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世界革命最前線より  作者: 気変 ユウユウ
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第一話……?

複数のモニターが、訓練映像を映している。

その光景は、戦争と例える者もいれば、子供のじゃれ合いとも例える者もいるだろう。

ただ二人――その青年と少女のタッグを除けば。


『――リエル!』


青年が少女の名を呼ぶと、彼女はその背中に背負う羽を広げ、青年と共に上空へ飛翔。

そして、少女の軌道に合わせて光が集まり、光球を作り上げる。


『掃射、始めっ!』


少女が右手を振り下ろすと、目にもとまらぬ速さで着弾していく光球。

相手兵士の装備だけを綺麗に破壊し、その上空を少女が通過して行く。

そして再び軌道に合わせて光球が作られると同時に発射され、今度は丸腰の兵士の後頭部に着弾。

「やっぱり、並外れた速度だ……」

監視兵が独り言のようにつぶやく。

「――今回の訓練も、ツートップか?」

背後からの声に振り返った監視兵は、慌てて立ち上がり敬礼を返す。

姿を見せた司令官の男性が手を払うと、監視兵は敬礼を崩した。

「はい、特にこのリエル・テラー……射撃速度は並み外れ、魔法の速度も十分ある。それに、この翼と飛行速度は実戦にも希少な戦力になるかと」

と、モニターの少女を指す監視兵。

「では、その青年の方はどうだ?」

少女に抱えられている青年のことだろう、監視兵は口を濁す。

「これといって特に気になる点は……今のところ」

「そうか……引き続き、記録を頼むぞ」

「はっ!」

司令官の男性は踵を返し、部屋を出る。

「……ナギサ・エミシア」

呟かれた青年の名。

「何故……何故、お前が……」

その先の言葉は、男性の口からこぼれることはなかった。



「ねぇねぇ、ナギサー」

「んー?」

上空を飛び続けてかれこれ十分。

リエルがつまらなそうな声をあげた。

「ここに来てからずぅっと、ナギサが戦ってるところを見たことがないんだけど……やっぱり、戦いは嫌い?」

「あぁ、それか……別に、ただ単に俺の能力は「あいつら」にしか効かない。だから、兵士に使ったところで俺はどうにもできないの」

「ふーん、でもでも、ナギサが戦うところって、きっとすぅっごくかっこいいんだろうね?」

リエルの無邪気な笑顔がまぶしいナギサ。

「さぁね……」

「うにゅぅ? もしかして、怒った?」

「いいや、かっこいいとかに興味がないだけ」

「えー、男の子ってそういう物だと思うよ? アニメじゃぁそうだった」

「それはアニメの話。現実をいいようにした「物語」じゃないか」

「それはそうかもしれないけどー、かっこいいと女の子にモテるよ?」

「俺はリエルにだけモテてればいいの」

「えーもったいなーい」

決まり台詞を返すナギサに、残念そうな顔をするリエル。

「せっかく、ナギサは優しくてー――」

「リエルにだけ」

間髪入れずに答えていくナギサ。

「気も使ってくれるしー――」

「リエルにだけ」

「頭もだいぶいいしー――」

「使ってたらよくなっただけ」

「人の心の中まで分かってくれるし―――」

「リエルが分かりやすいだけ」

「……それ、私が顔に出やすいって意味?」

何やら不満そうな顔を向けるリエル。

「俺がリエルのことだけが分かりやすいだけ」

「もー、またそんなこと……そんなんだから男の子の友達ができないんだよー?」

リエルが心配そうにいうが、ナギサは構わないようだ。

「いいよ、ここでは男たちの敵も同然だから」

「ナギサ、いじめられてる?」

「違うよ、リエルみたいな美少女とこんなに密着してるから」

ナギサの言葉に首を傾げたリエル。

