ノボル 3
市場までの道のり、二人は話しながら歩いた。
リリーの父親のこと、畑のこと、毎日の生活のことなど。
ノボルはリリーの話しを楽しそうにきいて、時々そうなんだ、とかへえ~とか感心するように相づちを打った。
しかし、自分の話しはほとんどしなかった。
ノボルについて分かったことは、小さな村で両親と妹と暮らしていて、近くに親戚も住んでいるというぐらいの、大まかなことだけだった。
それでも、楽しくおしゃべりをし、自転車を押して一時間半、やっと市場は着いた。
「こんにちは。リリーさん」
店の人が声をかける。
「あら、今日は彼氏と一緒なのね」
「エヘヘヘヘ」
リリーは顔を赤らめて笑う。
ナイロン袋に商品を入れ、値札をつけ店頭に並べる。
後は店の人に任せて、二人は店を出た。
喫茶店に行こうと道を歩いていると、
「やあ、リリーさん、彼氏かい?」
と、何人かの顔見知りの人たちが、笑って声をかけてきた。
リリーはそのたび、ヘヘヘッ、と照れて笑った。
本当に彼氏に見えるのかしら。不釣り合いじゃないかな。でも、からかわれるのも悪くない。だって、ノボルさんはイケメンだもの。背が高くて、スマートだわ。笑顔もすてき
リリーはからかわれるのを誇らしく思った。
喫茶店でも注文を取りに来た女の子がノボルを見て、どぎまぎしているのがわかったし、他の店員たちもノボルのことが気になっているようだった。
リリーはメロンソーダを飲むノボルの顔をうっとりと眺めた。
やっぱり、ノボルさんは誰が見ても素敵なんだ。リリーは思った。
リリーの視線を感じて、ノボルが顔を上げた。何?という顔をしている。
「なんでもない」
リリーは焦って、首を振った。
フフフッ、と優しく笑うノボル。
私たち恋人同士に見えるといいなあ。リリーは思った。
「この席ちょっと、暑いですね」
眩しそうに窓の方を向くノボルの横顔に、日の光が射していた。
昼も大分過ぎた頃、リリーとノボルはリリーの行きつけのうどん屋へ行った。
「こんにちは」
のれんをくぐってリリーが言った。
「いらっしゃい」
いつものように、ミキが迎えてくれる。
ミキはリリーがただ一人、心を許せる友人だ。
リリーが父に拾われて、少し経ったころから、父はここのうどん屋に、まだ幼いリリーをよく連れてきた。
うどん屋の店主にはリリーと同じくらいの年の娘がいて、それがミキだった。
父は父以外の人間を怖がるリリーを、なんとかしなければならない、とかんがえたのだろう。友達を作ってやりたいと考えてのだと思う。
ミキとリリーが仲良くなるのに、それほど時間はかからなかった。
ミキは幼いころから優しく、思いやりがある子で、何も知らないリリーにいろんなことを教えてくれた。
本を読むことを教えてくれたのも、ミキだったし、恋愛についても教えてくれたのもミキだった。
学校にも行かないで、友達もいないリリーにとってミキは、唯一の友達で先生だった。
大人になってからも友情は変わらなかった。
リリーの父が死んだ時も、リリーが一人ぼっちで寂しい時も、リリーが困った時はいつでも力になってくれた。
「あらっ、今日はお連れがあるの?」
目を大きくしてミキが言った。
リリーが誰かと一緒にここに来るなんてことは初めてだった。
「うん」
恥ずかしそうにリリーがうなずく。
「ノボルさんていうのよ。畑を手伝ってくれたの。こちらはミキちゃん。友達なの」
リリーが手でミキを示した。
「こんにちは」
爽やかな笑顔でノボルが言った。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
ミキがもう一度言って、にこやかに笑う。
「どうぞ、お好きな席へ」
ミキは他の人のようにリリーをからかったりしない。ミキはいつも余計なことを言わない。そうゆうところが、リリーがミキを好きなところで、信用もするところだ。
「ご注文は?」
水を持ってきたミキが言った。
「あたしはいつものきつねうどん。ノボルさんは親子丼定食」
「わかりました」
笑顔でうなずいたミキが下がって行った。
いつもなら、注文を入れた後、ちょっと休憩しようと言ってリリーの前に座って、リリーに付き合ってくれる。だけど、今回はさすがに遠慮したようだ。
それでも、やっぱり気になるようで、厨房ののれんのすきまから、チラチラとこちらを見ている。
リリーが手を振ると、ミキも手を振って答える。
「幼馴染みなの。すごくいい人よ。いつも、あたしを助けてくれるの」
「そうなんですか」
感心したようにノボルがうなずく。ミキの方に顔を向けて、もう一度頭を下げる。
ミキも同じように頭を下げた。
「おまちどうさま」
ミキがきつねうどんと、親子丼定食を運んでくれた。
「ありがとう」
ハフハフと二人はおいしく、それらを食べた。
「また、お待ちしております」
店を出る時、ミキがニッコリ笑って二人に向かって言った。
ブラブラと散歩などして時間をつぶした後、リリーとノボルは市場へ戻った。
「リリーさん、今日はもう全部売れたわよ」
店の人が自分のことのように、うれしそうに言った。
「ええっ!もう? あんなにたくさんあったのに」
「彼氏のおかげじゃない?」
「そうかも」
リリーは店の人と一緒に笑った。ちらっとノボルの顔を見ると、ノボルもうれしそうに笑っていた。
売上を清算してもらい、店を出る。
「いろいろ買いたいものがあるから、付き合ってもらえないかな。できれば買ったものをまた家まで運んでもらえると、すごく、助かるんだけど」
遠慮がちにリリーが言う。
「はい、お付き合いさせていただきます。朝ごはんもジュースも、お昼もたくさんごちそうになって。いくらでも運ばせてもらいます」
「そんなことは気にしなくてもいいのよ。働いてくれたんだから、報酬の一部よ。でも、無理だったら断ってくれても大丈夫よ」
「そんな、無理なんかじゃないですよ」
ノボルは大げさな身振りで首をふり、
「喜んで運ばせてもらいます」
と、笑った。
「フフフッ、ありがとう」
リリーも笑って、
「それじゃあ、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。




