デビュー
「あんたっ!」
男が飛び降りた瞬間、オレは声を荒げて叫んでいた。
男は自殺したのか?そんな困惑が強く。そしてオレは、男のくしゃっとした笑顔を思い出した。
窓の下には、どうせ死体があるのだろう。
なんて、つまらないのだろうか。
予想外は美しい。だか予想もできない理不尽な不幸は泥沼より汚く、いつまでも人を苦しめる。
また、1つ重りが増えたのか。
現実はこんなにもつまらない。
男がなぜ自殺をしたのかは知らないし、男と会ったのは今日が始めて、だけど死んでほしくはなかった。
窓の下には、男の死体があるのだろう。
血に塗れた男の姿は見たくはなかったが、オレは男の死を見届けなくてはと、窓の下を見た。
いない。
男がいない。男の死体がなかった。
地に落ちたはずの男はいなかった。
「この世界のヒューマン達は力を出し惜しみしていたわけだよ。品川治君」
突然、空から声が降ってきた。
曇った空の中に、光が差し込み、澄んだ水玉が灰の世界にボッカリと穴を開けた。
光の線は増えていき、きっと雨は終わり晴れが始まる。
画家がいたら、パレットは活躍しただろう。
それだけ、この景色は自然な絶景だった。
そして、その景色の前に男が天使のように浮いていて、ニヤリと笑っている。
空を地とする男の姿。
それは、とても美しかった。
オレは感動したのかもしれない、男が生きていたという事実は嬉しい。だが、
男が透明な地面があるように、空中に立っている事は、オレの予想を遥かにオーバーしていた。
普通の人ならこの状況に対して、なぜ空を浮いているの?
と思うかもしれない。
オレにもその気持ちはあった。
しかし、オレはその気持ちよりこの絶景を見れたことの嬉しさが強く、いつまでも見ていたいと思った。
オレはこの絶景の虜になったのだ。
男は階段を歩くように空を移動してこちらに近づく、そしてオレの顔にあの笑顔も近づけてこう言った。
「私の名は、山内麻呂。脇役であり読者であり、作者である。君は、主人公になりたくはないか?」
この時、オレはいろんな感情が湧き上がった。
複雑な気持ちだった。
だけど、心臓の鼓動が高鳴り始めた。
これが、この状況が、物語のワンシーンに見えた。
心が踊った。
オレは単純で明確な気持ちをぶつけた。
「……な、なりたい。オレは、主人公になりたい!」
その瞬間、光に包まれた。