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イノシシ!? リリーさん  作者: カワラヒワ
10/16

忍者?

それから数日後。

 いつもと変わらない朝。のんびりとした日常。

 遅い朝食。その後の紅茶とビスケット。それらを食べ終え、また、いつものように、ノボルがオセロ盤をこたつの上に出した。

 いつもなら、ウキウキした顔で「オセロしましょう」というのに、今日はいかにも、真面目なようすで言った言葉は「今日は話しがあります」だった。

「何の?」

 リリーは言った。

言いにくい話しなんだな。素直な心が顔に出ている。リリーは思った。

でも、何の話しか大体の見当はつく。


「ゲームをしながら、話します」

 真ん中に四個駒を並べてノボルが言う。

「リリーさんからどうぞ」

 リリーは無言で白い駒を置いた。

 ゲームが進んでいく。

 ノボルは何も話さないまま、盤面ばかり見ている。

 いつ、話しをするんだろう。でも、今日は集中しているな。全力を尽くして、勝つつもりなんだ。

話しがあるなんて言ったけど、それどころじゃなくなったかな。リリーは思った。


そのかいあって、珍しくノボルの黒が優勢だ。

それでも、ノボルは気を許していない。いつもこういうところで、気を抜いて失敗するから。

リリーの打つ手を食い入るように、見つめている。リリーが駒を置くと、

「ああ、そうかあ」

 と、ノボルが心の底から悔しそうに言った。

 やはり、リリーの方がうわてだった。

 リリーは少しずつ駒を増やしていく。それをノボルには、止める術はない。 

 そして、ほとんどの駒が、白に変えられていくのを見ながら、ノボルはふう~とため息をついた。


「リリーさん、ぼく、ここを出ようと思うんです」

 リリーは顔を上げてノボルを見た。

「どうして?」

 リリーは優しく言った。

 ノボルは答えないで、まばたきを何度もした。

 盤から目を離さないで、口を固く閉じて、緊張した顔をしている。

 ノボルは今、白い駒を黒に変えることなど考えてはいない。 出て行く理由をどう説明すればいいか考えている。リリーを傷つけないで、悲しませないように、どう言えばいいのか考えているのだ。


 かわいそうなノボル。リリーは思った。

 しかし、不思議だった。ノボルが別れ話をしているのに、それほどショックを受けていない。何となくわかっていたとはいえ、こんなに平静でいられるとは。リリーも自分のことながら驚いている。

