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イノシシ!? リリーさん  作者: カワラヒワ
1/16

始まり

「やばいな」

 二匹のネズミたちは、今にも雨が降り出しそうな灰色の空を見上げて言った。

 気味の悪い雨雲が空を覆いかくし、生暖かい風が吹いている。

「リリーは大丈夫かな」

「まだ帰らない」

「あいつ、雨に濡れるのが苦手だからな」

 ネズミたちは時々、後ろを振り向きながら、縁の下から床板の隙間を抜けて、家の中に入った。

 ゴロゴロと雷が鳴っている。

「ああっ! そらっ! もう降ってきた」

「やっぱりなあ」

 バチバチと地面を叩きつける大粒の雨。辺りはほとんど夜のように暗くなっている。

「しょうがない、傘でも持って行ってやるか」

「えっ? どうやって?」

「冗談に決まっているだろう」

「知っているさ」

 二匹のネズミはクフフフフッと笑った。

 雨はだんだん強くなり、一寸先も霞んで見えないくらいに激しく降っている。

「こりゃあ、ひどいね」

「うん、ひどい」

「あっ、りりーだ。慌てて帰って来たぞ」

 窓枠に、二本足で立って外を見ていたネズミが背伸びをして言った。

「濡れネズミだ」

 二匹はまた、クフフフと笑った。

 雨の中を走って来るリリーの姿が見える。

 顔を下に向けて、両手に何本かのキュウリが握られている。水溜りの水を跳ね飛ばしながら猛進して走って来る。

 家に着くと、リリーは勢いよくドアを開けた。ハアハアと息を切らしている。

「ああ、ひどい目にあった」

 テーブルにキュウリを置きながら、リリーが言った。

 キュウリの数は六本。青くてみずみずしいキュウリだ。

 ズボンのポケットからプチトマトをつかみ出す。赤くよく熟れたおいしそうなトマト。

「収穫かごを持って行くのを忘れたから、これだけしか持って帰れなかったわ」

 ふう~っ、とため息を付いて、残念そうにリリーが言う。


 リリーはここ、山奥の一軒家に一人で暮らしている。

 見た所、二十代後半の女性だ。リリー自身も、それくらいだろうと思っている。年齢がはっきりしないのは、リリーが自分の生年月日を知らないせいだ。リリーを生んだ母親はリリーが幼いころに亡くなっているし、リリーを引き取り育てた養父も、リリーの生年月日を知らなかった。

 しかし、リリーはそんなこと一向に気にしていなかった。生年月日を知らなくても何も困ることはない。人にきかれれば、父が考えてくれた生年月日を言えばいいだけのことだ。


 リリーは少し行った所に結構大きな畑を作っている。

 日当たりが良く、土の水はけもいいので雪が積もらないかぎり何かしらの作物が実る。それらを、食べたり売ったりすれば、一人で十分生活できた。

「ナスも収穫しようと思っていたのに」

 がっかりしてリリーは言った。

 雨のしずくが髪の先や顎をつたい、服の袖口からも床にポタポタと落ちる。

「ああーっ、もうやだー」

 リリーはその場で、水で体に張り付いた服を脱いだ。それをバケツに放り込むとバスルームに直行した。

 ピカッと、窓から稲妻の光が見える。ドドーンと雷の落ちる音もして、風もビュービュー唸っている。

「嵐になるな」

「なんだかワクワクする」

 二匹のネズミはまたクフフッと笑った。

 シャワーの音が雨の音に混じって聞こえている。

 しばらくして、白いバスローブをまとったリリーが、髪をタオルで拭きながらキッチンに戻ってきた。

 冷蔵庫を開けペットボトルの水を取り出す。

ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み、フーッと息を吐く。

 ネズミたちはチューチュー鳴いて走り回り、リリーの前で立ち上がる。

「ああ、あんたたち、お腹が空いているのね」

 ペットボトルから口を離し微笑んでリリーが言った。

 小さな皿にひまわりの種を入れて床に置く。

「どうぞ」

 リリーは口にトマトを放り込んで、ネズミたちを見おろした。

「ピーナッツは」

「トウモロコシは」

 ネズミたちはリリーに話しかけたけれど、リリーにはチューチューと、鳴き声にしか聞こえていない。

 ネズミたちはそれを知っている。

「一応、言ってみただけさ」

「ぼくも」

 二匹は笑って、ひまわりの種の殻を歯で器用にむいた。

「ひまわりは好きさ」

「ぼくも」

 いつの間にか雨は止み、雷の音ももう聞こえない。静かになった空の雲の隙間に、青空が見えている。

「もう雨止んだのね」

 窓から外を眺めてリリーが言った。

「なんだ、つまんないの」

 リリーは窓を開け風の匂いをかいだ。

 モアッとした空気の中、雨と土の湿った匂いがした。


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