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イノシシ!? リリーさん  作者: カワラヒワ
2/16

ノボル1

 リリーは毎朝、畑に行く。

 やることはたくさんある。水やり、害虫駆除、雑草取り、収穫などなど。

 最近お天気がつづいたから、野菜がたわわに実っている。


 みずみずしく赤く熟れたトマトにハサミを入れながら、今日は多めに野菜を収穫して売りに行こう。リリーは思った。

 そろそろお肉や、缶詰の蓄えもなくなってきたし、お米やお味噌も大分減ってきたことだし。

 町に行って、いろいろ買い物をしなきゃ。

お菓子もほしいな。チョコレートとかポテチも食べたい。ビールも飲みたいな。ワインもほしいけど、そんなに運べないかしら。大丈夫そうだったら、買おう。

 リリーはそんなことを考えて、うきうきしながらハサミの音を響かせていた。すると、

「すみません」

急にリリーのすぐ後ろから、男の小さな声がした。

リリーはギクッとして体をこわばらせた。

滅多に人の来ない山奥に、こんなに朝早くから何をしに。いつの間に来たのか。足音も草をふむ音も何も聞こえなかったし、気配もしなかった。


まさか! ハンターか!

一瞬のうちにいろんな考えが浮かんだ。

リリーの野生の血が騒いだ。

恐怖を感じたリリーは飛び上がりながら後ろを振り向いた。

「あっ」

 男が一歩下がり、また小さな声を出した。

 男の方もリリーの動きに驚いたようだった。

「驚かせてすみません」

 男は自分も驚きながらも、申し訳なさそうに言った。

 白いティシャツにジーンズを穿いた、背の高いすらっとした男だった。

 銃など持っているはずもなく、両手を胸元まで上げて手のひらを開き、びっくりした仕草をしている。

 ハンターじゃなかった。


 当たり前だ。ハンターがわざわざ獲物にすみませんなんて声をかけるはずはない。

 それにもし、ハンターだとしても、今のリリーは獲物なわけがない。

 ちゃんと洋服を着て、二本の足で立っている。四つん這いの毛むくじゃらのイノシシの姿ではなく、人間の姿で。


 ハンターについては、恐ろしい思いでしかない。

 リリーがイノシシだった頃、母がハンターに撃たれるのを見たためだ。逃げ惑う母とリリー、ハンターの声、銃声、火薬の臭い。

 それがトラウマになって、今でも夢にうなされる。このことは、月日が経ってもきっと忘れることはできないだろう。


 しかし、目の前にいる男は自分に危害を加える者ではない。そうわかってリリーはほっとした。

「へへへっ」

 リリーは笑って、開いていた足を慌てて閉じた。

「ふふふっ」

 男も笑った。

 優しそうな目をしている。少し長めの黒髪で、体は細そうに見えたが、半袖のティシャツから出ている腕は筋肉質で力がありそうだった。

「いい畑ですね」

 男が畑を見回すように首を動かして言った。

「いろいろたくさん実っている」

「ええ、まあ」

 リリーは自分の顔が赤くなるのを感じた。


「あのう」

 男が言いにくそうに口ごもりながら言う。

「頼みがあるんですけど」

 上目づかいに恥ずかしそうにしている。

「何かしら」

 リリーは微笑んで優しく問いかけた。

「実は僕、三日ほど何も食べてないんです。畑仕事を手伝いますから、トマトかキュウリなんかを少し分けて頂けないでしょうか」

 男が少し笑って言った。

「まあっ! 三日も!」

 リリーが驚いた声をあげた。

「はい、森の中でちょっと迷ってしまって」

男は自分の頭に手をやって笑った。

よく見ると男の頬はこけ、唇はかさかさに渇いている。服もほこりで汚れているし、靴も泥だらけだった。

「かわいそうに」

 リリーは同情して言った。


 収穫していたトマトを、かごから取り出してタオルで磨く。

「はい、食べて。農薬は使ってないから、洗わなくても大丈夫よ」

 トマトを手渡す。

「いいんですか? 先に頂いても」

「どうぞ。だって腹ペコな人に手伝いなんて頼めないでしょう」

 リリーが笑う。

「ありがとうございます」

 男はトマトにかぶりついた。

「うまいっ! こんなうまいトマト食べたことがない」

 口の端をトマトの汁で赤く染め男が言う。

「うふふふふ」

 リリーはおかしくて声を出して笑った。

 あたしもこんなにおいしそうにトマトを食べる人を、見たことがないわ。とリリーは思った。

 トマトはあっという間にへただけになった。

「もうひとつ、どうぞ」

 リリーがトマトを手に持って言った。

「いいえ、今ので元気になりました。仕事をした後で、またもう一つ頂きたいです。いいですか?」

 男が笑って言った。

「もちろん」

 リリーはうれしくなって答えた。

「じゃあ、ハサミを借ります」

 男はハサミを手に取った。

 男はリリーの指示に従って、もくもくと働いた。

 テキパキと手慣れた様子でハサミをさばき,オクラ、トマト、キュウリ、ナスなどで収穫かごはすぐにいっぱいになった。

「ありがとう、助かったわ」

 本当に大助かりだ。

「いえ、これくらい容易いです」

 男は照れたように頭をかきながら言った。

「家まで運んでもらえる? あたしも朝食まだだから、一緒に食べしょう」

 お腹を空かせててもしっかりと働いてくれた男に、何かおいしい物を食べさせてあげたいとリリーは思った。

「えっ? そんなのいいんですか?」

 男が驚いたように言う。

「うん、がんばってくれたから」

「ありがとうございます」

 男がきおつけをして、ペコリと頭を下げた。

 フフッ、礼儀正しい人だな。リリーは思った。



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