「ナギサはいっつも私のこと美少女っていうけど、私みたいなのならアニメの中にもいっぱいいるよ?」

すると、ナギサが深い深い溜息を吐いた。

「うにゅぅ? 変なこといった?」

「違う、もうそろそろ自覚してくれた頃かと思ったら、意外と分からず屋だったリエルに呆れてるの」

「呆れてるって、そういうナギサだって女の子の中では結構噂されてるんだからね?」

「いいよ別に、リエルが嫉妬して怒った表情するのが楽しみだから」

「もー! ナギサはまたそんなこといって! それに付き合う私のことも考えてよねー」

「とかいって付き合ってくれるリエルなのであった」

「それもそうだよ、好きな人のお願い事なら何でも叶えたいって思うでしょ?」

それもそうだ、とナギサは頷く。

「私は、ナギサが笑ってくれるなら何でもしてあげたいよ?」

「俺は別に」

「え……」

がっかりしたのかリエルが急速に落下して行く。

「待て待て待て! 違うって! そんなに頑張ってくれなくていいって意味だよ!」

「あー、そういうこと? もーびっくりしたなー、まったく、ナギサは困ったさんなんだから」

リエルの表情はケロッとしていた。ナギサは危うく殺されるところだったというのに。

「俺がびっくりしたよ、このまま落ちて悔いを残したまま死ぬかと思ったよ」

「大丈夫、もし死んでも私が生き返らせてあげるからね」

「さすがにやめようリエル、ゾンビとして生き返りたくない」

「大丈夫! 私、頑張る!」

「その頑張るが信用できないのはきっと俺だけじゃないはず」

「でも、ホントだよ? 私が頑張れば、ナギサを本物と同じように蘇生させることだってできるんだよ?」

いつにもなく真剣な眼差しを向けるリエル。

「今はできなくても、きっといつか、ナギサだけでも復活させられるくらいの力を持たなくちゃいけないの」

「いいよ、そんな力……きっと、悪用されるだけだ」

「でもでも、ナギサがいなくなったら、私、どう生きて行ったらいいの? 一人じゃ寂しいよ?」

「……一旦降りよう、そこの物陰」

真剣な表情で話を遮ったナギサ。

「人の話くらいちゃんと聞いててよー」

リエルは指示された物陰に着陸し、ナギサはすぐさまあたりを警戒し始める。

「ねーえーナギサー」

「後にしてくれ、どっからくるか分からねぇからな」

いわれたリエルは不満そうな顔をしていたが、ナギサに飛びつくように腕を回した。

「いる?」

「姿が見えないだけ……それもそうだ、正面からリエルとやり合おうってんなら、まともに勝てねぇからな」

「そう褒められても嬉しくないよー」

「そうかい、んで、どうするかだ」

「やり合う? 私はそれでもいいけど」

ナギサの頬を突くリエル。

結論からいえば、正面からやり合うなんて面白くないから却下。

これまでの訓練、全て正面からやり合い全滅させた。リエルにはそれだけ、それ以上の力が残っている。

どんな作戦で来ようと正面から、どのようにやろうと同じ結果。

だが、ナギサはどうだろう。

いまだ手の内を明かしていないナギサが、堂々と前に出たら、果たして兵士たちはどんな顔をするだろう。

「……少し面白くしてやるか」

「何々? 何するの?」

興味津々のリエルの腕を振り払い、ナギサは一人、物陰から姿を現す。

「そこで見てろ、久々に――俺が直々にやり合ってやる」

すると、どこからか飛んできたマフラーがナギサの首に落ち着く。


「さぁ……喧嘩と行こう」


タイミングを計ったように、物陰から一斉に姿を見せた兵士たち。

ナギサは地面を蹴り、正面の兵士に突撃。

「ぐぁっ!?」

そのまま兵士を踏み台にし、次の兵士へと飛びつく。

並みはずれた身体能力に、兵士たちは驚きを隠せない。

「よっ……と」

回転の勢いで兵士の手から銃を奪い、乱射。

「ふーん……玉切れは補充しなきゃいけねーのか、何が便利な世界だか?」

