第2話「焦土からの再起」(後編下)
摂津池田城。
久能たちが連れ帰った朝倉義梵が五月山に建設した要塞です。
「…もう、あいつ一人で十分じゃないか?」
朝倉は次々に重機を開発すると急ピッチで建設を進めて行った。
周辺の住民にも夷軍の乱取り、つまり略奪が始まった場合、城内に避難させる約束で工事を手伝わせていったのです。
エミリーも小さな砦が建つぐらいと思っていたので、呆れてしまいました。
「朝倉殿ー!」
「スタンフォード殿、何か?」
片眼鏡を着けた少年が駆け足でエミリーの傍に駆けて来る。
しかし、この少年、間違って打った釘を素手で木板から引き抜いたと百姓たちが噂していた怪力児童でもあります。
「思っていたより城が大き過ぎではござらんか?」
「自分の説明が足りていませんでしたか。
いや、前に柳生で作った城があっさりと落ちてしまったもので、自分もムキになったものですから。」
あっけらかんと朝倉は笑った。
天真爛漫な発明小僧だ。
「費用はどうなっておるのでござる?」
「自分が作った道具を売って。
後は夷軍が乱取りを始めた時に城に避難させる約束です。
他にも食料を運び入れてくれる集落もありますよ。」
城の方は、このまま朝倉に任せて良さそうです。
エミリーはその場を引き上げ、朝倉に全て任せるといって行きました。
『なんだ、あの城は…。』
当然、久能たちの城は夷軍に見つかり、やがて軍勢が差し向けられました。
しかしあまりに城の建設スピードが早いので敵も手を出し兼ねていたのです。
『半月のウチに倍の大きさになったぞ。』
『この辺りの百姓どもが手を貸しておるよう。』
『今の人数では手出しできん。』
夷どもは狗奴国に駐留する軍団の司令官に、この一件を報告し、参謀たちが召集されました。
『とにかく情報が足りません。』
『大和軍の残党を野放しにし過ぎたのだ。』
『今、正規軍から動かせる兵はおらん。
俘虜どもを放って威力偵察させよう。』
毛野国は、捕らえた別の夷の部族を俘虜兵として連れ回していました。
彼らは乱取りや過酷な作業で使い潰され、足りなくなれば東日本の方々から集められました。
当然、今やその中には大和民族や朝鮮、中国、北方のアイヌのような者たちまで居たのです。
『奴隷兵を放てー!!』
占領された大阪城からボロボロの鎧をまとった兵団が進軍を始めます。
見たこともない夷の蛮族もいれば、大和の捕虜たちも混じっています。
『これより丹波高地の南、五月山に向かって北進す!
遅れたものは手加減のう矢束を浴びせる故、死に物狂いで進めー!!』
「北摂山系の五月山に向かう!
立ち止まった者には射かけるぞ!!
決して止まるでないッ!!」
夷の騎馬武者が言った内容を、隣の大和の武人が翻訳する。
黒い塊が大阪城の焼け野原を更新し、北に向かいます。
道中には夷軍の野営地がまだまだ残っていて、東から移動して来た兵団が駐留しています。
賭場や見世物小屋まで立ち並び、美しい夷の少年や少女たちが猥らな姿を晒しています。
淀川を越える辺りまで来ると百姓が住んでいる農村部に入ります。
潰れた竪穴式住居があちこちに見え、畑からは作物が根こそぎ奪われています。
この辺りは老人は殺され、子供たちは糧食、大人は俘虜兵になりました。
『弱い、弱い、弱い人間ども。』
一団を指揮する夷の武将が嘲笑します。
彼女の周りには毛野国の正規兵らしい武者たちが随行しています。
それにしても俘虜兵たちはバラエティに富んでいます。
シルクロードの終わり、大阪には世界中の品物や人々が行き着いたと言われています。
飛鳥時代には中東の人々、欧州はローマ帝国の金貨が金細工の材料として運び込まれたと考えられています。
倉皇して、夷軍は久能たちの立て籠もる五月山の池田城に姿を見せます。
『まず唐人からかかれ。』
「唐人どもから前に進めーッ!」
赤毛、金髪、栗茶色…。
ヨーロッパ系の奴隷兵から黒人、中国系、朝鮮人と世界中の奴隷兵の見本市のようです。
盾も仕寄せもなく、雑多な装備の敵兵が向かって来ます。
久能は櫓から敵の様子を見ていました。
「あれは夷ではないぞ?」
「俘虜兵でしょう。」
