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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.9 < chapter.2 >

 五月九日、快晴。

 この日、情報部庁舎の屋上では二人の男が下半身を露出していた。

「本当にこれでいいのか? なんか間違ってないか?」

「この本に書いてある通りだぜ? ケツの穴で日光浴すると体に良いって……ほら、このページ」

「地味に恥辱プレイだなぁ……。この体勢でどのくらい?」

「十分くらいで良いみたいだけど?」

「十分? 短いようで、ちょっと長いかもな。誰かが上がって来るかもしれないし……」

「それを承知で、あえて鍵をかけないこのスリル」

「ワカル」

 彼らは情報部コード・ブルー所属の騎士団員、ラピスラズリとターコイズである。

 今、二人は週刊誌に掲載されていた謎の健康法、『肛門日光浴』を実践しているところだった。情報部庁舎はこのあたりで一番高い建物なので、屋上の真ん中でナニを丸出しにしていても、誰にも覗き見される心配はない。だが、屋上への出入り口は施錠されていないのだ。誰かが屋上喫煙所にやってきたら、その時点で彼らの社会性ライフゲージはゼロになる。

 そんなドキドキ肝試しを楽しむ彼らの耳に、情報部庁舎の館内放送が届く。


〈コード・ブルー所属のターコイズ、ラピスラズリの両名は、至急オフィスに戻るように。繰り返す。コード・ブルー所属のターコイズとラピスラズリ両名は、大至急! オフィスに戻るように!〉


 半ばキレかけた声の主は、コード・ブルーの暫定リーダー、ピーコックのものである。

「……ター子さん。これ、もしかしてどっかで見られてたりする?」

「いや、そんなまさか……って、あ……」

「あ?」

 ターコイズの視線の先に目をやって、ラピスラズリも気付いた。


 屋上の手すりに、小型の偵察用ゴーレムがいる。


 用があって探していたらとんでもない現場を目撃してしまい、直接声をかけることが憚られた、といった状況だろうか。

 偵察用ゴーレムはモールス信号用のライトをチカチカと点滅させ、『死ね』の二文字を超高速リピートしている。

 二人は肛門に太陽光線を燦々と浴びながら、真面目な顔で見つめ合った。


 どうする? ター子さん。

 どうするって聞かれてもなぁ……?


 そんな声なき会話を交わし、おもむろに立ち上がると、ズボンを上げて屋上を後にした。




 ピーコックの用件は、グラスファイアの生まれた町、ラ・パチュカについてだった。

 先日の件以来、情報部は今まで以上にグラスファイアを警戒している。すべてのセクションに『ラ・パチュカ出身者を見つけたら報告せよ』とのお触れが出ているほどだ。

 ピーコックは生ゴミを見るような目で二人を出迎え、今しがたもたらされた最新のニュースを読み上げる。

「突然ですが、ここでビッグなお知らせです。アズールの母親とグラスファイアの母親は双子の姉妹。つまり、アズールとグラスファイアは従兄弟同士ということが判明しました」

「え?」

「は?」

「なんで? って思うだろ?」

「うん。なんで?」

「それ、本人は知っているのか?」

「ついさっき発覚。それ以前は何も知らない」

「それは一体、どういう経緯で……?」

「っつーよりさぁ、従兄弟くらいの関係なら、コード・ブラックの身辺調査で分かるモンじゃねえのか?」

「そう思うじゃん? ところがどっこい、分からなかったんだなぁ、これが」

 ヒョイと肩をすくめ、ピーコックはとぼけた顔で説明を始める。


 アズールはラ・パチュカの隣、山裾の町ディルモナの出身である。

 ごく普通の家に生まれ、ごく普通に育ち、ごく普通に騎士団に入団した。入団時、特務昇進時、情報部異動時におこなわれた身辺調査でも、後ろ暗い過去は一切見つからず、物言いがついたことは一度もない。

 『ワケあり』の過去を持つ人物は、アズールの祖父母である。

 アズールも母親も、それ以外の家族も、ラ・パチュカに双子の姉がいることなんて知らなかった。アズールはただ、隣町のグラスファイア家に関する記述を探そうと、すでに鬼籍に入った祖父母の日記を取り寄せただけだ。

 グラスファイア家があの辺りで唯一の調剤薬局であったことは、各種資料からもハッキリしている。ディルモナにまともな病院ができたのは震災以降。そのためアズールの祖父母は、薬を求めて、何度も隣町のラ・パチュカへ足を運んでいた。古い日記を虱潰しに探して行けば、グラスファイア家に関する記述も見つかる可能性がある。

 しかし、どの日記帳がいつのものかは、中身を読んでみないと分からない。そのためアズールの母親は、それらしい遺品を片っ端から突っ込んだ、大きな箱を送りつけてきたのだ。


 たとえそれが身内であっても、故人のプライベートを覗き見る趣味はない。


 そんな母の実直すぎる性格を、アズールはこの時、本気で嘆くことになった。

「いやー、ホント、これがもう、とんでもないのが出るわ出るわで……」

 そう説明しながら、ピーコックはデスクの上に日記や手紙のコピーを並べていく。

 日記には、几帳面な字で日々の出来事が詳細に記録されていた。必要なページだけを複写したのだろうが、そのほんの数ページ分でも、アズールの祖父母が丁寧な暮らしを送っていたことが分かる。