弾がなくなったのを確認し、銃を構えている兵士に奪った銃を投げる。

「う、うわぁあああああっ!?」

兵士は叫びながら投げられる銃を砕こうと連射するが、勢いが相殺しきれず、顔面に銃が激突。

ナギサは弾丸からも守られ、兵士も気絶させられ一石二鳥。だった

「おいおい、これじゃあ同じ結果か?」

煽るような口調でナギサがいうと、挑発に乗っかって来た兵士が総力を挙げて銃を連射。

大体五、六人。だが、ナギサは鼻を鳴らす。

「遅い遅いっ」

ナギサは軽々と弾丸を回避、弾切れと同時に地面を蹴り上げ、兵士のヘルメットを掴む。

「なっ――」

「悪いな、俺にこういう防具は通用しねぇんだ」

と、ナギサのヘルメットを力いっぱい叩きつけ、意識を失い後ろに倒れて行く兵士。

圧倒的な力の差を前に、残りの兵士が尻もちをつき、慌てて逃げ始める。

「ナギサー、もういいんじゃない? なんか可哀想だよー」

駆け寄って来たリエルが飛びつき、回された腕を掴むナギサ。

「……そんなこといってるが、お前も同じようなことやってただろ」

「私は防具だけだもん、気絶させるまではしてないしー……それよりも、どこからマフラー出したの?」

マフラーの端で遊びながらリエルが聞く。

「元々、こいつがないと本気が出せないんだ」

「じゃあ、ナギサとマフラーは一心同体だ」

「そういうこと」

「えへへー、かっこよかったよー? ナギサ」

「それはそれは、光栄で」

回されたリエルの腕を引っ張り、おぶる。

「うにゅぅ?」

不思議そうに首を傾げているんだろう。ナギサは歩き出しならが先に答える。

「俺がしたかっただけ」

「そーう」

すると、リエルがナギサの髪に額を当て、ぐりぐりと寄せた。

「でもでも、まだ訓練終わってないでしょ? こんなところ見られたらまた噂されちゃうね?」

「いいんだよ、やりたい時にやっとかないと後で後悔するから」

「そーう」

ナギサの背に揺られながら、眠そうにあくびをこぼすリエル。

「いつもありがとう」

聞こえない程度の声量で呟くナギサ。

「へ?」

「聞いてないならいいよ」

「えー、ちゃんと聞いてたよー」

「じゃあなんていったか分かるか?」

「うん、いつもありがとうっていったんだよねー、耳真っ赤だよー?」

ツンツン、とナギサの赤く染まった耳を突いてくるリエル。

「ちぇ、聞いてないと思ったのに」

「ナギサはもう少し素直になってもいいと思うよー?」

「俺は今でも十分素直だよ」

「私の前ではもっと素直になってもいいんだよ? ナギサになら、膝枕でも添い寝でも、何でもしてあげるよ?」

少々、リエルの言葉が気にかかったナギサは注意するようにいう。

「……俺を助けるために体を売るなんてことは絶対にするなよ?」

「しないよー、だって、ナギサが一番悲しむでしょ?」

時折、ナギサはリエルのまぶしい笑顔が不安になる。

眩しすぎるが故なのか、はたまたナギサの独占欲が強いだけなのか、どちらにせよナギサにとってリエルの笑顔は心の栄養でもある。

「ナギサ? どうかした? 私、また変なこといった?」

リエル・テラー。ナギサの運命の人。

天使である彼女の見た目、いいや、中身さえもナギサにとっては天使以外の何者でもない。

彼女なしには生きられない、もうその域にまで達している。

だけど――だけど天使はナギサだけの物にはできない。

分かっている。ナギサの運命の人であるリエルには心がある。

心は手の中に納まりはしない、そんな魔法が存在するのならナギサはきっと縋ってしまう。

リエルの心が変わってしまわぬように……でも、ナギサは表面上分かっている。

そんなことをしてもリエルは喜んでくれない。ナギサだって嫌だ。

だけど、そんな魔法にさえ縋りたくなるほど、リエルがいつか離れてしまうのではという恐怖と不安が付きまとって仕方がない。

――いや、待てよ。何を焦ってるんだ、俺は?

