銃声
月日は流れ、また半年が経った。
夕方、二人は揃って畑から帰って来た。
「そらっ、二人が帰って来た」
「いつものようにね」
二匹のネズミは窓から外を眺めて言った。
「仲がいいってこのことか」
「そうだ」
「あいつらが、けんかしたとこ見た事あるか?」
「一度もないな」
「ふん、つまらない」
「つまらない」
二匹はチュー、チュー騒ぎ立て、走り回り家具の隙間に入った。
ネズミたちは、ノボルが棚の上に飛び乗った件依頼、ノボルの前に姿を見せなかった。
「あいつ、ただ者じゃないからな」
「うん、すごく、素早いんだ」
「俺たちよりも」
「そうだ、俺たちよりも」
ノボルがネズミたちを怖がるように、ネズミたちもノボルを怖がった。ネズミたちが姿を見せないのは、お互いのためにその方がよかった。
「だけど、あいつ悪いやつじゃない」
「知ってる。悪いやつじゃないね」
「リリーはあいつといると楽しいんだ」
「よく笑うね」
「うん、よく笑う」
二匹はうなずき合った。
「だけど、俺たちには関係ないんだ」
「そう、そう、関係ない」
ネズミたちは、おかしそうにクフフッと笑った。
ある日、いつものようにリリーとノボルは畑仕事をしていた。
昼近くになり、仕事が一段落したノボルが「今日は、僕が昼食を作ります」そう言って、リリーより一足先にに帰って行った。
リリーはラディッシュの芽の間引きを続けた。
「あたし、ラディッシュ大好き。形がかわいいし、色も赤くてきれい。それにおいしい。
早く大きくなるといいなあ」
そんな独り言を言いながら、丁寧に作業をしていた。
爽やかな、涼しい風が木々を揺らし、穏やかな時間が流れていた。
リリーはほっとため息をついた。たまに一人っきりになれる少しの時間が、リリーは好きだった。
一人でいると心が静かになる。
ノボルがいると落ち着かなくなるとか、そういうわけではない。ノボルがいると、優しくなれるし、楽しい気分にもなる。
けれど、いつもいつも、二人っきりでいると、時々窮屈になる。
ノボルはいつも優しい。いつも、リリーのことを気づかってくれる。
ぼんやりしていたら「どうしましたか?」ってきくし、ちょっと静かにおとなしくしていたら「元気がないですね」って言う。
あたしだって、いつも元気いっぱいというわけじゃない。ぼんやりしたり、おとなしくしていたい時もたまにはあるんだから。
とリリーは思う。
ああ、だけど、いい気持ち。
ラララ~、リリーは歌をうたいながら、作業を続けた。
もうこの辺で終わりにしょうと思った時、何となく変な感じなのに気が付いた。
森がいつもより静かなのだ。風が止んだせいだろうか。鳥の鳴き声も聞こえない。
リリーは顔を上げた。いやな予感のようなものが脳裏をかすめる。
その時、ズガーンと静寂を破って銃声が響いた。ズガーン、ズガーン、と続けて二発。
リリーははっと体を起こし、辺りを見渡した。火薬の臭い。
十メートルほど離れた大きなヒノキの下を、牝鹿が走って行くのが見えた。
ハンターに追われているんだ。
リリーは一瞬、体がこわばって動けなかった。
どうしていいのか、わからない。
リリーは咄嗟に両手を地面についた。
ズガーン、また、銃声。
リリーは夢中で駆け出した。
撃たれる。あの猟銃で撃ち殺される。母が撃たれた時のように。
追いかけてくる。どこまでも。ハンターは怖い。恐ろしさで回りが何も見えなかった。
無我夢中で駆けた。リリーの本能がそうさせていた。
ただ、走った。茂みの中も、ぬかるんだ地面もきれいな花も蹴散らかして。
どれだけ走ったのか、どれほどの時間が経ったのか、リリーにはわからなかった。
もう、銃声は聞こえない。火薬の臭いもしない。ハンターも追って来なかった。
それでも、リリーは恐ろしくて、聞き耳を立て臭いをかいだ。
リリーはへとへとだった。体は濡れて泥だらけで、息をするたび肺はゼー、ゼー音をたてた。
アナグマが掘った穴を見つけると、リリーそこに入りうずくまった。
何も考えられなかった。怖いということしか心になかった。
それから、また、どれ位時がながれたか、リリーは急に風の冷たさを感じて頭を上げた。
あたしは眠っていたのだろうか?
目の前にいた小さなコオロギが羽を震わせて泣き出した。
辺りは暗くなっている。
さっきのは夢だったのかもしれない。ぼんやりした頭で考えた。
でも、あの鋭く響く銃の音や火薬の臭い。
逃げる鹿。さっきあったことが、在り在りと思い出せる。
ああ、夢なんかじゃない。
リリーは頭を振った。
ノボルさんに会いたい!
リリーは思った。
早く帰らなきゃ、ノボルさんがあたしの帰りを待っている。おいしいお昼ごはんを用意して待ってくれている。帰りが遅いあたしを心配しているにちがいない。
早く帰らなきゃ。リリーは思う。
早く、早く、ノボルさんに会いたい! ノボルさんの顔が見たい! いつも優しいノボルさん、いつも笑っている素敵なノボルさん。
ノボルさんの大きくて温かい手。ノボルさんと手をつなぎたい!
リリーは駆け出した。野生の勘を働かせ、自分の帰る所を目指して一直線に前に進んだ。