久能の隣に居た朝倉が言いました。
彼は散々、夷軍が奴隷や俘虜を使い捨ての兵として投げつけて来たのを知っています。
「狗奴王とエミリー殿は、大丈夫かな?」
「…さあ。」
朝倉は、何やら嬉しそうに答えます。
久能は妙に引っかかる物言いに眉を吊り上げ、訝しみました。
朝倉は言いました。
「おそらく敵は城に辿り着けはせん。」
朝倉がそう言うが早いか、第1波の攻撃隊は落とし穴やら地面から飛び出して来たカラクリに、見る見るうちに惨殺されてしまいました。
槍や火柱が地面から噴き出し、落とし穴の底には尖った杭が突き出しています。
「…う、あ…。」
その様子を見て久能は顔を青くしました。
知らないうちに何かとんでもない仕掛けの上を歩いていたことになります。
『次だ。
大和の兵を押し出せ。』
「押し出せーッ!!」
今度は大和の俘虜兵たちが向かって来ます。
といっても、生粋の武士は少なく大半が百姓兵のようです。
動きがバラバラで途中でぶつかり合い、味方同士で剣や槍を刺し合ってしまいます。
結局、最初の仕掛けのところまでに何割かは自滅してしまいました。
「ひぎゃー!」
「あああー!」
「あぐ!?」
「少し、惨いな。」
久能が敵を気の毒そうに見て言いました。
流石に同じ大和の民となると心が痛みます。
「…。」
しかし朝倉はそうは思いません。
彼は武士同士の殺し合いだけでなく農民同士の乱取りや作物の奪い合いを見て来ました。
同じ武士でも官位官職まで貰った侍、上級武士というものは、なんと雅なことだなあ。
朝倉はそう考えながら、久能を伺っていました。
しかし一番気がかりなのは、カラクリの誤作動です。
そればかり気にして自分の仕掛けが人間をBBQにしていくのを見守りました。
「うわ、ひいいいッ!!」
「あんたぁー!」
夫婦の俘虜兵でしょうか。
お互いに呼び合って死んでいきます。
久能は目を背けました。
逆に朝倉は、そんな久能の仕草がなんとなく色っぽく感じます。
やがて前列の仕掛けを突破した者が城に向かって殺到してきます。
流石に落とし穴は死体が詰まって平らに均されたようです。
「かかれー!」
「かかれー!」
「進めー!」
俘虜兵たちはお互いを鼓舞し合って向かって来ます。
「あらよっと。」
実に気軽に殺戮マシーンの釦を指一本で押すと、朝倉は仕掛けを作動させます。
今度は城の石垣に埋まっているハニワから矢が飛び出します。
マヌケな顔をした素焼きのハニワが、なんで石垣にあるのか久能も頭に引っかかっていました。
まさかそれが城の攻撃兵器だったとは思いもしません。
ジャコッ、ジャコッ、ジャコッ、ジャコッ…。
最後の望みを断ち切るように俘虜兵たちが死んでいきます。
結局、朝倉が宣言した通り、守備兵たちは弓を番えるまでもありません。
300人余り居た敵兵は、一人残らず殴殺され、夷軍はすごすごと引き上げて行きました。
「えい、えい、えい、えい!」
「えい、えい、えい、えい!」
「おおおー!!」
勝鬨が上がり、仕掛けを止めるとエミリーと狗奴王たちが城外に繰り出し、追撃に出ます。
「なんでやー!」
古風な衝角付兜、挂甲鎧をまとった狗奴王が騎馬で駆けて行きます。
手には弓、腰には蕨手刀を挿しています。
…なんでお前だけ古代の世界観、守っとるんや。
「王に続けー!」
エミリーがそういって狗奴王と並走し、息のある敵兵を探しながら逃げる敵軍を追います。
やはりトラップでは不十分なのか、かなりの敵に息があります。
「…待て、殺すのか?
彼らは夷軍に無理矢理、戦わされていただけだろう。」
「そーれーはー…。」
久能は朝倉や部下たちに、そう言いましたが、誰も答えられません。
色々、考えるのはエミリーの役目になって居たからです。
「スタンフォード殿が、ああしているのですから。
俺たちは、なんといえばいいのか…。」
「…。」
確かにこれだけの負傷兵を収容する能力はない。
しかし、だからといって雑草を刈り取るように、こうも簡単に殺して回っても良いのだろうか?
久能には分かりません。
「…私は、ここには必要ない人間なのかも知れんな。」
久能は唇を噛み、不甲斐無さを痛感していました。