冷静になろう。なぜリエルがナギサの手元を離れる必要がある。

リエルはこんなにもナギサにくっついている。離れる必要性もないじゃないか、何を心配している。

それに、リエルのことを一番理解しているのは間違いなくナギサ、そこは譲らない。

「――ねーえー、ナギサってばー」

両手で挟まれた頭をぐらんぐらんと揺すられ、ナギサはやっと気が付く。

「や、やめろぉ! 一体何してるんだ!」

リエルの両手を頭を振って振り払う。

「やぁっと気が付いた! もー、さっきから呼んでるのにぜんっぜん聞いてくれないんだもんっ」

「そ、それはごめん……それで、何の話してたっけ?」

「訓練が終わったから早く帰ろうよーって、ナギサ、じぃっと私のこと見て動かなくなっちゃうんだもん。気絶でもしちゃったのかと思ったよ」

口をへの字に曲げてナギサの頬を引っ張るリエル。地味に痛い。

どうやら、訓練終了の合図である鐘が鳴ったらしく、あちこちから兵士たちが姿を見せている。

「悪かったって、早く帰ろう」

「もー、びっくりさせないでよねー」

ぽかぽか、と叩いてくるリエル。

自分でも驚いたものだ。まさか、そこまで深く考え込んでいるとは。

――結構、大きくなってるんだなぁ……。

改めて実感するナギサの心を支配する物。

――気をつけ……られるかなぁ。

そんな心配を内に秘めながら、ナギサは背中の温もりを抱えていた。



「――実戦投入?」

訓練が終了し、部屋で待機していたナギサとリエル。

放送がかかったと思い、急ぎ足で集合してみればそんなことを告げられた。

「ああ、ナギサ・エミシア、リエル・テラー、君たち二人のコンビネーションと能力は実戦向きだ。それに、リエル・テラーの翼は戦いで希少な戦力になりうる。明日の早朝六時半に出発だ、いいな?」

偉そうな司令官が手を組みながらそういった。

正直、ナギサはこの男性が嫌いだ。

リエルやほかの研修兵に向ける目と、ナギサに向ける目が違う。

心配と殺気を交ぜたような表現しがたい眼差し、それがナギサはいけ好かなかった。

「……司令官、お言葉ですが、こちらにもこちらの事情があります。俺とリエルだけだったらまだしも、先ほどの話なら所属研修兵全員を連れ出すおつもりでしょう」

ナギサの言葉に賛成するように何度も頷くリエル。若干眠そうだ。

「何か不満でも?」

司令官は変わらぬ表情をこちらに向け、一切の動きを見せない。

「……あなたには、命の重みというのが理解できていないようですね」

嫌味のように吐き捨て、ナギサはリエルの手を引いて部屋を出て行った。

「……お前になどいわれたくはない。ナギサ」

相変わらず、表情は変えない司令官。

しかし、瞳の奥にはどこか藍色の感情が揺らめいていた。



指令室を出たナギサは、所属している部隊の研修兵部屋を訪れ、各兵士たちに伝言を告げた。

「――てことは、そこで手柄を上げちまえば昇格ってことか!?」

一人の研修兵が喜びの声を上げ、ナギサはそれに頷く。

「それもあり得るな。だけど、お前らは無茶するんじゃない」

「んでだよ! まさか、お前とリエルだけで手柄を独り占めしようってんじゃないだろうな!」

「それは酷いわ! 私たちだって必死にここまでやって来たのに!」

ギャーギャーと騒ぎ立て始め、ナギサは眉をひそめる。

「もう少し静かにしろ、俺はただ心配してるだけだ。まともに実践に出たことないお前たちが、無残な死体になるなんてことが俺はとてつもなく嫌だ」

「実践に出るための訓練だったんだろ! だったら、俺たちだってもうやって行けるはずだ! なあみんな!」

研修兵が立ち上がると、それに続くように声を挙げ始める。中には物を投げ飛ばす者もいた。危なっかしいったらありゃしない。

ナギサはそれに制止をかけるように手を振り、着席するよう催促する。

「分かった分かった。お前らのやる気は十分に分かったから、とにかく話は最後まで聞け」

全員が着席したのを確認し、咳払いをしてナギサは続ける。

「それでは、作戦内容を通達する。俺たち、研修兵隊は複数の部隊に分けられ、実戦部隊と合体。殲滅や防衛に加わる。各々の部隊で活躍するように」

「それでよ! 俺はどの部隊に所属するんだ!?」

「わ、私は防衛部隊が、いいです」

「殲滅部隊、希望」

「あ、お、俺もこいつと一緒がいいぜ!」

各自の希望を耳に流しながらナギサは続ける。

「さぁな、これに全員の所属部隊と、実戦部隊員の名前が書いてある。各自明日までに確認するように。明日は六時半出発、六時には荷物を整え集合するように。以上だ、くれぐれも、無駄死にするような真似はしないでくれ」

