そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.9 < chapter.3 >
大きな余震が続く中、私は山道を這うように進んだ。
気持ちの悪い音はずっと鳴っている。地面が揺れているせいか、足がすくんでいるせいか、いつもなら数分で抜けられる森がなかなか抜けられない。気ばかり急いて、もどかしさで気が狂いそうだった。
普段の何倍もの時間をかけて森を抜けると、町を見渡せる高台に出た。するとそこに、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「あ! お兄ちゃん!」
町のほうを向いて立っていた兄は、私の声を聞いて、ゆっくりと振り返った。この時の兄は、これまでに一度も見たことが無い顔をしていた。泣き顔でも、笑顔でも、何かに怯えた顔でもない。無表情ではないくせに、何の感情も無い。そんな不思議な顔つきだった。
「お兄ちゃん! 早く帰ろう! 怖いよ! なんで地面が揺れてるの!?」
「……無理だよ。帰れない……」
「なんで!?」
「……町が……」
「……え?」
兄の横に立ち、町を見て、言葉を失った。
半分、無い。
町の西側半分が崩落していた。
私たちの家があるのは町の東側。家族はきっと大丈夫。私は必死でそう思おうとした。
けれども、私たちはまだ知らなかった。
この数秒後、マグニチュード8.2の『本震』が発生することを。
私はその瞬間をよく覚えていない。
あまりの恐怖に、私の心は耐えられなかったのだと思う。
ふと気付いた時には、私の心は自分の身体を抜け出し、兄の体の中にいた。
何が起こっているのか、自分でもよくわからなかった。けれども、とにかく家に帰らなくてはと思った。
兄の身体で気絶した自分を背負って、私は歩いた。道はあちこち崩れていて、ちっとも前に進めない。背負った体は重くて、脚が痛い。なんど放り出して行こうと思ったか分からない。自分に殺意を覚えるほど、長く、険しい道のりだった。
そしてあの三差路にたどり着いたとき、麓の町から上ってきた騎士団員と出会った。
「子供だ! 子供がいるぞ!」
「生存者がいたのか!」
「よかった! 一人でも生きていてくれて!」
「君たち、ラ・パチュカの子だよな!?」
「はい……」
「名前は!?」
「……グレンデル・グラスファイアです。こっちは妹のヘーゼル……」
「グラスファイアって、もしかして、薬局の?」
「……はい……」
「この子は? 怪我をしているのか?」
「……いえ。怖くて、気絶しちゃって……」
「そうか……よく頑張ったね。さ、その子をこちらへ。おじさんと一緒に山を降りよう」
「あの……でも……家に帰らないと……」
「それは無理だよ。町のあった場所は、丸ごと崩れてしまっている。おじさんたちはね、まだ生きている人を探しに来たんだ。いいかい? 君とヘーゼルちゃんは、おじさんと一緒に山を下りるんだ。君たちのお父さん、お母さんは、このおじさんたちが探してくれる。ね? 分かるよね? 妹を背負ったままじゃあ、歩くだけで精一杯だろう?」
「……」
何を言われているかは分かる。それ以外に選択肢が無いことも。けれども、私は何も言えなかった。どう答えても、その言葉を発した瞬間、私は認めてしまうことになる。
お父さんとお母さんはもういない。
自分の目で、確かに見ていたのだ。かろうじて残っていた町の東側半分が、二度目の大地震で崩れていくさまを。
私は何も言えないまま、泣きながら山を下りた。