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イノシシ!? リリーさん  作者: カワラヒワ
9/16

予感

 季節は冬も終わりに近づき、もうすぐ春がくる。少ししたら、雪も解け始める。

「ノボルさん、まだ?」

「せかさないでください。今、考えているんです」

 ノボルは腕を組み、真剣な顔で考え込んでいる。

 畑に出られない雪の間、二人は家の中で、本を読んだり、テレビを見たり、ゲームをしたりして過ごした。

 ノボルはオセロゲームにはまって、すぐに負けるくせにしょっちゅう「オセロしましょう」とリリーを誘った。

 

「降参してもいいのよ」

 リリーが笑って言った。

「降参なんてしませんよ。一発逆転がどこかにあるはずです」

 ノボルは白黒の駒を指で回しながら、盤面を睨んでいる。

「紅茶、入れるわね」

 リリーがこたつから出て言う。

「はい。砂糖、多めでお願いします」

 ノボルは盤から目を離さないで言った。


 キッチンへ行くと、窓から優しい光が差し込んでいた。

 空に目をやると、白い雲の中、渡り鳥が列を組んで飛んで行くのが見えた。

「ララララア~ ラララ ラララ ラア~ララア~ラ ラララララ・・・」

 リリーは小さな声で歌った。

 何となく感傷的な気分だった。

 リビングに目をやると、勝つのを諦めたノボルが、こたつで大の字になって寝転がっているのが見えた。

  

 その日は寒い朝だった。

 リリーは布団の中で、もう一時間もうだうだしている。

 布団の中から出たくないとリリーは思う。

 カーテンを通して明るい陽射しが見える。

 お天気がいいから、外は案外、暖かいのかもしれない。

 きっと、カーテンを開ければ、部屋は陽射しで温かくなるだろう。だけど、今、布団から出たら、寒いに決まっている。


 あ~あ、いやだなあとリリーは思う。

 さっきからキッチンで水道の水を出す音や、包丁で何かを切る音がしている。

 ノボルが朝ごはんの支度をしている音だ。

 ノボルはいつも、きっちりと決まった時間に起きて、リリーが起きそうな時間に合わせて朝食の用意をしてくれる。

時々、リリーが寝坊をして、眠そうな顔で遅くに起きて来ても「まだ、寝ててもよかったのに」と言ってくれる。

悪いなあと思う。早く、ベッドから出て、ノボル「おはよう」って言いに行かなくちゃと思う。たまには、早く起きてノボルのために朝食を作ってあげたいと思う。思うけど・・・。


はあっ、とリリーは大げさにため息をついて、布団を頭までかぶった。

もし、ノボルがいなかったら、一日寝ているだろうな。ノボルがもっと、朝寝坊してくれたらいいのに。そんなことを考えた。


リリーは仕方なしにベッドから出て、ガウンを羽織った。

足音を忍ばせてキッチンへ行く。

ノボルはリリーがいくら忍び足で歩いても、リリーに気付いている。だから、いつも、リリーがキッチンを覗くとこっちを見ている。

 今朝もきっとそうだろうと思って、そっと部屋を覗いた。


 ノボルはいつも、いつものスマイルで「おはようございます」というはずなのに、今朝のノボルはリリーに気付いていないようだった。

 ノボルは火にかけた鍋を見つめて、何か考え込んでいるようだった。

 随分神妙な顔つきだ。


 ノボルの見た事のない表情に、リリーは声をかけられなかった。あたしに気付かないほど考え事をしているなんて。

 もう一度、寝室に戻ろうかと思った。しかし、力を入れた足元の床板がきしんで音をたてた。ノボルははっと顔をあげ、

「あっ、リリーさん」

 と振り向いて言った。

「おはよう」


 リリーはなんとなく決まりが悪くて、小さな声で言った。

「おはようございます。今、起きたんですか? 寒いですよ。早くこたつに入ってください」

「うん」

 リリーはうなずいてこたつに入った。

 テレビをつけると、ワイドナショーで、政治家の人のことについて、話しをしていた。

「ちょっと待っていてください。今から、玉子を焼きますから」

 ノボルがリリーの背中に向かって言う。

「うん、ありがとう」

 リリーは振り返って言った。


 何度、この光景があったかな。リリーはキッチンに立つノボルを見ながら思った。

 そんなに多くはないはずなのに、もう、何年も繰り返しているような気がする。

 少しして、ノボルが料理を運んできた。


 温かい味噌汁と玉子焼き、炊き立てご飯に白菜の漬物。

 のんびり食べる朝食。

 テレビでは相変わらず、司会者とゲストが難しい顔をして、批判的な話しばかりしているけれど、ここはなんて平和な空間なんだろうとリリーは思う。


 リリーが微笑めばノボルも微笑む。


 食後の甘い紅茶とチョコレートを食べ終え、温かくなった体と、満たされたお腹のせいで、また眠くなる。

 リリーはあくびをかみ殺して、

「ノボルさん、さっきお料理しながら、何を考えていたの?」

 ときいた。

「えっ、さっきですか?」

 ノボルが紅茶のカップを置いて言った。

「うん、あたしがキッチンを覗いた時。あんまり真面目な顔をしていたから、声をかけにくかったわ」

「そうですか。ただ、ぼーっとしていただけだと思います」

 ノボルは笑った。笑ってから口を閉じて、リリーをじっと見た。

「何?」

 リリーが少し目を大きくして言った。

「いや、何も」

 ノボルは口ごもり、

「また、今度話します」

 と、言ってテレビの方に顔を向けた。


 コマーシャルの聞きなれた歌が聞こえる。

 リリーはノボルの横顔を眺めた。

 少し伸びた髪が、目のところまできている。

初めて会った時より、ちょっとふっくらとした頬。鼻筋、長いまつ毛、ふくらんだ唇、丸いあごの線。目の輝きはあの時のまま。

 いつかこの横顔も見られなくなるんだな。不意にそう思った。

 いつかじゃなく、もうすぐかな。

 リリーの心に予感のようなものが浮かんだ。

 コマーシャルが終わり、また、討論が始まった。リリーはうわの空で画面を見つめていた。 


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