伝え終えたナギサがドアノブに手をかけると、肩に手を置かれた。

振り返ると、先ほどからずっと騒がしかった研修兵が立っていた。

「なんだよ」

「ずっと思ってたんだけどよ。お前みたいな無表情な奴が、何でリエルと仲良くしてんだ?」

なんとも無神経な発言。だが、これまでもいろいろな人物に聞かれたこと。

数秒の間の後、ナギサは口を開いた。

「俺は、あいつの運命の人なんだ。だから、俺はあいつを守る責任がある」

パシッ、と置かれた手を払い、ナギサは部屋を去った。

「なんだよ、ナギサの奴」

相変わらず冷たいナギサに、研修兵たちは裏があるのではとしばらく会話を弾ませていたそうだ。



「ただいま」

部屋のドアを開けると、すぐさまリエルが飛びついてきた。

「おかえりー、私も行きたかったよー」

「あんな男臭いところにいたってつまらないだろ?」

「女の子だっているでしょ! 今の発言は失礼だと思うなー」

「そうかい、でも、俺にはリエルがいるからな」

ドアの鍵を閉め、リエルを横抱きにして寝室に向かう。

「じゃあ、私もナギサがいるから平気ー」

ナギサの首に腕を回し、頬擦りをしてくるリエル。相変わらず、肌が白くて柔らかい。

寝室に着いたナギサはベッドにリエルを下ろし、その横に腰かける。

「それは嬉しいことだ、一応、不安でもあったからな」

リエルの顔にかかる髪をかき上げ、表面から見つめ合う。

「不安? それって、聞いてもいい不安?」

「聞いたって面白くないぞ?」

「ううん、不安を取り除くのって、とぉっても大事なことだよ?」

そらした目線を合わせるように、ナギサの両頬を捕まえるリエル。

そして、額同士を合わせ、静かに微笑んだ。

「……俺、不安なんだ」

「うん?」

リエルは、ナギサの言葉を待つ。

「…………リエルが、もし、心のどこかで俺から離れたいって思ってたらって……もし、俺のことをリエルが見なくなったら……って」

「大丈夫、私はまだ、あなたのことを見てるよ、ナギサ」

じっと見つめてくる黒い瞳は、静かな優しい光を瞬かせている。

「私は、リエルは、ナギサのことがだぁい好きだから。心配しなくても、不安なんて感じないくらい、ずぅっと傍にいてあげるから、だから、ナギサも、私のことを離さないでね?」

ああ、何で不安に感じていたんだろう。

こんなにも優しい笑顔が、こんなにも眩しい光が、ナギサだけに向けられているのに。

何を不安に思っていたのだろう。先ほどの自分が馬鹿馬鹿しくなってしまう。

きっと、心が疲れていたんだろう。だからあんなにも不安に揺れてしまったんだ。

「ごめんリエル……少し、疲れたみたいだ」

リエルの手を握り、その温もりを離さないように力を込めた。

「うん、ナギサがいつも頑張ってるの、私は知ってるよ。いつも夜遅くまで私が怪我をしないような戦い方を考えてくれてたんだよね? 研修兵のみんなにいつも気を使ってたんだよね? 頑張り屋なナギサには、もう少し休憩の時間が必要だよ」

