男との出会い
「はぁはぁ………」
オレは、昇降口の前で息を整える。
久々に走ったけど、体力ないなぁ……。別に運動は嫌いじゃないんだけど、どうしても読書ばっかりで、引き篭もった状態になってしまう。
今度、トレーニングセンターとか行ってみようかな。もちろん、一人で。
オレは下駄箱に靴を入れて、上履きを履いた。少し濡れた制服を手ではたいて、教室に向う。オレの教室は3階にある。
小雨だから良かったものの、大雨だったら地獄を見ていたかもしれない。
その時ふと、妙に静かなことに気がついた。
オレの足音だけが響いていて、人の気配がしない。
階段を上がっても、廊下を歩いても、静寂。
歩く度に響く音は、冷たい不安を募らせる。
オレは教室の扉の前で立ち止まった。
いつもなら聞こえてくるはずのはしゃいだ声が聞こえてこない。
胸騒ぎがした。鼓動がほんの少し速くなる。
オレは心臓の鼓動を掻き消すように、扉をガラガラと開けた。
誰もいなかった。
しーんとしている教室は、体をひんやりさせる。
なんとなくだが、オレは教室の中に入った。
どうして、誰もいないのだろうか?
今日は平日である、振替休日とかでもない。
とか、考えていたら後ろから声がした。
「この世界のヒューマン達は力を出し惜しみしていたわけだよ、品川治くん」
唐突だった。扉の前には、知らない男性がいた。
白衣を着ていて、メガネをかけている。背が高い。年齢は30代くらい、落ち着いた顔をしている。
急に話かけられたから、驚いた。
品川治。一瞬、誰の名前なのかわからなかったが、自分の名前だと気づく、これはオレが名前を呼ばれることが滅多にないせいである。
オレは自分の名前を二度と忘れないように、『品川治』を心に刻み込んで、もう忘れないと誓った。
それにしても、名前を知っているということは、この学校の先生だろうか?
だが、最初に変なことを言っていたような、ヒューマン達がなんとかと。
「えーっと、今日って学校ないんですか?」
オレは、誰かわからないこの男に、とりあえず質問した。
「っことは、さぁー。今までに見たことのないビューティーなパレードが見れるってことなんだよ!」
だか、返ってきた応えはオレの望むものではなかった。
背の高い男は腰を曲げて、オレの顔にくしやっとした笑顔を近づける。
この人は危ない人なのかもしれない。
「……えーっと」
「でもねぇー、パレードの後は掃除が大変なんだよ」
男は落ち込んだ素振りを見せる。どうやら、オレの質問に応える気は無いようだ。
顔の角度が、変わったせいでメガネが光に反射していて、エリート研究者みたいだった。
不覚にもかっこいいと思ってしまったことが、残念である。
「でもねっ! 私の考えたダブル・ウルトラ・パーフェクトプランは、そんな悩みをパッパッっと片付けちゃうんだよ!」
最初の『でもねっ!』の声が大きくて、びっくりした。それに顔を近づけてくるから、驚きは倍である。
もう、悪意ある行動としか思えない。
オレは男から離れるように後ろに下がった。
だか、男はオレが後ろに下がると同時に近づいてくる。しかも、相変わらずのくしゃっとした笑顔。
この男とは、関わらない方が良さそうだな。
あいさつして、逃げよう。
「あのぉ……」
「そして、君はこのダブル・ウルトラ・パーフェクトプランの主人公と言っても過言ではない」
「……主人公?」
「そうさぁー。私に感謝したまえよ」
思わず、主人公という言葉に反応してしまった。
オレは、小さい頃から本に出てくる主人公に憧れていた。
泣いてばかりの主人公も、頭の悪い主人公も、無敵の主人公も、女の主人公も、年寄りの主人公も、どんな主人公でも、オレは目を輝かせ、憧れていた。本を読む度に、この主人公になってみたいと思っていた。それがどんなに過酷なストーリーでも、主人公はいつも煌めき、眩しいから、なりたかった。主人公に。
しかし、今この男に反応する必要はなかったはずだ。
もう、この男の話を聞くのはやめよう。何一つ理解できないし。
ダブル・ウルトラ・パーフェクトプラン? 大人のクセに何を言っているのだろうか?
よし。帰ろう。
今日はきっと、休みだったんだ。家に帰って本でも読もう。
そう思って、帰ろうとした時だった。
男が歩き出した。オレの後ろの方に。
男は何故か、教室の窓を開けた。
窓の外は雨がまだ降っていた、湿った空気が教室に拡がる。
雨は小雨だが、静かな教室からは雨音は十分に聞こえた。
そして、男はこちらに振り返りニヤリと微笑んだ。
「さぁ! 君のストーリーが今、始まる」
男は窓から飛び降りた。