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主人公に魅了された主人公  作者: 塩塩塩いのち
2/5

男との出会い

 「はぁはぁ………」


 オレは、昇降口の前で息を整える。

 久々に走ったけど、体力ないなぁ……。別に運動は嫌いじゃないんだけど、どうしても読書ばっかりで、引き篭もった状態になってしまう。

 今度、トレーニングセンターとか行ってみようかな。もちろん、一人で。

 オレは下駄箱に靴を入れて、上履きを履いた。少し濡れた制服を手ではたいて、教室に向う。オレの教室は3階にある。

 小雨だから良かったものの、大雨だったら地獄を見ていたかもしれない。

 

 その時ふと、妙に静かなことに気がついた。

 オレの足音だけが響いていて、人の気配がしない。

 階段を上がっても、廊下を歩いても、静寂。

 歩く度に響く音は、冷たい不安を募らせる。

 オレは教室の扉の前で立ち止まった。

 いつもなら聞こえてくるはずのはしゃいだ声が聞こえてこない。

 胸騒ぎがした。鼓動がほんの少し速くなる。

 オレは心臓の鼓動を掻き消すように、扉をガラガラと開けた。


 誰もいなかった。


 しーんとしている教室は、体をひんやりさせる。

 なんとなくだが、オレは教室の中に入った。

 どうして、誰もいないのだろうか?

 今日は平日である、振替休日とかでもない。

 とか、考えていたら後ろから声がした。


 「この世界のヒューマン達は力を出し惜しみしていたわけだよ、品川治くん」

 

 唐突だった。扉の前には、知らない男性がいた。

 白衣を着ていて、メガネをかけている。背が高い。年齢は30代くらい、落ち着いた顔をしている。

 急に話かけられたから、驚いた。

 品川治。一瞬、誰の名前なのかわからなかったが、自分の名前だと気づく、これはオレが名前を呼ばれることが滅多にないせいである。

 オレは自分の名前を二度と忘れないように、『品川治』を心に刻み込んで、もう忘れないと誓った。

 それにしても、名前を知っているということは、この学校の先生だろうか?

 だが、最初に変なことを言っていたような、ヒューマン達がなんとかと。

 

 「えーっと、今日って学校ないんですか?」

 

 オレは、誰かわからないこの男に、とりあえず質問した。

 

 「っことは、さぁー。今までに見たことのないビューティーなパレードが見れるってことなんだよ!」

 

 だか、返ってきた応えはオレの望むものではなかった。

 背の高い男は腰を曲げて、オレの顔にくしやっとした笑顔を近づける。

 この人は危ない人なのかもしれない。

 

 「……えーっと」

 「でもねぇー、パレードの後は掃除が大変なんだよ」


 男は落ち込んだ素振りを見せる。どうやら、オレの質問に応える気は無いようだ。

 顔の角度が、変わったせいでメガネが光に反射していて、エリート研究者みたいだった。

 不覚にもかっこいいと思ってしまったことが、残念である。

 

「でもねっ! 私の考えたダブル・ウルトラ・パーフェクトプランは、そんな悩みをパッパッっと片付けちゃうんだよ!」


 最初の『でもねっ!』の声が大きくて、びっくりした。それに顔を近づけてくるから、驚きは倍である。

 もう、悪意ある行動としか思えない。

 オレは男から離れるように後ろに下がった。

 だか、男はオレが後ろに下がると同時に近づいてくる。しかも、相変わらずのくしゃっとした笑顔。

 この男とは、関わらない方が良さそうだな。

 あいさつして、逃げよう。


 「あのぉ……」 

 「そして、君はこのダブル・ウルトラ・パーフェクトプランの主人公と言っても過言ではない」

 「……主人公?」

 「そうさぁー。私に感謝したまえよ」

 

 思わず、主人公という言葉に反応してしまった。

 オレは、小さい頃から本に出てくる主人公に憧れていた。

 泣いてばかりの主人公も、頭の悪い主人公も、無敵の主人公も、女の主人公も、年寄りの主人公も、どんな主人公でも、オレは目を輝かせ、憧れていた。本を読む度に、この主人公になってみたいと思っていた。それがどんなに過酷なストーリーでも、主人公はいつも煌めき、眩しいから、なりたかった。主人公に。

 しかし、今この男に反応する必要はなかったはずだ。

 もう、この男の話を聞くのはやめよう。何一つ理解できないし。

 ダブル・ウルトラ・パーフェクトプラン? 大人のクセに何を言っているのだろうか?

 よし。帰ろう。

 今日はきっと、休みだったんだ。家に帰って本でも読もう。

 そう思って、帰ろうとした時だった。

 男が歩き出した。オレの後ろの方に。

 男は何故か、教室の窓を開けた。

 窓の外は雨がまだ降っていた、湿った空気が教室に拡がる。

 雨は小雨だが、静かな教室からは雨音は十分に聞こえた。

 そして、男はこちらに振り返りニヤリと微笑んだ。


 「さぁ! 君のストーリーが今、始まる」

 

 男は窓から飛び降りた。

 

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