リエルは嫌がるそぶりもなく握り返し、ただ静かにナギサの努力を認めた。

それだけなのに、ナギサの疲れは軽くなった気がした。

「……明日、研修兵のみんなが、嫌な思いをするかもしれない」

閉じていた目を少し開け、ナギサはまた不安を口にする。

「うん」

リエルはただ、静かに頷いていた。

「全員、無事に帰らせたい……協力してくれるか?」

「もちろん。だって私は、ナギサの運命の人の前に、最高の相棒だもの」

自信満々の笑顔に、ナギサは元気を受け取った気分だった。

「そうだったな、聞くまでもなかった」

「そう、だからナギサは私にただ指示してくれればいいだけ、ね?」

リエルの優しさは、ナギサの心を包む。

やっぱり、彼女以外必要ない。そうナギサに確信させるのだった。

「……何が起きるか分からない。だが、バグが襲ってくるのは確かなことだ。あいつらは、バグを倒せる能力がない、それに、兵器だって妨害に使えるかどうかさえも不安だ」

「それで、私はどうすればいいの?」

「いつも通りでいい、今回は、俺が頑張る番だ」

「平気なの? 頑張りすぎて疲れちゃわない?」

リエルの心配に応えるように、ナギサはその腰に腕を回し、抱き寄せる。

「今まで頑張ってきたんだ、あいつらを守るためなら、今まで以上の頑張りを見せてやるさ」

「……分かった。私は全力で、ナギサを応援するね」

リエルの細い手が、ナギサの髪を撫でた。

「ありがとう、リエル」

「いいえ、どういたしまして」

リエルの温もりを離さないよう、抱きしめる腕に力を込めるナギサ。

静かに目を閉じ、意識を手放すまではそう時間もかからなかった。



――翌日、早朝六時。

集合時間ギリギリ、ようやく支度を終えたナギサがリエルを連れて走っていた。

「……お? ナギサじゃねぇか! 集合時間ギリギリだぞー?」

そこにはもう研修兵たちが揃っていた。

「悪い、普通に寝坊した」

「疲れてたみたいだし、起こすのもったいなかったんだもん」

「くぁー、なんと羨ましいっ! 相変わらず、リエルに惚れられてんなーこのこのー」

研修兵男子が数名が羨ましそうに小突いてくる。

「そりゃそうだ、惚れられてなきゃぁ俺が心配だ」

「こ、こいつ……なんという自信……っ!」

「そんなこといってないで準備運動くらいしとけよ、戦場へ一歩出れば、後戻りはできねぇんだからよ」

「わぁってら! お前ら! 体ほぐしとくぞ!」

声を挙げた研修兵に続くように、広いところで準備運動を始める研修兵たち。

全員、今までの訓練を共にしてきた仲間たち。

たまに冗談をいい合い、本気で喧嘩したこともあったような気がする。楽しいこと、辛いこと、いろんなことを共にしてきた気がするが、仲間たちは一体どう思っているのか、ナギサに知る術はない。

だが、何故か分かってしまう。

あいつらは、ナギサのことを信頼している。信頼しているからこそ、ナギサのことを心配させまいとあんな冗談をいっているんだろう。

「……ありがとう」

聞こえない感謝を口にしたナギサ、その背後から足音が近づいてくる。

「準備は整ったか?」

あの司令官が立っていた。相変わらず視線は嫌な物だったが。

「はい、出発できます」

「なら、予定を変更し直ちに出発しろ。私からは以上だ」

それだけいい、司令官は踵を返した。

ナギサはどうも、あの司令官の前にだけは立ちたくないようだ。

「おーおー、あの司令官様、相変わらず喧嘩売るような態度だったな」

見物していたらしい研修兵たちが、次々と乗り込んで行く。

「茶化すな、俺はあれが嫌いだ」

「へーへー、それは大変申し訳ありませんねー」

その後ろに続くように、ナギサとリエルもバスに乗り込む。

席に着き、シートベルトを締めたと同時にエンジンがかかった。

「リエル」

「ん? なあに?」

リエルの手を握り、ナギサはいう。

「今回も、頼むぞ」

すると、リエルは満面の笑みで答えた。

「もちろんだよ、ナギサ」

それを合図のように、研修兵を乗せたバスは出発した。



――約二時間後、現場に着いたナギサたちはそれぞれの部隊員に連れられ、各配置に着いていた。

「――俺たち最前線部隊はとにかく突っ込んで戦線を押し上げる。重要な作戦を抱えてる奴らに敵を寄せ付けねぇようにすることが主な作戦だ。特に考える必要はねぇが、仲間の助けが上がったときはすぐさま分割し、片方が向かう。それだけは覚えて置いてくれ」

