ノボル 4
二人はスーパーで色々な食材を買った。
肉や玉子、缶詰め、チーズ。米にパスタにビールやワイン。その他お菓子なども。
「シュークリームも買おうかな。ノボルさん、シュークリーム好き?」
リリーがきく。
「シュークリーム大好きです。ぼく甘党なんです」
ノボルが目を細めた。
「じゃあ、二個ずつね。夕食後に食べましょう」
「えっ、でも」
ノボルがちょっと心配そうに言う。
(やっぱり、だめかしら。夕食まで誘うなんて。夕食食べて泊まっていけなんて、変な女だと思われるかしら)
リリーも心配になって考えた。
「でも、そんなにまでしていただくのは、迷惑じゃないですか? ぼくはそんな風に言ってもらってすごくうれしいのですが・・」
「全然、迷惑じゃないわよ。父が使っていた部屋も空いているし、遅くなるから、今夜は泊まってもらってもいいかななんて思ってるんだけど」
「えっ」
ノボルが驚いて小さな声を出した。
「無理ならいいのよ。荷物は運べないわけじゃないから。服は送ることもできるし」
「いえ、さっきも言ったように。喜んで運ばせてもらいます。でも、僕みたいな素性の知れないものを泊めたりしていいんですか」
真面目な顔でノボルがきく。
「変な人だったら最初から家に入れないわよ。
大丈夫な人ってわかったから、いろいろ頼んじゃったの。でも、泊まるのは迷惑じゃなかったらだけど」
「迷惑だなんて、そんなわけないです」
ノボルは首を振り、
「すごく、ありがたいです」
そう言って、ちょっと照れたように笑った。
「よかったわ」
リリーもうれしかった。また、夕食も一緒に食べられる。そして、朝食も。
「じゃあ、行こうか」
スーパーの時計の針が五時を指していた。
もう、日は西に傾きかけている。空にはうろこ雲が浮いていて、空気にも秋の気配が漂っていた。
その日の夕食の食卓には、たくさんのごちそうが並んだ。
とりの唐揚げ、ポテトサラダ。スパゲティにハンバーグ。トマトとキュウリのサラダなど。
全部リリーの好物ばかりだけれど、若い男の子が好みそうな料理だ。
とりの唐揚げを油で揚げていて、リリーの手に油がはねた時の、ノボルの素早い反応には驚いた。
リリーがあっ!と言った瞬間、もう隣りに来ていて「大丈夫ですか?」と言っている。
すぐに、火を消して水道水で冷やしてくれた。
(なんて、敏捷な人なんだろう)
「あとは僕がやります」
(そして、優しい)
リリーは思った。
楽しい夕食だった。ノボルが食べていうのを見ているだけでも楽しかった。
ノボルは本当においしそうに食べる。時々うなずいて、微笑んで楽しそうに食べる。
つい、ノボルにつられて、リリーもパクパクと食べた。いくらでも食べられそうな気がするくらいだ。
(食べ過ぎかしら。また、太ってしまうわ)
リリーは自分のお腹の肉を、つまみながら考えた。
リリーの父は小食で、好き嫌いも多かった。だから、作る料理も少しで、料理のメニューも決まっていて、あっさりした料理ばかりだった。
それで、リリーも父がいた頃はほっそりしていたのに、今じゃ、あのころより十キロ以上は太っている。
「どうしたんですか?」
うつむいて、お腹をさすっているリリーに気付いて、ノボルが言う。
「お腹、痛いんですか?」
心配そうな顔になっている。
「えっ、何でもない、何でもない」
リリーは手をひらひらさせ、笑って、
「もう一回乾杯しましょう」
とグラスを持ち上げた。
「あ、ああ」
ノボルも慌ててグラスを持ち上げる。
「乾杯」
グラスを合わせてリリーが言った。
(今日は特別よ。楽しいんだから。いいの)
リリーはワインをグイッと飲んだ。
次の日の朝、ノボルは今日も畑仕事を手伝いたいとリリーに申し出た。
リリーの返事はもちろんオーケーに決まっている。
「あなたが手伝ってくれれば、仕事がはかどるわ」
リリーの本心だった。でも、それ以上にノボルと一緒にいられる。また、一緒に食事ができる。そのことが一番リリーはうれしかった。
朝食を食べて畑に行く。
ノボルはテキパキと働いた。土を触るのに慣れているようだった。
昼食の時、
「トマトはもうこれで終わりですね。あのニンジンの芽はもう間引きした方がよさそうです。肥料もしっかりやらなくちゃ」
