飲み過ぎて
目が覚めると、夜だった。
電気もついていない真っ暗な部屋。こたつに入ったままいつの間にか寝てしまったようだった。起き上がると頭が重い。
ノボルも、同じようにこたつに入ったまま眠っている。こたつから首だけ出して、窮屈そうに体を丸めている。
飲み過ぎたな、リリーは思った。
空になった焼酎のびんが二本、転がっている。
最初に作った甘い焼酎が、すごくおいしくて何杯もお代わりしたんだっけ。その内、ロックで飲みだして・・・。後はよく覚えていない。
ノボルを起こさないように、そっとこたつから出る。電気はつけないままで、暗がりの中キッチンに行く。
水道の蛇口をひねると、リビングの電気がついた。
やっぱり、忍者は敏感だ。すぐに目を覚ます。
「リリーさん」
ノボルが目をこすりながら、こっちへ来て電気をつけてくれる。
「お水?」
リリーがきくと、こくりとうなずく。
「ちょっと、飲み過ぎましたね」
水の入ったグラスを受け取り、ノボルが言った。喉を鳴らし、水を飲み干す。
「二人とも酔っ払って、眠ってしまったのね」
「はい」
流しにもたれて、二人はしばらく無言で立っていた。
リリーはさっき、ノボルが話したことを、思い出そうとしていた。
ノボルがここを出て行くって言って、自分が忍者であることを告白して、それから・・・。
なんだか、もう、随分前に聞いた話のように、記憶がぼんやり霞んでいる。夢の中で聞いた話みたいに。
「さっき話したこと覚えていますか?」
リリーの心がわかったみたいに、ノボルがきいた。
「もちろんよ」
そう、もちろん、今から思い出すんだから。
リリーは思った。
「ノボルさんも覚えているでしょう」
「はい。覚えていますよ。ちゃんと全部」
ノボルはたくさんお酒を飲んで酔っ払っても、乱れたり、騒いだりおしゃべりになることはなかった。
いつも、理性的で規則を守っていた。
そこんところが、おもしろくないなあと、リリーは思っていた。
けれど、今思うと、それも忍者の訓練されたことだったのかもしれない。
酔っ払って、自分の正体を明かしたり、仲間のことを話してしまわないようにするための。
ノボルはきっと、酔っていてもちゃんと正気でいて、しらふの時と同じように、何を話したかも覚えているのだ。
「あたしが話したことは、ただの酔っ払いのたわごとだったでしょう?」
何を話したかな? でも、どうせつまらない話しをしたんだと思う。
「そんな感じでしたけど、楽しかったですよ。リリーさんは酔うと一段と陽気になるから。
いい思い出が出来ました」
「えっ?」
リリーは小さな声を出した。
「まさか、もう行ってしまうの?」
いい思い出ができたなんて、まるですぐにでもここから、いなくなってしまいそうな言い方だ。
フフッ、とノボルは笑って、
「いや、もう少しここに置いてもらおうと思っています。さっきも少し話したけれど、覚えていませんか?」
グラスを流しに入れて言った。
「ううん、覚えているわよ。さっきの話しはこれから思い出すところだったの」
ノボルはまた笑った。
「そうですか。でも、もう一度、お茶でも飲んでゆっくり話しませんか?」
「うん、そうしょう。思い出すのに時間がかかりそうだから、その方がいいわ」
さむっ、と言ってリリーは水の入ったグラスを置いた。
「こたつに入って待っていてください。熱い紅茶を持っていきますから」
いつも優しいノボル。この人がここからいなくなる。そんな想像ができなかった。
一緒にごはんを食べられなくなるなんて、まるで信じられなくて、現実感がなかった。
リリーは冷たくなった手をこたつの中に入れた。
キッチンから、紅茶のいい匂いがただよってきた。