ナギサとリエルが配属されたのはこの最前線部隊。能力的には一番合っているだろう。

「――こちら、最前線部隊。これより戦線を立ち上げる」

部隊長が耳に装着した無線通信機器を通し、各部隊に状況を通達。便利な時代になった物だ。

「……よし、じゃあお前ら! 行くぞ!」

各隊員が武器を構え、部隊長を先頭に駆け出し、ナギサとリエルもそれに続く。

「敵の反応は今のところはないが、いつ、何時、どこから来るか分かったもんじゃねぇ。気ぃ抜くなよ!」

「おうよ隊長! 新人にかっこわりぃところ見せられねぇもんな!」

「俺たちの力、しっかり目に焼き付けとけよ!」

強い団結力に、ナギサは少々驚く。

やはり、生死をかけた戦いの中で、人の絆という物はこうも強くなるのかと、あらためて実感していた。

「ナギサ、また不安?」

横にいたリエルが心配そうな眼差しを向けて来る。

ナギサは首を横に振り、リエルの手を握った。

「ちょっとした考え事だ。気にする程度の物じゃないよ」

「そう、私も頑張るからね?」

「期待してるよ」

「――前方より襲来だ! 構えろ!」

隊長の声にはっとしたナギサ、すぐさまリエルが翼を広げる。

「リエル!?」

飛翔し始めるリエルの手を引っ張りナギサ。しかし、リエルは笑顔でこう答えた。

「いつも通り、でしょ?」

ナギサは数秒考え、静かに首を縦に振った。

握っていたリエルの手を離すと、リエルも頷いて敵陣に向かって飛んで行く。

姿を見せたのは輪郭がはっきりとしない霧のような物。

気づかれる前にリエルは右手を振り上げる。

「目標、捕捉! 掃射、よーい!」

リ軌道に合わせて生成された光球が、右手を振り下ろすと共には放たれる。


「撃てぇっ!」


着弾した光球が爆発を起こし、あたり一帯を光で埋め尽くす。相変わらずすさまじい威力だ、とナギサは感心する。

「反応、消滅……すげぇな、新人!」

隊員全員が戻ってきたリエルを称賛する。リエルは少し照れ臭そうだった。

「えへへ……頑張りましたっ」

「おーし! この調子で押し上げてくぞ!」

『おー!』

一致団結し、その後は部隊の見事な連携と、リエルの力のおかげで無双状態。ナギサはただ支給された銃をただ撃っていればよかった。なんと楽な仕事か。

戦闘開始から三十分近くが経過した頃、あたりの反応がある程度消滅し、一息ついていた。

「お疲れ、新人! そっちのお嬢ちゃんはすげぇな! 今、歳はいくつだい?」

隊員の一人がリエルに問う。

「え!? えぇと……」

リエルが困ったようにナギサを見る。

「リエルは永遠の十八歳で通ってるんで」

「おぉ、そうかそうか」

なぜか納得したように隊員が仲間の下へ戻って行く。

「あ、あんなこといって平気だったの?」

「納得してくれたみたいだからいいさ。それより、怪我は?」

リエルの手に触れるナギサ。

「大丈夫、どこにもないよ」

「よかった、さっきの無線を聞く限り、他の研修兵たちも元気そうだし、今のところ俺の心配もなし、このままことが上手く収まってくれればいいんだが」

「そうも行かないのがこの世の中、でしょ?」

「……俺、そんなにいってたか?」

「うん、聞き飽きたぐらい」

「……今度から気をつける」

「――二人とも! そろそろ出発するぞ! 反応が戻り始めたからな!」

隊長の声に返事をし、ナギサとリエルは隊列に入る。

「こちら最前線部隊、これより二次に入る――……こちら最前線部隊! これより二次に入る! …………」

まさか、とナギサは目を見開いた。

「おかしいな、無線は入ってるはずなのに……」

騒めきの中、ナギサとリエルは顔を合わせた。

「隊長、どうする?」

隊員の一人が不安そうな顔を向ける。

ナギサは今自分がどんな顔をしているか分からなかった。

ただ一つ、不安が全身を開け巡っていた。

「……心配だが、今は戦線を押し上げるのが優先だ。敵さえ倒せば少しは楽になるはずだ」

「やることは変わらねぇか、上等だぜ!」

指揮が上がる中、ナギサは顎に手を当てる。

電波障害でもない突然の無線切れ、機材の調子が悪いと一般人が考えるなら、ナギサは一つの可能性を考える。

この世界にはバグという存在がある。

大昔、よりは割と最近、人類は全てをボタン一つでできてしまうシステムを開発し、世界を動かしていた。そんなある日、そのシステムに『バグ』が発生し、それを合図に急速にバグが拡大して行った。

数年のうちに、世界のほぼすべてがバグに支配され、現在のナギサたちのような部隊が結成された。

しかし、それでもバグの猛威は止まらず、進化するバグを前についに武器は意味をなさなくなり、世界は今もなおバグの支配下に置かれている。

人々の生活より、政府の安全と維持を優先したせいで、世界は急速な物資不足。武器の生成すらできなくなり、今は少しでも強いバグが現れると太刀打ちできなくなってしまうほどだった。

