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第2話「焦土からの再起」(後編上)




朝倉あさくら義梵ぎぼん

夷軍に捕らえられ、処刑されることになった職人でした。


若くして不世出のカラクリ細工の天才と言われ、天磐楠舟や城の仕掛けを考案。

柳生の里にカラクリ砦を築き、なんと一人で夷軍に喧嘩を吹っ掛けた。

その後、夷たちは彼を登用しようと交渉を重ねましたが、遂に諦め、処刑することになったのです。


『手先が器用な猿め。

 散々、我が軍を邪魔した挙句、こちらが頭を下げることになろうとはな。』


『腹立たしい。

 さっさと殺してしまえ。』


『まあ、待て。

 獄死されたら、今後も我々に恭順する大和族が居なくなる。

 あくまで処刑だ。』


青い肌の夷たちが傷だらけの少年を運びながら、そう会話しています。

少年は、ピクリともしません。


「ぐっ。」


いよいよ、朝倉の処刑が始まります。

夷の処刑法により、朝倉の頭に麻袋が被せられます。

離れた位置で大弓を番えた夷たちが朝倉に狙いを済ませます。


驚いたことに朝倉を押さえつけているのは夷たちです。

よほど仲間の弓の腕に自信があるのか、あるいは大馬鹿者でしょう。


「かかれーッ!」


急に刑場に武装した兵たちが躍り出ます。

久能とエミリーたちです。


『大和軍か?』

『ゲリラどもめ!』

『返り討ちよ!』


エミリーが指を鳴らすと巨大なシャボン玉が夷たちを襲います。

シャボン玉は夷に触れると爆発したような突風を噴き上げ、敵を薙ぎ倒します。


『術か!?』

『ええい、大和軍にまだ術を使えるだけの兵が居たのか!?』


夷たちがエミリーに弓撃を集中させます。

真っ直ぐに自分に向かってくる矢をエミリーは真正面から迎えます。

もう矢が目の前まで迫った、その時、エミリーの全身がシャボン玉に変化し、そのまま宙に逃れます。


四散したシャボン玉は、やがて一つになり、元のエミリーに戻ると朝倉を救出しました。

それを見届けた久能が号令します。


「退けーッ!!」


久能の号令と共に、兵たちは一目散に刑場を後にします。

後には夷の兵たちと、まばらな見物人が阿呆のように口を開けて様子を見ていただけでした。




狗奴王金世(あきとき)、あるいは金世きんよと呼ばれます。

大阪城が落ちた時に捕らえられ、夷は大和王国の帝と同じく、彼も東京に連れ去ろうと計画しました。


『うるさい、奴だ。』


「なんでやー!」


『何と言ってるか分からんが、同じことしか言わんのか、こいつ。』

『放っておけ。』


夷軍は大和と違い、竜骨を備えたガレオン船を所有しています。

ガレオン船は外洋に出る大きな帆走軍艦ですが、特殊な海流を持つ日本では不向きです。


日本の船は竜骨を持たない小さい船ばかりですが、これは風や波を避けて陸に船を上げなければならないからです。

また船をそのまま地上で引きずって移動することもあるので大きい船は邪魔になります。


『なんだ、あれはー!?』


夷たちの帆走軍艦に海面下を走る謎の物体が突進します。

北米大陸に進出したボールドウィン幕府が発見した海底都市アトランティスの技術により量産された潜水艦、オウムガイ(ノーチラス)です。


『海の中に怪物がいるぞ!』

『馬鹿な、何を寝ぼけたことをー!!』


『いや、ノーチラスだっ。

 海の中を進む船だーっ!』


船に取り付いた久能たちは、素早く狗奴王を救い出します。

夷たちに構うことなく、そのままエミリーのノーチラスは引き上げて行きました。




「海の中を進む船とはな。」


改めて久能は感心します。

しかしエミリーの感想はまた違います。


「空を飛ぶ大和の軍艦を見れば、ノーチラスではとても敵いません。」


「いや、あれは天磐楠という特殊な木材を用いておるのみ。

 この船はヴァイキングの知恵と技術の結晶だ。

 貴公らの技の勝利ぞ。」


「なんでや!」


久能とエミリーが話し合っていると横で狗奴王が大声をあげる。

あまり良い待遇ではなかったらしく、薄汚れ、少し顔色が良くない。


「ところで、でござるが。」


急にエミリーが長剣を抜く。

ヴァイキングの剣、ウルフバートは俗に言われる欧州の剣と違い、鋭く硬く強い鋼で作られている。

