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イノシシ!? リリーさん  作者: カワラヒワ
3/16

ノボル 2

「リリーだ」

「リリーだね」

「誰かと一緒だ」

 ネズミたちは窓枠に立って、畑の方から歩いてくる二人を見ている。

「男だな」

「若い男だ」

「リリーったら、家に連れてくる気かな」

「そうみたいだね」

 ウフフフッ、と二匹は笑った。

 久しぶりのお客だった。ネズミたちにとっては二度目の客だ。

 半年ほど前に、三キロぐらい離れたお隣のおじさんが道に迷って、ここにたどり着いた時以来。

 お客とは言えないお客だったけれど。

 しかし、ネズミたちはそんなことはとうに忘れてしまっている。


「ただいま」

 リリーの明るい声と共にドアが開いた。

 チュー、チュー。ネズミたちは声を揃えて鳴くと、リリーたちの前から走り去っていった。

「うわっ!」

 男が小さな叫び声をあげる。

「今のは?」

 ネズミたちが走り去った方を見て、男が言った。

「ネズミたちよ。この家に住んでいるの」

「ネズミ?」

「ええ」

「へっ、へえ~、ネズミですか?」

 男の声が小さくなった。

「ネズミは苦手?」

 リリーが首をかしげてきく。

「いや、べつに」

 男はそう言ったけれど、明らかに戸惑った様子だ。

「大丈夫よ。何も悪さはしないわ。あたしが時々やるえさを食べて、その辺を走り回っているだけだから」

 フフッ、リリーはドアを閉めながら笑って言った。


「野菜はそこに置いて。ええっと、あなた、あなたのお名前は?」

「ノボルと言います」

男が言った。

「ノボルさんね」

「はい」

「あたしはリリーよ。ノボルさん、シャワーを浴びてくるといいわ。洋服は洗濯しておくから。服が乾くまで取りあえず、父の服でがまんして」

 引き出しを開けてリリーが言った。

「お父さんいらっしゃるんですか?」

「ええ、以前はね。でももう、ずっと前に死んじゃった。あ、でも服はさらよ。一度も着ていないものを残していたの」

「そうでしたか。すみません」

「いいの。どうせ着ない服だし」

 引き出しから袋に入ったままの服を取り出す。まだ、付いている値札をハサミで切った


「はい。お風呂は奥よ」

 服を渡しながら、あごで場所を示す。

 廊下の突き当りに小さなドアが見える。

「ありがとうございます。それじゃあ、遠慮なく」

 ノボルがまた、頭をペコリと下げた。


 シャワーの音が聞こえてきた。鼻歌も聞こえる。

 何だか楽しいな。まな板の音を響かせながらリリーは思った。

 父がいた時のことを思い出す。父もよくシャワーをしながら歌を歌った。楽しそうな声で、昔に流行った歌謡曲を歌っていた。

 父の歌を聴きながら、父が好きだったナスの味噌いためをよく作った。

「うまそうな匂いだな」

 風呂からあがった父はそう言って、キッチンを覗きにきてつまみ食いをした。

 懐かしい。リリーは思った。


 キュウリを乱切りにして、トマトも同じように切り、ボールに入れ混ぜ合わせる。それにオリーブオイルを垂らして塩をふる。

 自分だけのためじゃなく、誰かと食べるために料理をする。

 おいしく食べてくれるかしら、とちょっとドキドキしてしまう。でも、幸せな気分だった。勝手に頬がゆるむ。

 ボールに玉子を割り入れて、よく混ぜる。

それに塩を少し入れ、熱したフライパンにバターを入れて焼く。玉子をお箸でかき混ぜ、フライパンの真ん中に寄せ、フライ返しでひっくり返し、形を整え皿に盛る。

 そういえば、父もオムレツが好きだった。

 ああ、砂糖を少し入れればよかった。父は甘いオムレツが好きだったんだ。あの人も甘い方がよかったかもしれない。

 でも、これもおいしいし、いいかな。リリーは思った。

 次にコンロに網をのせて食パンを焼く。こんがりと焼けたら裏返しにして、チーズをのせる。

 こうばしい匂い。とろけるチーズ。

 アチチッ。

 リリーは焼けたパンを皿にのせた。


 その時、

「いい匂いですね」

 すぐ後ろで声がした。

 あっ、とリリーは声をあげた。

