表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イノシシ!? リリーさん  作者: カワラヒワ
12/16

忍者の村

 紅茶にたっぷりのマーマレードを入れて、スプーンでかき混ぜる。

「ああ、おいしい」

それを一口飲んでノボルが言った。

心まで温かくなりそうな熱い紅茶。

リリーも一口飲んで、フーと自然にため息が出た。

 フッ、とノボルが笑う。

「リリーさん、さっき話したこと覚えていますかなんてきいたけど、本当はちゃんとした話なんて全然してないんです」

 紅茶のカップを手で包み込み、ノボルが言った。

「えっ、そうなの?」

 リリーはびっくりした声を出した。そうだろうなあと思った。

「やっぱりね。どうりで思い出せないはずだわ」

 ノボルはうなずいて、

「リリーさんは酔うと、全部忘れちゃうでしょ。だから、大事な話しなんてできないですよ」

 そう言って笑った。

「ハハハ、賢明だわ」

 リリーも笑った。

 やっぱり忍者のノボルはぬかりがないと思った。


 その後、二人はしばらく黙って、紅茶をのんだ。

 ノボルが何も言い出さないので、

「ノボルさんが家出人で、忍者だってことはわかったわ。他のことも、もっと詳しく話してくれるの?」

 リリーは内緒話しでもするみたいに、ささやき声で言った。

「はい」

ノボルも小さな声で返事をして、ゆっくりと話し始めた。

「僕の村は・・・・」

 ノボルの住んでいる村は、人里離れた山奥にある。

忍者ばかりが住んでいる村で、昔から代々住み着いている人たちの村だった。

忍者の村といっても、特殊な村ではない。忍者の村ということは秘密にしているが、他の地域の人たちとも、普通にお付き合いをし、いたって普通の生活をしている。


 少し歩けばバス停もあるし、町へ行くのも、学校に行くのも困ることはない。

 俗世間と違うところと言えば、毎夜の集会と忍者の修行ぐらいのことだ。

「僕は大学を卒業し、保険会社に就職しました」

「えっ、保険会社に?スパイとか偉い人のエスピーとかじゃないの?」

「何で、スパイとかエスピーなんですか?

フフフッ、でも、そんな仕事も面白そうですね」

 ノボルが笑った。


「忍者ということを隠して、みんな、普通の仕事につきます。サラリーマン、農業、自営業と、何でも」

「ふーん。でも、忍者ということを隠すのもたいへんじゃない?」

「そうでもないです。僕たちは小さい頃から、正体を隠すことを教え込まれて、育ってきましたから」

「へえ~」

 リリーは感心して、ノボルの顔を眺めた。

 あたしとは少し違うな。リリーは思った。


「人間でいたいのなら、人に自分がイノシシであることを言ってはいけない」のんびりとしていた父だったけれど、それだけはきつく言われていた。

 そこは同じ。けれど、ノボルはちゃんと人間社会で生きている。普通の人間として、普通に生きている。

 でも、あたしはちがう。あたしは学校も行かなかったし、知らない人と仲良くしたりしなかった。

 あたしはただ、人間の姿をしているだけ。

 なるべく人と関わらないように生きてきたし、関わりたくないと思っていた自分勝手なただのイノシシなのだ。

 そう考えると、なぜ人間に化けているんだということになる。なぜだろう? やっぱり人間が好きだからかな。よくわからないなとリリーは思う。


「でも、仕事はすぐに辞めてしまいました。自分に合わない仕事だったんです」

 ちょっと恥ずかしそうにノボルが言った。

「前にも言いましたが、僕には妹がいるんです。まだ二十歳なんですけど、僕よりよっぽどしっかりした妹です。その妹が結婚することになったんです」

「あら、そうなの。おめでとうございます」


 リリーがこたつから手を出して、改めていうと、ノボルはペコリと頭を下げた。

「相手の男は僕の同級生で、なかなかいい奴なんです。でも、僕はそいつには少し離れた町に、彼女がいることを知っていました。そいつ、その彼女と別れて妹と結婚すると言うんです」