――必然的な結果、とでもいっておくか。

ナギサは、そんな政府が嫌いだった。

嫌い、というよりも、関心がない、という方がいいだろう。

「ナギサー? また考え事?」

ふと、ナギサの顔を覗きこんで来たリエル。

二、三度瞬きをしたナギサは我に返る。

「ごめん、また考え事してた」

「心配するのはいいけど、少しは自分でも戦ってほしいなー。私だって、いつもナギサの傍にいられるわけじゃないから」

「分かってる、ありがとうリエル」

リエルの頭を撫でるナギサ。リエルは嬉しそうに目を細めていた。

「ん? こちら最前線部隊、どうした?」

隊長が無線機に手を当てると、隊員たちが隊長を守るように囲う。

「……え? なんだって? お、おい!」

隊長が声を荒げるが、無線機の奥の声は途絶えてしまったようだ。

「隊長、なんて?」

「ノイズが酷くて聞き取れなかった」

その言葉を聞いた途端、ナギサは無線機を使いすぐさま連絡を取った。

「こちらナギサ! 研修兵総員、応答を!」

『――…………』

しかし、誰もその声に応える者はいなかった。

「…………リエル、最悪の事態を想定するぞ」

「うん、分かった」

そっと、リエルはナギサの手を握った。

不安を掻き消すように力強く握ったナギサは、隊長に向けて口を開く。

「隊長、バグが発生したかと考えます」

「バグ? バグってあの、凶悪なバグのことか?」

肯定するように頷くナギサ。

「だとしたら、他の部隊が危ない。それに、さっきの無線も納得が行く。バグが発生するとシステムが正常に稼働しなくなるっていうしな……だが、もしバグが発生したとしたら俺たちでは歯が立たない――待て、こちら最前線部隊」

話の途中、再び隊長の無線機に連絡が入り、すぐさま隊長の表情が変わる。

「どうした!? 状況の報告を! おい! 状況の報告を!」

ナギサの予想が確信に変わって行く。

「ナギサ……」

いつの間にか、リエルの手を握る力をさらに強めていたらしく心配そうな声がかけられる。

「……絶対、生きてる。そうだよな」

暗示のように呟いた言葉と裏腹に、隊長から告げられた。

「他の部隊に敵襲だ! すぐさま応援に向かうぞ!」

走り出した隊長に続くように、ナギサたちは走り出す。

その最中も、隊長の無線には次々に連絡が入り、途絶えて行く。

ナギサの願いに神様は耳を傾けてくれないようだ。

「ナギサ、痛いよ」

リエルの手を離さんばかりに握りしめるナギサ。

「……悪い、でも、こうでもしておかないとおかしくなりそうなんだ」

「ナギサ……」

「――た、隊長!」

そして、神様は悲しくも、ナギサの期待を裏切った。

「――ぜ、前方に、きょ、巨大な!」

そこにいたナギサとリエルを除いた全員が、恐れ慄いた。

「――バ、バグの発生だ!」

きっと、ここに来るまでに何人も倒してきた、バグが、そこに立っていた。

姿はもはや人間のそれを超え、化け物に化け物を足したような恐怖の権化の姿をしている。人によっては戦意喪失するまでの威圧感と異常感を漂わせ、奇妙な呻き声をあげている。

触手のような物をナメクジの要領で使い、こちらに近づいて来るその姿はもはや言葉に表したくないほど。それの通った跡は何かの液によって溶かされ、腐り始めている。

これが、バグ。ナギサが予感していた最悪の可能性の原因。

「――――っ!」

ナギサは咄嗟にリエルを守るように前に出る。

「そ……う、員、て、撤退! 撤退だ!」

隊長の指示を聞くまでもなく、全員が武器を捨て、背中を向ける。

しかし、バグはそれを許す隙もなく、移動速度とは見合わない素早さで隊員たちを捕らえ、瞬く間にその姿は消えていた。

「リエル! 俺の傍を離れるな!」

ナギサが、どこから出したのかマフラーを首に巻き付けながらいう。

リエルは何度も頷き、その手を握りしめる。

一瞬の油断もするさない緊迫した空気の中。構え続けるナギサと呻き続けるバグ。

その空気を壊したのは――


「――……ナ……ギ、サ」


「え……?」


――バグが、確かにナギサの名を呼んだことだった。


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