 いつの間にかノボルが後ろに立っている。さっきと同じだ。何の気配も音もしなかった

声をかけられるまで、気付かなかった。

 パンを焼くのに気を取られて気付かなかったのだろうか? いや、そんなはずはない、ドアの開く音や、歩くとギイギイきしむ床板の音が聞こえないわけがない。それなのに。


「すみません。また、驚かせてしまいましたか?」

 ノボルが呑気そうに笑った。濡れた髪からシャンプーの匂いがしている。

「びっくりした。さっきもそうだったけど、いつの間にかいるのね。まるでネコみたいに足音も聞こえなかったわ」

「そうですか」

 そんなことにまるで関心がないようにノボルが言う。

「シャワー久しぶりにあびて、さっぱりしました。シャンプーもかりました。ありがとうございました」

 本当にさっぱりした笑顔だ。

 そして、後ろから覗きこんで、わあっ、うまそう! とトーストとオムレツを交互に見ている。

「丁度、パンが焼けたところよ。さあ、すぐに食べましょう」

「すみません。でも、本当にうまそう」

「フフッ、そこに座って。食べていいわよ」

 リリーはダイニングテーブルに料理を並べた。

 椅子に座り、ノボルは子供みたいに嬉しそうに目を輝かせ手を合わせた。

「いただきます」

 トーストにかぶりつく。

「すごくうまいです!」

 後は無言で、夢中に食べ物を口に運んでいく。

「おいしい?」

 つい、そうききたくなる。

「はい、もうびっくりするくらいおいしいです」

「あたしの分も食べていいわよ。あと二人分作るわ」

「いいんですか? そんなに」

「食べた後、もうひと働きしてもらえるといいんだけど」

リリーがグラスに牛乳を注ぎながら言う。

「はい、働きます。何でもします」

 ノボルはサラダをほおばりながら言った。


 かわいい人。

 男の人をかわいいなんて思ったのは初めてだった。かわいいといっても、子犬や子猫のことを、かわいいと思うのと、同じではない。

 見ていて、ちょっと切なくなるような、優しくしてあげたくなるようなそんな感情だ。

 さっき会ったばかりの人なのにそんな気がしない。それが不思議だった。

 ノボルはパクパクと箸をすすめ、三人前をペロリと平らげた。

 食後に出した甘いクッキーもあるだけ全部食べて、やっと落ち着いたらしかった。

「ふう~、おいしかった。何もかも」

 ノボルが満足そうに言った。

ノボルの幸せそうな顔を見て、リリーもうれしかった。

「あなたはどこから来たの」

 ノボルが二杯目の紅茶をおかわりした時、リリーはきいた。

 質問を予想していたように、ノボルは微笑んで、

「山の向こうからです」

と一口紅茶を飲んで、言った。

「山の向こうってどんな所?」

 リリーは聞いた。リリーは山の向こう側には行ったことがない。父はあっちは何もない所だと、言っていたけれど。

「小さな村があります」

「あなたが住んでいる村? どんな村?」

「普通の小さな村ですよ。何にもない、田舎の村です」

「そう」

 ノボルはその事についてあまり話したくないようだった。何か事情があって、いろいろきかれたくないのだろうと思った。


「ああ、ほんとにおいしかった。ごちそうさまでした」

 ノボルは紅茶を飲み干して言った。

「後かたずけはぼくがします。ゆっくりしていてください」

 素早く紅茶のカップを流しに運んで、つまれた食器を洗い出す。

 なかなか慣れた手つきだ。

 水道の水を出しっぱなしにしないところとか、先に油がついていないグラスや紅茶のカップを洗うところとか、気がきいている。

「さてと、次は何をすればいいですか?」

食器を洗い終えたノボルがにこにこして言った。

「市場まで野菜を売りに行きたいんだけど、ちょっと遠いの。いいかな?」

「もちろんです」

 ノボルが大きくうなずく。

「じゃあ、もっと野菜を収穫しようかな。あなたがいてくれたら、たくさん運べるから」

「はい、たくさん運びます」

 直立の姿勢でノボルが言った。

 ハハハッ、フフフッ、二人は笑って畑に向かった。


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