第12話「東夷王」(後編中)
スカディが戻らないので久能は、困った。
「敵の本陣に突入していったのまでは、確認できましたが、その後までは…。」
「無茶苦茶な奴だ。」
久能は、味方の陣形を整えつつ再攻撃の準備を始めた。
高志国軍の攻勢は、相変わらず鈍いが自軍の優勢は、動かない。
「ルスラン、全軍の指揮を任せる。」
久能が、そう告げるとルスランは、黙ったまま頷いた。
敵軍は、たまらず潰走した。
その内でも大きな集団には、追手が出された。
久能は、逃げる夷軍の追撃を続け、散々に討ち取った。
「自分でも…。」
久能が何か言おうとして部下の一人が聞き返した。
「は、何でしょう?」
「ん?
いや、自分でも…。
何と言うと思ったのか忘れたよ。」
久能が本体と合流する頃には、スカディも合流していた。
しかし彼女の連れていた部隊は、ほとんど壊滅していた。
「敵の東夷王を見たぜ。
命乞いして逃げやがった。」
「そうか。」
久能は、疲れた様子でスカディを見て、それだけ答えた。
「…貴様、部隊を壊滅させたようだが、どうするつもりでいた?」
久能がスカディに、そう訊ねる。
スカディは、バツが悪そうに答えた。
「いやー。
もう少し敵が簡単に潰れてくれるかな、と。
そう思いまして。」
「死ぬ気だったのか?」
久能が舌鋒鋭く切り返すとスカディは、閉口した。
黙り込んだスカディに向けて久能が続けて話した。
「金沢城攻めでは、お前は休め。
あの調子では、すぐには片付くまい。」
「へえ。」
スカディは、気乗りしない様子で合槌を返した。
金沢城は、犀川、浅野川に挟まれた平地にある。
京から北上して来た久能から見て犀川が手前にある。
「周辺の夷どもは、城に逃げ込んだか?」
「殆どは。」
久能は、すぐにも攻撃を仕掛けたいところだった。
京の十完の事も包囲し続けたままだったからだ。
「城なんてものを考え付いた奴は、さぞ得意満面だったろうな。
おかげで手間がかかって仕方ない。」
通常、人間相手ならば誘降を迫ることもできる。
しかし相手が夷ならば大和に下ることなど考えられない。
奴隷になるか、殺されるしかないのだから。
かつて宣教師ザビエルは、「日本人は、他の何より名誉を重んじる」と書き残した。
勿論、民族の特性というものが本当になるのかは、ハッキリ分からない。
そもそも同じ民族なら全員が同じ感性を持っているというのは、迷信にも程がある。
しかし例えば元寇の時、圧倒的な敵に対し、日本は服従を拒んだ。
最終的に元国との戦いに鎌倉幕府は、勝利を収めた。
だが戦費が嵩み御家人たちの反感を買って鎌倉幕府は、滅亡した。
つまり勝つには勝ったが、そのために社会体制が崩壊したのである。
その後、江戸幕府が成立するまで日本全土を統治する勢力は、現れなかった。
百年以上の混乱が続き、各地では様々な政権が乱立した。
一時的にこそ室町幕府が権勢を占めたが、それも畿内だけのことである。
もし日本が元国に降伏していれば、その後の歴史は、どうなっただろう。
鎌倉幕府の崩壊も戦国時代もなかったかも知れない。
さらに時代を下れば、第2次世界大戦。
もし全ての植民地を失い、軍備を縮小してもアメリカに降伏していれば、その後の歴史は、変わっただろうか?