 ノボルは紅茶を一口飲んだ。

「それで?」

 リリーはほおづえをついたままきいた。

「いい加減な奴だと思って、僕はそいつにきいたんです。彼女のことはいいのかって。そうしたらあいつ、彼女との結婚は考えていなかったと言いました。結婚するならお前の妹がいいとずっと思っていたと。

 そんなことを思っていたのかとびっくりしました。そいつは村長の一人息子なんです。いずれは村の長になる人間なんです。だから、村の誰かと一緒になるのが一番いいとわかっていました」


 ノボルは、二杯目の紅茶をカップ入れた。

 そして、一息入れて、話し出した。

「二人が決めたことに、僕はとやかく言いません。妹は小さい時から、あいつのことを思っていると気づいていましたから。だから、二人が幸せになってくれればそれでいいんです」

 ノボルは空になったリリーの紅茶カップに、紅茶を注いだ。

 ノボルは少し笑って、マーマレードの入った容器の蓋を開け、リリーにすすめた。

 リリーはありがとうと言って、マーマレードを紅茶に入れた。

 ノボルもスプーンでマーマレードをすくう。

ゴツゴツしていないしなやかな指。切り揃えられた爪。きれいな手だなと、リリーは思う。


「やっぱり、忍者は忍者同士がいいのね」

「まあ、そうですね。でも、結婚は自由です。忍者同士ではない結婚もたくさんあります。それだと、忍者のことは隠さないといけないし、結婚相手や子供を村に連れて来ることはできません」

「ええっ、じゃあ、子供はおじいちゃんやおばあちゃんに会えないの?」

 リリーはびっくりしてきいた。

「いや、会えないことはないです。村とは別のところで会えばいいんですから」

 ノボルが笑って言った。

「面倒くさいのね」

 リリーが肩を持ち上げる。

「はい、そんなことで、疎遠になってしまうこともあるようです」

「ふ~ん」

 リリーはうなずいた。


「忍者同士結婚して、村を出て行く人たちもいます。仕事をしていると転勤もあるし、いろんな都合で。それでも、町で暮らしていても、ほとんどの夫婦がここへ戻ってきています。帰りたくなるようです。何かがそうさせるみたいです。忍者の血でしょうか」

 ノボルが目を閉じて首を回す。ポキポキと小さな音が鳴った。

「だけど、僕はそんなのはいやだと思っていました。皆と同じようになりたくないと。本当は僕、村から出たかったんです。仕事はすぐに辞めたけど、すぐに新しい仕事を見つけて、町で一人暮らしをするつもりでした。でも、なんかうまくいかなくて、焦ってしまって」


「それで、ここに来たわけね」

「はい、すみません」

 照れ笑いをして、ノボルが言う。

「いろんなことが嫌になってしまったんです。僕はもっと違う人間になりたいと、思いました」

ノボルは目を伏せた。目のふちに長いまつ毛が並んでいる。

「それで、違う人間になれた?」

 リリーはノボルの顔を覗き込むように、斜めに顔を傾けた。

「いいえ、やっぱり僕は僕で、変わることはできないとわかりました。それで」

ノボルが言葉を切って、考えるように宙に視線を泳がせた。

「それで?」

「それで、僕は忍者なんだと気が付きました」

 きっぱりとのぼるが言った。

「帰りたくなったのね。忍者の村に」

「はい」

「帰るのね。忍者の村に」

「はい、すみません」


怒られた子供のようにノボルの声が、小さくなった。

ノボルの鼻が赤いと思ったら、目に涙を一杯溜めている。

 あたしと別れるのがつらいの? それとも、懐かしい村のことを思い出して泣いているの? リリーは思った。

「わかったわ。ノボルの好きにしていいよ」

 さらりとクールに言うはずの台詞だったのに、声が震えた。

 リリーの目に涙があふれた。泣くつもりじゃない。ただ、ノボルの涙につられただけ。

「リリーさん、すみません」

 ノボルは手を伸ばして、リリーの頬にふれた。流れる涙をそっと拭う。

 大きくて温かい、ノボルの手。

 ノボルだって泣いているくせに。リリーも手を伸ばし、ノボルの頬の涙を拭った。

「フフフフッ」

 二人は笑い合い、涙を拭き合った。

 なかなか明けそうにない、静かな長い夜は続いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