そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.9 < chapter.15 >
魔導兵器開発部での起動試験を終えたアズール、ラピスラズリ、ターコイズの三人は、開発部で発行された大量の書類を手にコード・ブルーオフィスへと向かっていた。
アズールと魔導兵器『マンマ・ミーア』の魔力特性適合率は100%。彼のために特注した武器であっても、この適合率はあり得ない。ターコイズやベイカーの特注武器ですら、初期値50%程度の適合率を定期的なチューニングで実戦使用可能な75%程度に引き上げているのだ。アズールと『マンマ・ミーア』の邂逅は、魔導兵器の性能を完全に引き出せる、他に類を見ない特殊な事例だった。
これを使わない手は無いだろう、ということで、張り切ったジョリーが開発部の部長を説得。情報部長官、騎士団長への『認可申請書』をその場で作成する運びとなった。
が、しかし。これらの書類をエライヒトに提出するには、部署長のサインが必要である。
情報部庁舎近くの散策路で、大きな封筒を抱えたターコイズが立ち止まる。
「どうしたんです?」
「ター子さん?」
「その……いまさらだが、うちの部署長って、ピーコックで良いんだよな?」
「だと思いますけど……」
「あーそっか。あいつ、『暫定リーダー』だもんな? この書類、ピーコのサインで大丈夫かな?」
「正式リーダーが行方不明のままなんですから、普通は代理人サインで通用しますよ」
「まあ、手続き上はそうなんだろうが……怒られそうだな」
「まあ……枚数、多いですもんね……」
「全部で五十枚くらい無かった?」
「ざっと目を通すだけで三十分はかかるか……」
「とりあえず『はぁ?』って言われそうですね」
「あ、今の口調、似てる!」
「言うよな! あいつすぐ『はぁ?』って言う!」
「僕、あれ絶対に言われたくないんですけど……誰が渡します?」
「……ここはやっぱり、使用者本人が……」
「嫌ですよ~」
「いや、言い出しっぺのラピという手も……」
「じゃあ年長者のター子さんで!」
「ふぁっ? 今なんか言ったかのぅ? いや~、年には勝てんのぉ~! 近頃耳が遠くてのぉ~!」
「さてはタトラ老師の物真似で逃げる気だな、ター子さん!」
「いやいや、冗談じゃあなく、真面目にお前が行くべきだと思うぞ、ラピ。お前が言い出さなきゃ、こんな武器が存在することすら知らずにいたわけだからな。今回、アズールは巻き込まれただけだ」
「う……あのネコ科特有の氷点下の目で『はぁ?』と言われろと……」
「あいつの好きそうな面白ギャグでもブチかまして、まずは空気を温めろ! なっ!? 下ネタは鉄板だぞ!」
「何のネタがいいと思う?」
「ん~……あ! あれがいいと思う! ほら、あれ! えーと、何だっけか……」
「ナチュラルに老化しないでター子さん。あれって何」
「あれだよ! あの……『世界のチン記録! 飛距離ワールドカップ552 in セントラル』!」
「あー、あれね! あれだ! 確かにあれだ! あれしかねえ!」
「なんですか? 飛距離って」
「企画モノAVのネタだ」
「ゲイビデオだけどな!」
「うっわー、僕、そういうの観ないんでー……」
と、後輩にドン引きされても、二人の馬鹿話は止まらない。
結局、そのネタで場を和ませてから大量の書類を叩きつける方向で話がまとまった。
コード・ブルーオフィスのいつもの席で、ピーコックは面倒な事務仕事を片付けていた。マルコ王子のお披露目直前におこなわれた一斉摘発と、同日発生したゾンビゴーレムの件。あの日のことがあったおかげで、コード・ブルーは予定外の備品請求を山のように出す破目になったのだ。いくら書類を書いても、次から次に別の書類が舞い込んでくる。
そんな書類地獄に現れたのが、昨日サザンビーチに行ったばかりのラピスラズリだった。
アズールの従兄弟と接触し、ラ・パチュカに関する情報とDNAサンプルの提供、魔力圧や魔力特性の計測に協力してもらえるよう交渉する。それがラピスラズリの任務である。昨日、行きの列車内でグラスファイア本人との想定外の遭遇があったと連絡を受けている。そのため、そう簡単に事が運ぶとは思えず、三日から四日の滞在期間を想定していたのだが――。
「まさか、もう終わったの?」
「いっやぁ~、それがさぁ……」
ラピスラズリの報告を聞き、ピーコックはまず驚き、それから首をかしげた。
「よく戦闘にならなかったね?」
「そこはター子さんの話の持って行き方が上手かったから」
「ふぅん? まあ、それはいいけども……」
ピーコックの視線はラピスラズリの持つ封筒に注がれている。
また余計な仕事が増えるのか、と言いたげな目に気付きつつも、ラピスラズリは必死に笑顔をキープする。
「本題はもう一つあるんだけど、それよりも今は、ピーコに面白い話がしたいんだよなぁ~。メチャクチャ笑える話なんだけど、ピーコ、『2m』って何の数字だか知ってる~?」
勿体をつけた口調でそう言うと、ピーコックはハッとした顔で言った。
「その話! ラピ、お前それ、騙されてるから!」
「え? 騙されてる??」
「なにが2mだ? どうにも気になったから、俺も自分で調べてみたんだけどな。あれ、条件が良ければマックス10mは行くぞ」
「え、ちょ、じゅ……じゅうめぇとる!?」
「間違いない。ちゃんとこの目で確かめた。人間なら10m行くんだよ、本当に。2mくらいがマックスなのは、キツネとかアナグマとか、主に小動物なんだってさ」
「マジで!? 小動物でも2m!?」
「いやー、ホント、びっくりした。まさかあんな……ちょっとグロくて、見るんじゃなかったって後悔してるけども……」
「後悔するほどのモノだったの!?」
「うん。まあ、見ないほうがいいと思う。ただ、もう一度言うけど、2mって情報はガセだ。OK?」
「わ、わかった。マックス10mなんだな……」
「うん。マックス10mだよ」
「……10m……」
この不幸な会話は、互いに主語を曖昧にしていたがために発生した。
ラピスラズリが言っているのは『射精の飛距離を真面目に競う』というおバカなネタ系ゲイビデオの話だし、2mというのも、大型送風機を使った『追い風参考記録』のことだ。
対してピーコックが言っているのは、昨日のサナダムシの話である。気になった彼はあのあと王立博物館へと足を運び、サナダムシの実物標本を見学している。10m以上に成長した寄生虫の姿がグロテスクであった、ということを伝えているだけであって、同性から見てもグロテスクに感じる巨大男性器を目撃したわけではない。
だが、ラピスラズリの脳内には間違った認識と、そこから派生した疑問が渦巻いていた。
(こいつ……誰に頼んでそんなスゲエ実験を? つーか、グロいほどのモノって? いったいナニを見せつけられたっていうんだ……??)
このあとラピスラズリは『マンマ・ミーア』の認可申請について話をしたが、『10m』というパワーワードに気をとられていたおかげで、ピーコックの『はぁ?』でも何のダメージも受けなかった。これが怪我の功名かどうかは、本人にすら分からないことである。




