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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.9 < chapter.14 >

 おなじころ、中央市内の雑居ビルの最上階ではヘーゼル・グラスファイアが走っていた。室内に置かれたランニングマシンの上で、目を閉じて眠ったまま、ドスドスと足音を立てて体を動かし続けている。腹、太腿、二の腕にはEMSダイエットベルトを巻き、走りながら部分痩せも狙うスタイルである。

 隣のランニングマシンでは、人質の少女・キアが軽い足運びでトレーニング中だ。

 キアは携帯端末を操作し、サザンビーチのグラスファイアに近況を報告する。

「あ、もしもし? 貴方の本体、今ランニングマシンで走らせているところですの。目標は一カ月で五キロダウンですわ」

「ハアッ!? ちょ、おい!? 何してるって!?」

「肥満は健康によくありませんわ。貴方が『お兄さん』になっている間は、私が《傀儡マリオネット》で操作して、運動をお手伝いして差し上げますわ」

「なんでだよ!? てゆーか、どうやって操ってるって!?」

「《傀儡マリオネット》ですわ」

「人間は操れないはずだろ!?」

「ピーコックさんの魔法の使い方を参考にさせていただきましたの。貴方の身体は操れなくとも、服と装飾品は操れますもの。外側を動かせば、中身も一緒に動くでしょう?」

「うわー、そう来たか……。で? 俺を痩せさせて、どうするつもり?」

「どうって……別に、どうも致しませんわよ? ただの健康管理ですもの」

「本当に?」

「ええ。あ、あと、最低限の身だしなみとして、脱毛とスキンケアもさせていただきましたわ」

「へっ!? だ、脱毛って……どこまでっ!?」

「顔と手足と、腋とうなじのあたりを。さすがにビキニラインまでは整えていませんわ」

「当たり前だよ!」

「ですけど、もう少し痩せてきたらスイミングスクールにも通うべきだと思いますの。そうしたら、全部処理してしまったほうが人の目も気にせずにいられますわよ?」

「えーと……君は処理してるわけ? 全部?」

「ええ。だって、中途半端な長さに切りそろえると水着から飛び出しますもの。毛先がチクチクと。布地を貫通して」

「き……君は俺をどうするつもりだ……?」

「先ほど申しあげたとおりですわ。私は貴方を健康にします。運動もせず寝ているだけなんて、不健康ですもの!」

「……マジかよ……!」

 人質の少女の、まさかの行動。

 不健康の極みの如き生活を送るグラスファイアの本体に、キアは規則正しい生活と運動習慣を身に着けさせようとしている。あまりに想定外な展開に、グラスファイアの脳は誤作動を起こした。

「あー、えーっと、じゃあ、ほら、あれだ! なんか必要なモノ、ある!?」

「スポーツウェア一式、アミノ酸飲料、ヨガマット、デオドラントスプレーですわ」

「うん分かった! すぐ送る!」

 そう言って電話を切った後で、グラスファイアは頭を抱えた。

「……どこからツッコミを入れたら……昨日から、なぁ~んか調子狂ってんだよなぁ~……」

 溜息とぼやきを盛大に溢し、グラスファイアは財布を引っ掴んで立ち上がった。ここは国内有数の観光地、サザンビーチだ。マリンスポーツやフィールドワーク、その他ここでしか体験できないアクティビティを楽しむため、スポーツ用品店も充実している。自分の本体が着用できるXXLサイズのウェアも、この町でなら手に入るはずだ。

「っとにもう、なにがどうしてこうなったんだか……あ!」

 別荘を出た後でサングラスを忘れたことに気付いたが、取りに戻るのも面倒臭い。ウェアと一緒に適当な安物を買えばいいかと、珊瑚の欠片でできた真っ白な道を歩き出す。

 いつもはファミリーの若い連中に囲まれているが、サザンビーチには本当に一人で来た。仲間たちは影武者と一緒に北部へ行っている。騎士団の目を欺くための工作だったが、よもや情報部と鉢合わせるとは。間抜けすぎて、もう笑うしかない。

 一人トボトボと歩く道すがら、これまでと現在、これからのことを考える。

 非合法ドラッグの一斉摘発後、大打撃を受けたグリムスファミリーは非常におとなしくなっている。だが、情報部がそこかしこに偵察用ゴーレムを飛ばしている今、中央マフィアは動くことができない。一斉摘発の直後に発表された『女王の隠し子』のこともあり、中央には全国の貴族たちが大集結しているのだ。彼らの護衛や町の警備として、治安維持部隊が四六時中巡回している。グリムスファミリーの縄張りを横取りするどころか、今は騎士団の総攻撃を受けかねない状況だ。

 グラスファイアが中央を離れたのも、騎士団との余計なトラブルを回避するためだ。パパ・グリムスとマダム・ロッサも、それぞれ幹部連中を地方の協力組織に一時避難させている。今中央に残されているのは、大した影響力も無い下っ端くらいだろう。中央の情勢が落ち着くまでは、ここで燻っているしかない。

「……ま、たまには南国リゾートってのも悪くないか……」

 白い砂浜、キラキラと輝く水面。

 道沿いに植えられたヤシの並木も、鮮やかな緑が目に嬉しい。

 何とはなしに海を眺めながら歩いていると、沖のほうに、同時にいくつもの水飛沫が上がった。その上空には、おびただしい数の海鳥たち。昨日助けたクジラたちが、あそこで狩りをしているらしい。

「……へえ……綺麗じゃん……」

 眩しく照り付ける太陽が、クジラの潮に虹を作っている。

 特別大きく吹き上げられた潮は、自分が助けたあのクジラだろうか。

 昨日助けた命が、今日、こうしてそこにある。

 ただそれだけのことが嬉しくて、グラスファイアはじっと、クジラたちの狩りに見入っていた。


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