能天気
あれから一週間が経った。
ノボルはまだここに居る。温かい部屋でこたつに入り、リリーとのんびりくつろいでいる。
「僕はどんな風に、この家を出るのがいいですか? 出て行く日を決めて、ちゃんとお別れの挨拶をして出て行くのがいいか、それとも、突然にさよならも言わず、いなくなるのがいいか、どっちがいいですか?」
一週間前、二人で泣いたあの夜、ノボルがそんなことをきいた。
「突然にやってきたのだから、突然にいなくなる方が自然かな」
リリーはそう言った。
突然の別れは、その時はびっくりするだろうけど、ああ、いなくなったんだ、と案外あっさりと片付けられそうな気がする。
でも、別れる日を決めてしまうと、別れるまでの時間がすごくつらいように思う。
それで、突然の別れを選んだのだ。
リリーの考えにノボルも賛成した。
「僕も、そっちのほうがいいと思います。じゃあ、そうしましょう。僕は突然にいなくなります。何の予告もなしに」
ノボルは言い、
「今の内にさよならを言っておくのはどうですか?」
と、冗談ぽく笑った。
「いいわね」
そういう訳で、二人はお互い「お世話になりました」と頭を下げ合ったのだった。
ふざけたような、軽いやり取りで終わった話しだった。けれど、ノボルが冗談で言ったことではない、ということはわかっていた。
リリーはこの一週間、いつノボルがいなくなるのだろうと、毎日ドキドキして過ごした。
朝起きたら、ノボルはもういないかもしれないと思ったし、リリーが料理をしている時や、お風呂に入っている少しの時間でも、ノボルガいなくなっているかもしれないと心配した。
リリーは毎夜、布団に入った時、ノボルがいなくなった時の覚悟を決めて眠り、いなくなっても大丈夫なように心づもりをしていた。
けれど、リリーはそんなことを考えている自分が不思議だった。
最初、ノボルから家を出て行くと聞いた時も、それほどショックを受けなかったし、そんなに悲しいとも思わなかった。
あの時泣いたのは、雰囲気に押されただけのことだったから。
ノボルがあんな風に別れを宣言するのがいけないんだとリリーは思った。
出て行く日を決めるか、突然いなくなるかなんて、そんな、わずらわしい。
突然の方がいいなんて、あまり考えもせずに言ってしまったけれど、やっぱり、ちゃんと別れの日を決めた方が良かった。
そっちの方が返って、潔かった。
いついなくなるか、毎日ドキドキして暮らすなんていやだし、そんなのは突然いなくなるのとは、大分違うと思う。
そう考えて、リリーはちょっとイライラした。
それなのに、ノボルときたら、何事もなかったように以前と変わりなく暮らしている。
あの時、泣いていたのは何だったんだろうと思うくらいだ。
リリーがいつも心配顔をしているのに対して、ノボルは前よりも明るい顔になった。隠し事をリリーに告白してすっきりした顔だ。
それが少し悔しい。
ノボルは村に帰って、忍者のみんなと楽しく暮らすんだろうな。恋人だっているのかもしれないし。あたしのことなんて、すぐに忘れてしまうんだ。
ハアーッ、とリリーはため息をついた。
リリーのため息をきいて、ノボルは立ち上がった。
整理棚の上に置いてあるオセロ盤を手にとって、
「退屈そうですね。オセロしましょう」
と笑って言う。
ほんとうに、もう! とリリーは思う。でも、笑うしかない。
(ノボルってこんなに能天気な人だったかしら)
うれしそうに鼻歌を歌って、駒を中央に並べるノボル。
リリーはほおづえをつき、少し呆れてそれを見ていた。
それから三日後の朝。
久しぶりに雪が積もった。
積もっていた雪が溶けだす頃のなごり雪だ。
リリーはそんなことは知らず、温かい布団の中で、気持ちよく眠っている。
「リリーさん、雪が降ってますよ」
リリーの耳元でノボルがささやいた。
リリーはびっくりして目を開けた。雪が降っていることに驚いたのではなく、ノボルの声が急に耳元でしたからだ。
ノボルが眠っているリリーを起こすなんて、初めてのことだ。
ノボルはリリーが布団の中が大好きで、眠るのも大好きだと知っているから、普段ならいくらでも寝かせてくれるのに。
「えっ? 雪?」
リリーはキョロキョロした。
「はい、雪です」
「そう・・・」
リリーは言って、布団を頭からかぶった。
雪なんて珍しいものじゃないし、雪が降ったからって、リリーは嬉しくもない。
(何で起こすの?)
リリーはただ、むっとした。
(せっかく、気もちよく寝ているのに)
「リリーさん」
ノボルは小さな声でつぶやき、しばらく黙って、リリーを見下ろしていた。
「後で雪合戦しましょう」
ノボルはそう言って、部屋から出て行った。
(雪合戦? 変なことを言うなあ)
リリーは布団から顔を出し、窓の方を見た。
カーテンは積もった雪の照り返しで、明るく透けている。
雪なのに晴れているのね。リリーはそんな事を考えながら、また眠りに落ちていった。




