寺田陶冶の邂逅記録--クリスマス--
怪しげなオカルトグッズ等が雑多に置かれた奇妙な部室で、儂はなおも奇妙な事に、おなごと背中を合わせて地べたに座っていた。
黒髪で片目を隠しているのが特徴的な小柄なおなごの姿は、今こちらから確認することは出来ぬ。
……と、いうよりは。確認しようとすると視界から避けるように、儂の広い背に張り付くのである。
「……なあ、味好よ。呼び出しておいてその始末では、マトモに会話も出来やせぬ。そろそろ、何時ものように。パイプ椅子に腰をかけ、顔を合わせて話をしてはどうか?」
おなご改め味好が、背中越しにビクリと身体を震わせるのが伝わってくる。
「ちょっ、ちょっと先輩、急に話しかけないで下さい!今ちょっと……あれです。策、そう、策を練っているところですので」
「……一体、なんの策を練っているのやら」
察しはついておる。なんなら、言い当ててみせてもいい。だが。
「あー、駄目です、駄目ですよ先輩?どうせ先輩のことです、私のやろうとしていることなんて御見通しですが、そっちが先に言っちゃ駄目ですからね?」
「おう、おう。分かっておる、分かっておるよ。しかしのう味好、何時までもこうしていては放課後も過ぎてしまうぞ」
「わーかーってーまーすー。……ええ、わかっていますとも。でも……その……」
そういうと、味好はまた身を竦めて縮こまってしまう。
……やれ、なんともまあ困ったことに手のかかる後輩であることよ。
「ふむ……ところに、味好よ。世間は今、来たる日を待ち構えて浮足だっておるなあ」
「へ?」ときょとんとした味好の声が返ってくる。幾ばくかしたところで、何を指した言葉であるかを、また一度相槌を打った。
「そ、そうですねえ。なんてたってクリスマス、非日常な世界に心躍らせるのが人というものでしょう。……先輩は、お好きですか?クリスマスは」
「好きか、と言われてもな。元より儂は、仏道の生まれ、仏道を志す者よ。眺める分には嫌いではないが、自分から進んで燥ぐというのは些か違うだろう」
「あー……そっか、ですよねー。……じゃあ、これまでもクリスマスに浮いたような話というのは、なかったり」
……そわそわしておるな、味好のやつ。
儂は感情を読まれにくい性質であろうが、味好は逆に読みやすすぎる。将来、小悪党に騙されなければ良いのだが。
「……そうだな、無い。せいぜいが、経詠みの練習をするぐらいであろうよ」
「ふーん、そうですかー。……そうですかー。…………へへー」
見えてはおらぬ。見えてはおらぬが、表情を綻ばせておるのが言葉からひしと伝わってきおる。
「ふ、何をそう笑っておるのだ、味好よ」
「へ!?や、やー、笑ってなんてないですよ!もーやだなー先輩ー、ははははー……」
そう言っておりながら、身体をそわそわとさせておるではないか。
「……ああ、ああ。なんとも愛い奴よ。」
* * *
「……ああ、ああ。なんとも愛い奴よ。」
って……。
……っべーーーー!!!
何言っちゃってるんですか先輩、駄目でしょう先輩、そんなのキュン死しちゃうでしょう先輩!
もう、私こと味好末子は、凄い勢いで顔をニヤケさせていた。正直自分でも見たくないレベル。あーもう目の前に鏡系のアイテム置いてなくてよかったーーーー。
「……ん?おい、どうした味好よ。そう、黙りこくって」
あーもう、これは絶対分かってて言ってる奴じゃないですか!
「ななななな何を言ってるんですか先輩、何か変なものでも食べました!?」
そういう私は私で、動揺し過ぎだとも思うけど!
「落ち着け、味好。変な物も食べてはおらん」
ですよね!
はあああああー……。
……せっかくのクリスマスだし、でも仏道修行中の先輩から誘ってもらうのは、ちょっと違う気がするし。何時も、お世話になってもらってばかりだし。
それで、私から誘おう、って決めたんだけど……。どうにも上手く、いかないし。
……というかきっちり、クリスマスに話題誘導されてるし。
本当、先輩のそういうところってずるいよなー、って……。
「……先輩ってなんというか、ずるいですよね」
そうだ、もうぶつけてしまえ。脳直で喋ってしまえば、後は野となれ山となれ。
「ずるいとはなんだ、藪から棒に。自分で言うのもなんだが、儂は正道を歩んでいるつもりだぞ?」
「そういうのじゃないですー。なんていいますかねー……女の子泣かせですよ、先輩は」
「ほう、そうは言うもののな、味好よ。儂が直接お前さんを泣かしたことがあったか?」
「……ないですけど」
「ほれ、みたことか」
それはそれとして、私は今猛烈に走り出したくて仕方がないんですよ!
……あ。いやでも、確か……。
「そういえば先輩、初めて会った時のことは覚えてます?」
「初めて会った時、か。ああ、勿論覚えているとも。お前さんが、うちの寺に夜中忍び込んできた時のことだろう?」
「ええ、そうですそうです!あの寺で、夜な夜なダイダラボッチのお化けが出るっていう噂で調査しに行ったんですよね」
「……まあ、そのダイダラボッチとやらの正体はどうやら儂のことだったらしいが」
「あ、はい、その節は大変申し訳なく……」
……結果として、先輩に会えたから私的にはラッキーでしたけども。
というか、サラッと覚えてるって言ってくれる先輩は本当ズルい。
「ま、まあ!それは置いといてですよ、実はあの初遭遇の瞬間、滅茶苦茶怖かったんですよねー!あーもう、それは泣きそうなぐらいになー!」
「……わざわざその話を持ち出したのはそういうことか」
あ、先輩が珍しく溜息をついてる。
……いや、そんなに珍しくもないかも?割と何時も、迷惑かけちゃうときはついてるような気も……。
……うん、それはまあ置いておこう。今日はその、恩返しも目的なわけだし。
「ええ、ええ。そういうことですとも!さあ先輩、これでも泣かせたことがないと胸を張って言えますか!」
「お前さん……。はいはい、あんときゃ儂も怒鳴りすぎだったよ、悪かった」
「ふふん、分かれば良いのですよ、分かれば。……まあ、一番悪いのは私なんですけどね?」
「それがわかっとらんかったら、今頃もう一度怒鳴りつけておるわ」
それは実に勘弁願いたいなー、って。
「まあまあ、良いではないですか。今日はその、諸々のお詫びも兼ねてお呼びたてしたわけですから」
「……お、なんじゃ。どうにも、何時もの調子が戻ってきたではないか、味好よ」
「ええ、私ですから。……でも、それでもドキドキしてますから、もうちょーっと待ってくださいね?」
「おう、おう。待つよ、ゆっくり考えよ」
……えへへ。
ん、今度こそは大丈夫、ちゃんと息を整えて、イメージトレーニングもして……。
* * *
「……あの、先輩」
「……ああ、なんだ?」
「その……ですね」
「…………クリスマス、一緒に何処かへ遊びに行きませんか?」