あるいは、日本人が考えるより降伏を他の民族は、気軽に捉えているのかも知れない。
二月の間、夷軍は、耐え忍んだ。
「十分だろう。」
久能は、寄せ手に攻撃を命じた。
正直、これ以上は、我慢が出来なかった。
京からは、ずっと矢の催促だったからである。
さっさと蛮族の城など落としてこちらは、本腰を入れ直して十完を攻略しなければならないのだ。
想像以上に夷は、元気に暴れた。
しかし大和軍の前に殺されに出てくるようなものだった。
「捕虜は要らんぞ。」
それが久能の命令だった。
ともかく早く帰りたい。
連れて邪魔になる捕虜など構っている暇はない。
それに東夷王アズルドヴェイン以降、初めての大規模な夷の反乱である。
後に続く者が現れないよう徹底的に攻撃した。
「降伏して来た者たちは、どうしましょう?」
「小屋にまとめて入れて火を放て。」
「御意。」
久能の命令を受け、投降して来た夷の女子供は、小屋に閉じ込められた。
全員、怯えていたが命が助かったことに安堵している者も多かったろう。
周囲の異変に気付くまでは。
「取り敢えず城が落ちるまでは、あのままに。
自主的に大人しくしてくれるのなら、それでいい。」
「抜かりなく。」
久能の厳命は、徹底された。
降伏した夷たちが反発しないよう兵たちの暴行などは、目敏く禁止された。
そのおかげで次第に夷たちは、感謝さえした。
抵抗を続ける夷たちは、金沢城の城外、城内で共に激しく戦った。
だが、異変が起こった。
東夷王エルトリンゲンが逃走して来たことは、彼の威厳を失墜させた。
どうやら仲間内で争いになったのか彼は、首を刎ねられて城外に死体が捨てられた。
「東夷王の死体だと?」
久能のもとに敵の王が死んだことが報告された。
捨てられた全裸の夷の死体が何故、敵の王と知れたのか。
まず死体は、山のようにあったが首を刎ねられた死体が珍しかったこと。
次に身体に奇妙な文字らしい傷が見られたこと。
その文字が「東夷王」と判明したためであった。
「仲間内で争ったかな?」
久能は、報告を聞いてルスランに意見を求めた。
輝くような銀髪の女騎士は、黙って頷いた。
「しかし首を切り落としたということは、我々に差し出すつもりだろうな。」
首を使者に持たせて大和軍に降伏を申し入れる用意だろう。
久能は、そう考えて敵軍の使者を迎える用意を命じた。
「全員、大人しくしてくれるなら手早く済む。」
「御意。
しかし燃料が足らぬやも。」
側近が久能に、そう告げた。
久能は、少し考えてから答える。
「足らない分は…。
そうだな。
やはり常の通りにするしかないな。」
久能や主だった武将たちが思案していると敵軍の使者が姿を見せたという知らせが入った。
やがてエルトリンゲンの首を携えた使者が本陣に現れた。
久能もここに軍師を呼ぶ。
この軍師とは、俗にいう”参謀役”のことではない。
首実検に立ち会う陰陽師のことである。
敵の首に呪詛をかけられるという迷信から来る風習だった。
陰陽師は、平安時代から帝や公家たちが頼りにしていた。
武士たちが、この手の人種と付き合い始めたのは、鎌倉幕府の後である。
鎌倉幕府の将軍は、頼朝の子孫が三代で絶えると京から親王たちを迎えるようになった。
彼らが陰陽師を鎌倉に連れて来たらしい。
当初、武士は公家の迷信に嫌々付き合うことになった。
それが戦国時代になると武士も験を担ぐまでになる。
吉日を選んだり犬や鳥が味方の前を横切るだけで不吉と騒ぐようになった。
「…人間のようだな?」
久能は、夷軍の使者の一人を見て、そう言った。
確かに夷の戦士たちの中に人間が一人。
通訳かと思われたが、そうではないらしい。
「我の名前は、アラハバキ。
其は、順わぬ民の王。
我の王は、アラハバキ。
其は、順わぬ神の王。
我の神は、アラハバキ。
其は、順わぬ民の神。
我らの名前は、アラハバキ。
皆、順わぬ民の王。
我らの名前は、アラハバキ。
皆、順わぬ民の神。
我らの名前は、アラハバキ。
皆、順わぬ神の民。
讃え唱えよ、我が神名。
言わずと知れたる神登場。
いかな遠国なく候。
我らの敵は、久能中納言。
其は、吉備領す岐神。
我らの敵は、久能中納言。
其は、男根持つ岐神。
我らの敵は、久能中納言。
其は、飛鳥の岐神。
聞け、吾の名は、東日流の千姫。
吾が最後の東日流なり。」