ただ日本刀の玉鋼のように広く生産された訳ではないようで数は少なかったようですが。


「苦労して助けた後で気が引けるのでござるが、ここで狗奴王には死んで貰った方がいいかと。」


「なんやてー!」


「!?」


久能も思わず小刀に手がかかる。

エミリーは説明します。


「狗奴王は別段、優れた指導者ではござらぬ。

 彼が死んでも、すんなりと彼以外の血縁者から新しい王が選出されよう…。

 むしろ王が殺されたことの方が大和の民にとっては衝撃的な情報になるはず。」


確かに敵国とはいえ王を殺すというのは、中世的な社会では禁忌でした。

余程の理由がない限り、内外から批判が生まれ、大きな混乱を生むことになるでしょう。


「王位は所詮、存在。

 王個人の死は、王の死に非ず。

 死して狗奴王は大和反攻の角笛となると思いませぬか?」


「…。」


久能は小刀に手をかけたまま、エミリーと狗奴王の顔を順に見ました。


「冗談はやめて。」


久能がそう答えるとエミリーも長剣ウルフバートを収めます。

そして悪そうな笑みを浮かべ、悪戯っぽく言葉を返します。


「久能殿は賢明にござる。

 私は真似できぬ。」


け。

 私こそ、貴公のようになれぬ。」


「な、なんでや!」


船は、そのまま伊勢湾を離れ、血沼海ちぬのうみ、和泉灘こと大阪湾に向かいます。




一連の行動で夷軍は、想像以上に人員が足りていないことが分かってきました。

あるいは、戦力の過半を大和軍以外に振り分けているようです。


まず近江の辺りでは未だに別の夷軍と小競り合いが続いており、美濃・飛騨には関東一円を支配する毛野国とは敵対する勢力が存在する可能性が高くなりました。

次に朝鮮や中国大陸に進出した夷軍は第1線で、第2線が北方、海内の夷軍は第3線ということになり、かなり重要度が低いと見られているらしいこと。


最後に突然、夷軍が攻撃的になった理由は、東京の毛野国(キナ)王が代がわりし、新しく即位した王は野心に溢れ、軍事的な才能のある王であること。

かつて才能ある君主が冒険的野心を抱くことは、不自然ではないとマキャベリは評しています。

毛野国王は、自らの才覚に拠っているだけで、大和に憎しみを抱いている訳ではないようです。


「しかし迂闊だな。」


「いえ、毛野国王にとって、この島は要らないのです。


 彼は大陸にエルフの帝国を樹立し、民族大移動を考えているのでござる。

 自分たちがこの大和を去った後、帝を家来として日本国王に封じておけば良い。


 だから、宣戦布告もなく奇襲したり、大和の民を切り刻んで食べたり、物資を根こそぎ奪っても良い。

 民心を掴む必要がないのでござろう。」


エミリーの評論に久能は青ざめた。

毛野国王にとって大和は養分に過ぎないのです。

自分がユーラシア大陸に進出し、天を駆ける龍となる生贄に過ぎないのだと。


民族浄化エスニッククレンジングが目的ではなく、物資を調達する方法なのでござるよ。」


「…北米で原住民をそうやって逆殺さかごろしにしたのか?」


久能がエミリーに辛辣な台詞を吐く。

しかしエミリーはさらっと答える。


「ヴァイキングにとって略奪が目的でござる。

 支配地域を増やすことは愛国者と君主たちのオナニーでござるからな。

 他国を攻め、領土を増やし、他民族を従え、女を犯し、家財を奪う…。


 しかし実利から言えば、家財を奪うだけで十分でござろう?」


「敵を作るぞ。」


「国家に友人などござらぬ。

 国とはすべからく戦うためのシステムと存ずる。」


国家に友人はいない、か。

国は彼女を見捨て、彼女たちの敵を友とし、今はお互いに利用し合っている。


久能としても否定できない事実でした。

しかし…。


「国は民を生かすためのシステム。

 システムを成立させるために民を投げ捨てて一体、何なるのか?」


「武家社会とは、最初からそう言う制度にござろう。

 それに国は一つではござらぬ。

 現に私はこうして美しい異国の女と御一緒してござる。」


「馬鹿め。」


久能はそういってエミリーの尻を叩きました。




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