 夫婦の元に新たな家族がやってきた驚きと喜び。そしてその経緯。それらが、これでもかというほどの文字数で長々と書き連ねられていた。

 ラ・パチュカには『双子は不吉』とする伝承があり、双子の姉妹を同じ町で育てるわけにはいかなかった。そのため不妊の治療薬を定期購入していたアズールの祖父母に、グラスファイアの祖父母が赤ん坊を託したのだ。

 アズールの祖父母はその子を『養子』とはせず、自分たちの『実子』として出生届を提出した。なにしろ『双子は不吉』とされていた土地だ。双子が生まれたことすら隠してしまいたかったようで、病院関係者も全面協力して、二組の夫婦が同じ日に一人ずつ子供を授かったように書類を整えて役場に提出したらしい。

 こうなるともう、情報部の身辺調査では何も出て来ない。書類上は間違いなくアズールの祖父母が産み育てた『実子』ということになっているのだから、よほどのことが無い限り、疑いを持って血縁を調べる者はいない。

 そして日記と一緒に送られてきた、三百通以上の手紙。それらの差出人は、すべてグレンデル・グラスファイアの祖父母である。

「手紙の中身はありがちな季節の挨拶と、育児についての話ばっかり。双子だけあって、食べ物の好みとかもそっくり同じだったみたいだね。ほら、これなんか分かりやすいよ。これと……これもかな?」

 ペラリと持ち上げられた三枚のコピー用紙を覗き込み、ラピスラズリとターコイズは、何とも言えない顔になった。


〈この前教えていただいた方法を試してみたら、あんなに嫌がっていたピーマンも、モグモグと美味しそうに食べるようになりました。ありがとうございます〉


〈パンの耳はミルクにつけてふやかしてあげると、喜んで食べてくれると思います。硬くてボソボソしたものが苦手なようですので、甘くしなくても大丈夫でした〉


〈小エビのスープを与えたところ、突然咳き込み、口の中が真っ赤に腫れてしまいました。そちらはいかがですか? もしかしたら甲殻類アレルギーかもしれません。エビやカニを与えるときは、よく見ていてあげてください〉


 町の言い伝えがあったから仕方なく手放したのだ。本当は自分たちの手で、二人の娘を育てたかったのだろう。そしてその気持ちが分かっていたからこそ、アズールの祖父母も、毎週必ず返事を送っていたようだ。文面からは、両家が非常に良好な関係を築いていたことが窺えた。

 アズールはこの件でセルリアンと面談中。手紙と日記は事務官たちが総出で中身を精査している最中で、アズールの実家にはコード・レッドのエランドファミリー担当者たちが向かっているところだという。

 自分たちが『肛門日光浴』を実施しているさなかに、事態はずいぶんな急展開を迎えたらしい。

 ラピスラズリとターコイズは顔を見合わせ、それからピーコックに問う。

「で? 俺たちのお仕事は? 今なら元気モリモリで頑張れるぜ?」

「肛門からお日様パワーをチャージしたからな!」

 ああ、なんて活きの良い生ゴミだろう。

 ピーコックの顔いっぱいに書き殴られた文字列をあえて無視して、ラピスラズリは言葉を続ける。

「ただの状況報告なら、内線か《雲雀》で済ませただろ?」

「うん。よくわかったね。脳までサナダムシに侵食されてるのに」

「知ってる? サナダムシって2mもあるんだよ? 俺の身長とほぼ同じ長さらしいよ?」

「へー。要らない豆知識をどうもありがとう。てことで、今すぐサザンビーチに行け」

「うわ! 酷っ! 海に沈めってこと!?」

「あー、違う違う。本当にサザンビーチに行ってもらいたいんだわ。アズールの従兄弟、グラスファイアのほかにもう一人見つかったから」

「はあ!?」

「本当か!?」

「嘘なんかついてどうなるの? サザンビーチのほうは、自分の素性をちゃんと知ってるらしいんだよ。まあ、詳しいことはこの資料に書いてあるから。南部行きの列車の中で読んで」

「旅費とかは?」

「後日清算。領収書もらい忘れた分は自腹」

「装備は?」

「通常装備で。不測の事態には現場判断で対応」

「切符や宿の手配は?」

「現地でヨロシク」

「……ってコトは、本当についさっき判明したワケか?」

「そーゆーコト。ほら、急げ急げ。グラスファイアがまた何か仕掛けてくる前に、少しでも情報集めてきて」

「はーい」

「いってきまーす」

 二メートル超えの大きな二人が出て行くと、オフィスの視界は途端に開けた。

 見晴らしの良くなったオフィスを見回し、ピーコックはため息交じりに呟く。

「……サナダムシって、本当に二メートルもあるのか……?」

 本当にどうでもいい疑問ほど、妙に頭に残ってしまうのはなぜだろう。モヤモヤした気持ちを抱えたまま、ピーコックはコーヒーを求め、給湯室へと向かった。


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