とノボルが言う。
「よく知っているのね」
リリーは感心して言った。
「お家は農家さんなのかしら」
「いや、父はサラリーマンです。父の趣味で色々作っているんです。それで、僕も子供の時から手伝わされました。小さい頃は、畑仕事なんて好きじゃなかったんですけれど、高校生ぐらいの頃から野菜を作るのって楽しいなと思うようになりました。実とうれしいし、みんな喜んでくれるし」
リリーはうなずいて聞いている。
「自分が作った野菜はすごくおいしいし」
ノボルが楽しそうに話す。
「妹さんも一緒に畑仕事するの?」
「はい、妹もします。僕と同じように、野菜を作るのが好きらしいです。その妹も最近、結婚して・・」
ノボルがそこで言葉を切った。何か思い出したくないことを、急に思い出したような、そんな感じだ。
(きいてはいけないことだったのかしら)
リリーは思った。
丁度その時、チュー、チューとネズミたちの声がした。
椅子に座っているノボルの足元で、二匹のネズミがノボルを見上げている。
「あっ! ネズミッ!」
ノボルが叫んだ。
「あっ!」
リリーも驚きの声を上げる。
ノボルがその瞬間跳ねあがって、近くにあった整理棚の上に飛び乗ったからだ。
リリーと同じぐらいの高さの棚だ。
りりーは唖然として、ノボルを見上げた。もし、ジャンプの達人が、全力でジャンプしたとしても、この高さまでは飛べそうにない。
いくら驚いたからって、ここまで火事場の馬鹿力みたいな力を出せるものだろうか。
ネズミたちも驚いて、どこかへ消えた。
「ああ、びっくりした」
ノボルが棚の上で体を低くして言う。
「ネズミ、どこかへ行きましたか?」
「うん。ネズミたちもびっくりしたみたいよ」
ノボルはフウ~と息を吐き、安心したように肩の力を抜いた。
「あたしもびっくりしたわ」
リリーも同じように肩の力を抜く。
「降りても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。きっと、もう出てこないわ」
「すみません」
ノボルはするりと音もたてずに、棚の上から下へ降りた。
この見のこなし、まるで忍者みたい。リリーは思った。
昼からの仕事は早めに済ますことにした。
暑い日だった。真上の太陽がギラギアと体を射してくる。
風もほとんどなく、照り返しもきつい。やっと涼しくなりかけたと思ったのに、また、夏に戻ったようだ。
熱射病になりそうなくらい、頭もクラクラしてくる。
ノボルは「僕は大丈夫ですよ」なんて、平気な顔で言っていたが、こんな日は長い時間
畑仕事なんてやっていられない。
「もう、今日はいいわ。続きはまた明日にしましょう」
あっ、明日なんて言ってしまった。もう、帰ってしまうかもしれないのに。
リリーははっとして、ノボルを見た。
でも、ノボルは戸惑う様子もなく、笑って「はい」とすぐに返事をした。
その日の夕食はノボルが作った。
ナスとピーマンと鶏肉のみそ炒め。それとオクラの味噌汁。
包丁さばきもフライパンの扱いも完璧だった。
要領よく手早く切って炒める。料理に合う皿を選んで、おいしそうに盛り付ける。まるで料理人のようだ。
何でもできる人なんだなあと、感心する。
ノボルは一体どうゆう人なんだろう。どんな風に家族と暮らしていたのか。どうして、あんな風に泥だらけになってここに来たのだろう。
リリーはノボルのことを知りたいと思った。
けれど、いろいろきかない方がいいのだろう。きいてほしくないようだから。昼間、妹さんのことを話していて、途中で話しをやめたのにも、わけがありそうだし。
誰だって、思い出したり、話したりしたくないことの、一つや二つはある。あたしだって・・・。
リリーは首を振った。
テーブルに湯気を立てた料理が並んだ。
「さあ、できました。リリーさんのお口に合うかわかりませんが」
ごはんを盛ったお茶碗を置いて、ノボルが言う。
「おいしそう。絶対、お口に合うよ」
二人は笑って、手を合わせた。
「いただきます」
ナスの炒め物を一口食べる。
「おいしい!」
リリーは言った。
炒め物も味噌汁も、想像以上に、おいしかった。




