。たいていの場合、売店の外側にはその日の新聞が並べられているからだ。

 中に入って、ラピスラズリはびっくりした。構内のレイアウトも人々の様子も、何もかもがまったく違う。まず、自動券売機がない。大勢の利用客が発券所に列を成し、発券所のスタッフに行先と希望の客車等級を告げる。発券所スタッフは手動で機械を操作し、一枚ずつ切符を印字していく。客はそのアナログ乗車券を持ち、これまた自動化されていない改札へ。改札係員はパチンパチンと切符にパンチ穴をあけ、客をホームに入れていく。


 次の発着列車を示す掲示板は手書き。

 各種案内板に踊る文言は、今どき滅多にお目にかかれない文語体。

 トイレの表示は『男性/女性』ではなく『殿方』と『婦人』。


 それらを目にして、ラピスラズリは直感した。

「これ……半世紀どころじゃねえな!?」

 はやく正確な日時を確かめねばと、しばらくウロウロして、ようやく目当ての売店を見つけた。店員の美人エルフが現代の売店員と瓜二つだが、同一人物か子孫か、判別はできない。エルフは長命なので、同一人物の可能性もあるのだ。

「……このお姉さん……いったいいくつ……? あのー、こんにちはー……?」

 ダメ元で話しかけてみても、反応はない。やはりこの世界では、ラピスラズリは幽霊のようなものなのだ。

「あー……まあいいや。新聞は、と……」

 実体を持たないため、この世界の物には触れられない。ラピスラズリはしゃがみこみ、陳列用の筒にねじ込まれた新聞の日付を確かめる。

「……442年の……6月27日……?」

 今が552年なのだから、ここは110年も前の世界ということになる。なぜそんな時代に意識だけが飛ばされてしまったのか、皆目見当がつかない。それもここは、騎士団本部でも魔法学研究所でも、ラ・パチュカでもない。さっきまでいたサザンビーチでもないし、アズールの実家やその他関係先でもないのだ。

 110年前の中央駅に、何かがあるのだろうか。

 ラピスラズリは周囲の人、物、出来事などを注意深く観察した。

 すると、三人の騎士団員を見つけた。古い時代の特務部隊の制服で、胸元につけたバッジの色は二種類。一人は貴族、二人は士族のようだ。

 足早に改札を抜ける男はオリヴィエ・スティールマンだった。後ろに続く二人は同部隊のトゥーリオ・カルドゥッチとクラウス・ミド・ラウリラだが、この時点では、ラピスラズリはこの三人を知らない。

 オリヴィエたちは改札を出て、誰かを探すように視線を彷徨わせる。

「グラスファイアのやつ、どこに行った? あれだけ離れるなと言ったのに……」

「まだ近くにいるはずだ。僕は西口を探す」

「じゃあ俺、東口な!」

「オリヴィエはここにいてくれ。トイレや売店に行っただけ、という可能性もあるからな」

「分かりました」

「五分後にもう一度ここで」

「了解!」

「行ってくるぜ!」

 トゥーリオとクラウスが離れていくと、オリヴィエはため息交じりにこう言った。

「……で? そこの幽霊君? 君は俺に何か用かな?」

 俺のこと? と自分を指差して見せるラピスラズリ。その目をしっかり見据え、オリヴィエはもう一度言う。

「何か用かな?」

 対霊能力を有するオリヴィエには精神体が見える。が、ラピスラズリはそれを知らない。ただ単に『会話できる人がいた』という認識だ。

 訊きたいことはいくつかあるが、ラピスラズリはとりあえず、一番気になることを聞いた。

「グラスファイアって、もしかしてラ・パチュカの人?」

「知っているのか?」

「いや、たぶん、俺が知っているのはアンタたちが探している人間の親戚か何かだと思うけど……ユキヒョウ族だよな?」

「ああ。それらしい人物を見なかったか?」

「灰色の髪の人間は、アンタたちの前には出て来なかったぜ?」

「なに? すると……まさか、列車を降りていないのか? しかし、どこにも見当たらなかったが……?」

「見てきてやろうか? 知り合いの親戚かもしれないし。なんかトラブってるなら助けてやりたいんだ」

「ああ、すまないな。見ず知らずの幽霊に」

「いやいや、気にしないでくれよ」

 と、気さくに請け負い、通りすがりの幽霊さんはホームへと向かった。

 先ほど到着したばかりの列車だ。まだ扉は開けたままで、点検のためか、鉄道員たちが出たり入ったりしている。

 ラピスラズリはその車内をぐるりと見回り、誰もいないことを確かめた。そして改札に戻ろうとして、ふと、足元の隙間が気になった。


 建て替え前の中央駅は、ホームと列車の間に25cmほどの隙間がある。


「……もしかして……?」

 隙間を覗き込みながらホームを歩いていくと、予想通りの事故が起こっていた。

「おーい! 駅員さーん! ホームと列車の隙間に人が落ちてまーす! おおぉ~いっ!! えーきいーんさーんっ!?」

 大声で駅員を呼ぶが、誰も反応しない。

「……あ! やべ! 俺、今『幽霊』か!!」

 と、気が付いたラピスラズリの目の前で列車の扉が閉まる。先ほど発着列車の掲示板を見たが、この列車の次の発車予定はなかった。ということは、乗客の降車と忘れ物の有無を確認したら、この列車は車庫へと移動するはずで――。

「……ヤバい!!」

 この場の誰もが、間に人が挟まっていることに気付いていない。ホームの屋根に打ち付ける雨音で小さな物音は聞こえないし、雨のせいで見通しも悪い。落ちた当人は打ちどころが悪かったのか、気を失っているようだ。このまま列車を動かされたら、この人は車輪に巻き込まれ、生きたままミンチ肉にされてしまうだろう。

 ラピスラズリはすぐさまオリヴィエのもとに駆け戻り、事の次第を伝えた。

 そこから先は、上へ下への大騒ぎだった。

 大声で事故を知らせるオリヴィエ、集まる駅員、すでに動き始めている列車。大慌てで止められた列車とホームの隙間から、全身血まみれの人間が運び出されていく。

 不幸中の幸いか、彼の手足は千切れてはいなかった。全身に裂傷、打撲、擦過傷を負ってはいるが、骨折や内臓破裂には至らず、命に別状はなさそうだ。

 担架に乗せられ、病院へと搬送されていく『グラスファイア』という名のユキヒョウ族。その顔を見て、ラピスラズリは首を傾げた。

「……アズール……?」

 同じ屋根の下で寝起きする仲間の顔に瓜二つ。いくら血縁があるとはいえ、似すぎている。ラピスラズリには、二人が同一人物としか思えなかった。

「……これって……」

 この現象には心当たりがあった。

 『神』が己の『器』を得るには、胎内の子に手を加え、『神』の力に耐えられるだけの丈夫な身体に作り変えねばならない。その際、たいていの『神』はその身体の使い勝手を良くするため、自身の姿に似せようとする。何世代も経て、他の遺伝子を大量に取り込んでいるにもかかわらず、それでも双子以上にそっくりな『同じ顔の人間』が生まれてしまう理由はこれだ。

 ラピスラズリの推測が正しければ、この青年とアズールは同じ神によって創られた『神の器』ということになるのだが――。

「え? あれ!? ちょ……待て! 嘘だろ! ここで終了!?」

 唐突に消える景色。

 数秒のブラックアウトの後、ラピスラズリは元の時代に戻された。


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