 つい、この間まで、ノボルがいなくなるのを恐れていたはずなのに。ノボルに対する気持ちは変わってないのに。

 ノボルは小さなため息をつきながら、しょうがなく、駒を置いた。

 少し黒い駒が増える。でも、また、この駒も全部取られるのは、わかっている。

 リリーが白い駒を置いた。

「オセロでいつも負けるから出て行くの?」

 黒い駒を白に変えながらリリーが言った。

「それもありますね」

 ノボルの表情が穏やかになる。顔を上げてやっと笑った。

「今日は絶対に勝ってやろうと思っていたんです。できれば勝ってから話したかったんです。

「勝たせてあげればやかったわね」

「いや、僕はそんなずるは嫌いです」

「そうでしょうね」

 二人は微笑み合った。


「でも、よかった。リリーさんが笑ってくれて」

 ノボルは目を細めて、ほっとしたようすで言った。

 もう、話しが済んでハッピーエンドみたいな顔だ。

 話しはこれからじゃないの?リリーは思う。

「それで?」

 リリーが真っ直ぐノボルの目を見て言った。

「どうして、ここを出て行こうと思うの?」

 なぜだか、リリーはノボルを困らせてやりたい気持ちになっていた。

「こんなに、あなたに尽くしたあたしを裏切るの?」

 心の中で舌を出す。尽くしてなんていないから。

「最初からあたしを騙すつもりだったのね」

 あたしを騙しても、得することはないな。

 と思う。


 ノボルは驚いた顔をして、首をブンブン横に振る。顔が引きつって青白く見えた。

「リリーさん違います。ぼくは・・・」

 次の言葉が出てこない。

 優し過ぎるノボル。気の毒なノボル。

「フフッ、冗談よ」

 リリーは笑って、空っぽの紅茶のカップに目を落とした。

「すみません」

 首を垂らし、ノボルが言った。声が少しかすれている。

「今まで、散々お世話になっておきながら、何のお返しもしないで出て行くなんて、本当に申し訳ないと思っています。

 自分勝手だってわかっています。自分の都合でわがままばかりだって。

 でも、このままじゃいけないと思ったんです。ぼくはリリーさんに甘え過ぎていました。

 リリーさんがぼくに何も聞かないのをいいことに、何も言わないで、こんなに長く居座ってしまって。

 ちゃんと自分のことを話さなきゃって思いました。今の自分の気持ちも含めて」


 ノボルは立ち上がって、キッチンに行った。

 水道の蛇口をひねり、グラスに入れて水を飲んでいる。

「すみません。やけに喉が乾いちゃって」

 戻ってきて、ノボルが言った。

「僕、家出してきたんです」

 座るなりノボルが言った。

「まあ、そんなところだろうと思ったわ。あのようすだったから」

「そうですか。わかりますよね。あのようすじゃ。それから」

「ちょっと待って」

 リリーはノボルが話すのを遮って、立ちあがった。

「あたしも喉が渇いたから、ジュースでも飲もうかしら。カボスジュース飲む?」

「はい」

「じゃあ、作るわ」

「ぼくも手伝います」

 二人は一緒にキッチンに立った。


 カボスを半分に切る。爽やかな匂いが部屋に広がった。

「それから?」

 リリーは言って、中央が尖った山になっている果汁絞り機にカボスを押し付ける。ふちに果汁が押し出される。

「実は僕」

 グラスを両手に持って、ノボルが突っ立っている。ちょっと緊張した顔をして。

「僕、何?」

 りりーが作業の手を止めてノボルの顔を見る。

「信じられないかもしれませんが、実は僕、忍者なんです」

 真面目な顔でノボル言った。


「忍者?」

 リリーはきょとんした。そして、プププーと笑いだした。あまりにも唐突だったから、おかしかった。

 忍者って、あの忍者?水の上を歩いたり、手裏剣を投げたり、屋根の上を走ったりする

 リリーは黒装束の忍者の衣装を着た、ノボルを想像した。以外に似合いそう。リリーは思った。

「信じてもらえるでしょうか?」

 ノボルは、笑うリリーに怒りもせず、なおも真面目にきいてくる。

「えっ、うん、まあ。フフフ」

 リリーはまだ笑っている。


 でも、自分だってイノシシだ。そんなあたしをノボルは信じてくれたんだ。あたしなんかより、ノボルが忍者ってことの方が、よっぽどまともだ。リリーは考える。

 そういえば、ノボルは、足音も気配もさせずに歩いた。高い整理棚の上に飛び乗ったり、常人でないことができた。

 素早い動きにびっくりしたことが何度もあった。畑仕事も料理も何でも器用にこなしたし、礼儀も正しい。

 若い男の人にしては、気が利き過ぎていることもあった。

 それらはみんな、忍者の訓練で学んだことなのかもしれない。


「信じるよ」

 リリーはカボスから手を放して言った。

 ノボルの顔がぱっと明るくなる。

「ほんとうですか?」

「うん。信じる。ノボルは忍者なんだね」

 リリーは急にうれしい気分になった。

 忍者なんて、すごい! リリーは思った。

「何かして」

「はっ?」

「忍者らしいことよ。ドロロンと消えるとか、分身の術とか」

「ハハハハッ、リリーさんテレビの見過ぎですよ。そんなこと僕にはできませんよ」

 ノボルは笑ってグラスを置いた。

「じゃあ、何ができるの?」

「特別なことは何もできませんよ。早く走れるとか、身が軽いとか、力があるくらいです」

「なあんだ」

 リリーはちょっとがっかりして、肩の力を抜いた。

 カボスを力一杯ガラスに押し付けながら、

「忍者のこと、色々知りたいなあ」

 と、独り言のようにぽつりとつぶやく。代わります、とノボルはリリーの手からカボスを取って、

「忍者のことですか? うう~ん、難しいな。本当は、僕が忍者だってことも言っちゃいけないんです。そういう掟で。でも、リリーさんには特別に話しました。だって、リリーさんは」

 ノボルはそこで言葉を切り、リリーの顔をちらりと見た。


「イノシシだから?」

 リリーがニコリと笑って言う。

「すみません」

 ノボルがすまなそうに言う。

 カボスをグラスに注ぎ、ハチミツを垂らす。そして、水を入れかき混ぜる。

「リリーさんも僕と同じように、本当の姿を隠して生きているんだなあと思って」

「仲間ってわけね」

 ノボルがうなずく。

「忍者とイノシシ、面白い組み合わせね」

「はい」

 二人は笑った。

「ねえ、これに焼酎を入れない?」

「いいですねえ。ああ、でも、このハチミツの量じゃあ甘すぎるかな」

 ノボルはグラスを目の高さまで持ち上げた。

 グラスに陽の光が当たって、ノボルの顔に琥珀色の影が映った。

 きれいだな。今のノボルの横顔を目に焼き付けておこうと、リリーは思った。


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