プロローグ:前世を思い出しました
真っ暗な部屋の中で、ろうそくの炎だけが揺れている。しんと静まった部屋の中で難しい顔をしたお兄さまが、ブツブツとよくわからない言葉を唱えていた。
「ーBAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUSー」
大好きなお兄様が言葉を紡ぐたびに、風のない部屋のろうそくが揺れ、凍えるような寒気に襲われる。私は震える脚を叱咤して、ドアの隙間からその光景を見つめていた。
「来たれ 天を追放されし者 冥界の守り手よ」
頭の中で誰かが告げた、この光景を見てはいけないと。早くここから立ち去って、温かいベッドの中に潜り込んで眠りなさいと。
「汝 暁を喰らい 夜の帳を征する者 闇の朋友にして同伴者よ」
部屋の中の床に夥しく書き連ねられた文字が怪しく光り始める。それが魔法陣と呼ばれるものだと、頭の中で誰かが言った。そしてもう帰るのだ、と。
「生娘の純潔と共に その溢れる鮮血を啜り 影の中墓場をさまよう者よ」
脚がすくむ、頭が割れるように痛い。
「あまたの人間に恐怖を抱かしめる者よ」
お兄様の声が、どこか遠いところで聞こえている気がする。私は目の前の光景があまりに信じられず、言葉を失って床に足をついて倒れこんだ。
「アルタ カルマ 千の形を持つ月の庇護のもとに」
ー駄目だ、これ以上この光景を見てはー
私は踵を返して立ち上がろうとしたが、脚が重りのように動かない。そして部屋中を紫色の光が覆い、魔法陣の中に黒い靄のようなものが出現した。その光景を見た時に、私はすべてを思い出した。
「我と契約を結ばんー」
この世界は私がプレイしていたゲームの世界で、そして私はあと7年後に死ぬ運命を持った悪役令嬢であるということを。
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私オリヴィエ・ノートルダムは転生者である。そのことを思い出したのは、10歳の誕生日に兄が悪魔を召喚した所をこっそり盗み見した時だった。
前世の私は中高を勉強に費やして、青春もまともに送らないガリ勉だった。
勿論そんな状態で、夢の大学デビューも失敗し、当然恋人などできるはずもなく、大学が終わった瞬間に乙女ゲームをプレイする立派な喪女に成長していた。
特に思い入れのあったゲームは「恋と魔法と召喚陣」で、魔法学校を舞台に、悪魔の呪いのかかった美少年たちを救い、その呪いを解いていく中で彼らと心を通わせ結ばれるというストーリーだ。所謂乙女ゲーなのだが、衝撃の鬱展開と敵味方関係ないあまりのデッドエンドの多さに批判が殺到し、即販売中止となった幻のゲームなのだが、話の重厚さと伏線の多さが魅力的で大好きなゲームだった。ちなみに世間ではクソゲーと批判を浴びていた作品にも関わらず、私はフルコンプした。
そんな虚しくとも素敵な喪女ライフを送っていた矢先、私は母親から無理やり設定されたイギリス留学に行くために乗った飛行機が墜落し、恐らく命を落とした。最後に私がみた景色は炎に覆われ、逃げ場を失って地上に落下する飛行機の中で人々が悶え苦しむ姿だった。
そんな前世を思い出した瞬間に、自分が何者であるかを理解した。
魔法陣の中から悪魔が召喚されているのを見た時、「恋と魔法と召喚陣」の悪役令嬢であるオリヴィエ・ノートルダムが悪魔に地獄へと引きずり込まれて死ぬ場面が頭の中に流れ込んできた。
オリヴィエ・ノートルダムは「恋と魔法と召喚陣」のメインヒーローである第二王子レイノルドの婚約者であり、どのルートに入ってもヒロインを虐め倒し、あまつさえその命も狙うれっきとした悪役だ。
ヒロインの一番の敵として、終盤にヒロインを殺すため悪魔を召喚するのだが、オリヴィエはどのルートでも最終的にそのたくらみが失敗して悪魔との契約違反により地獄に引きずり落とされ殺されてしまう。
そして、その悪役令嬢オリヴィエ・ノートルダムに私は転生してしまっていた。
「何が何でもデッドエンドなんて、このゲームどうかしてるわ!!気でも狂ってるんじゃないの、このクソゲー」
勿論こんな狂ったゲームだからこそ販売中止に追い込まれ、今では知る人ぞ知るマイナーゲームになっているんだが。しかしながら、何とかしてデッドエンドを回避しなくてはならない。絶対に、何があっても、是が非でも。
だけど私だけ助かってもいけない、何故なら攻略キャラも固定ルートに入った瞬間に固定ルート以外のキャラが死ぬ可能性があるからだ。
私は痛む頭を抱えながら、鏡の前で自分の姿を見つめながら決意した。
深紅のロングカールの髪に、淡いミントグリーンの瞳。そして陶器のような肌。それこそ何処かお姫様のような、第二の私の姿。だが、私はヒロインでなく、悪役令嬢なのだ。このまま何もしなければ恐怖と死が待ち受けている。
このゲームを原作ルートに入れてしまうと、私は当然のこと、それ以外でも必ず死者が出る。だったら完全にゲームの世界を壊すしかない。ヒロインすらも不可能だった死者なしでの原作クリアを可能にするのは、この世界で私だけかもしれない。
まあ、勿論まずは自分のDEADEND回避が最優先だが。
「私この禁断のクソゲーを誰一人DEADENDなしでクリアする、それが私のなすべきことだわ」