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第12話「東夷王」(後編上)




手取川。

日本でも有名な合戦が2度起こった場所である。


「…思ったより、広いか?」


「思ったほどよりは。」


久能とスカディは、手取川周辺の平地を見渡して感想を言い合った。

対岸には、敵の主力が布陣している。


「渡れば退路を断たれるな。」


久能は、そう言って地平線を眺めていた。

一方、スカディの目線は、敵ではなく久能の表情に向かっていた。


ごちゃごちゃ考えても仕方ない。

地の利は、完全に敵にある。

こちらには、迂回するとか小細工を打つような状況にない。


真っ直ぐに川を渡って敵の攻撃を防ぎきって、そのまま踏み破るしかない。


敵は、それが分かっているから堂々と正面に数を揃えて来た。

たっぷりと8千は、下らない。


「やはり、作戦を見直すべきだろう。

 他に方法はないか?」


「あるとも。

 今すぐに突っ込むか、もっと急いで今すぐに突っ込むかだ。」


スカディは、そういって泥を蹴飛ばした。

飛んで行った泥が丘の上から斜面に落ちた。

久能は、泥を目線で追うと、その先に待つ敵陣に再び目線を戻した。


「…自信がない。」


「えええ?」


久能が弱音を挙げるとスカディが地面に腰を下ろして足を投げ出した。

後ろで近習たちもクスクスと笑っている。


「どうも攻めるより逃げる方が性に合っている。

 こちらから仕掛けるのは、億劫だ。」


久能は、そういうと丘を降りた。




「仕掛けてくるぞ。」


手取川の対岸に布陣した夷軍は、大和軍の動きを確認した。


しかし大和軍は、渡河するどころか反転して後退を始めた。

ズルズルと川から離れて南下を開始したのである。


「どういうつもりだ、連中。」

「川を渡って戦う気概がないのさ。」

「なんと覇気のない。」


夷軍は、大和軍が後退していくのに満足した。

さりとて久能は、このまま高志国から出て行く様子もない。


加州の東夷王エルトリンゲンは、手番を交代された。


「こちらに攻めて来いというのか。」


急速に勢力を拡大した高志国の夷たちである。

攻めっ気を欠けば威信にきずが着く。

それを勘案しての誘いであった。


「ここで逃げる敵に追撃を仕掛けなければ臆病者と言われよう。」


「敵が先に逃げたのだ。

 我が軍の勝利だ。」


「いや、追撃をかけるべきだ。」


「そうだ。

 みすみす逃がすつもりか。

 徹底的に叩き潰すのだ!」


「勝ちを拾った戦で死ぬなど、つまらぬ。」


夷軍の武将たちは、口々にお互いの意見を挙げた。

東夷王エルトリンゲンは、真一文字に口を結んで、それを見ていた。


やがて武将たちの中でも老齢な、といっても夷は、皆少年のような姿なのだが、人物が口を開いた。


「敵の作戦ということは、重々に見て取れます。

 しかしやはり、解せませぬ。

 敵軍になにがしかの問題が起こり今になって後退する必要が出来たとも思われます。


 臣としましては、これを好機と捉えるべきかと。

 陛下、攻撃の許可を頂きますよう。」


主だった武将の発言を受けエルトリンゲンは、答える。


「信託を受けよ。」




夷軍は、巫女たちを集め、祭壇に向かって祈祷を始めた。

ある種の戦勝祈願である。

エルトリンゲンは、儀式が済むと武将たちと共に大和軍を追った。


久能は、敵から先に仕掛けてきた方がやり易いと考えたが今回は、厳しいように思える。

後退を続けていた大和軍は、敵が動くのに合わせて再び戦闘準備にかかった。


「ちょっと仕事が入った。」


スカディは、そういって諸隊をまとめると反転して敵に突っ込んだ。


戦闘は、地上と上空の双方で始まった。

両軍の鸞兵が押し寄せ、頭上で激しく打ちあう。

地上でも騎馬と歩兵がぶつかり合い、大混戦が始まった。


お互いに最初の作戦を放棄した状態で戦闘になったため無秩序な乱闘に発展していった。

こうなると指揮官の優劣ではなく単純にどちらが戦い慣れしているかの問題であった。


「どけ。」


久能は、騎馬で移動しながら弓撃で敵の主だった者を狙って転戦する。

戦場に長くいれば本気で殺し合いに順応できる者とそうでない者が分かる。

覇気のない兵は、そういった蛮勇な味方が倒されれば挫ける。


手早く戦慣れしてそうな強兵を狙撃すると、その場を離れた。


久能がこうやって夷軍をズタズタにしていくと、やがて連携が崩れ始める。

夷軍は、我慢できなくなって各部将が自分の部隊を集結させた。


もともと寄せ集めである。

誰もが新王国での地位欲しさに集まっただけで信頼関係はない。

苦しくなれば我が身可愛さに、こういった行動を取る。


しかしエルトリンゲンの部族から編制された戦士団だけがしつこく戦い続けていた。

彼らだけは、東夷王の先祖から仕える譜代の家来だからである。


「限界か。」


久能は、また攻める気をなくした。

敵もそうだが、こちらも高志国勢の動きが鈍い。

吉備軍だけに負担が集まり過ぎている。


数の上で大きく不利なのだ。


「何時まで盆踊りしてるつもりだッ!」


スカディは、決定力に欠ける戦闘に憤った。

敵も早々に引き上げ、まるで自分の前に出てこない。


「とはいえ、突っ込んだらこっちが潰される。

 畜生、高志国の連中は、何をオカマぶっこいてやがる!?」


「スカディ殿、もう引き上げよと。」


伝令が久能の命令を取り次ぐ。

しかしスカディは、撤退するつもりはなかった。

そのまま東夷王の本陣まで突進する気でいた。


「めんどくせえ!

 殿には、仕切り直したけりゃ私が死んだ後で好きにしろって言っとけ!」


「はッ!?」


「皆どうせ死ぬんだよ、最終回だからなッ!!」


スカディは、訳の分からないことを言いながら強行した。


真っ直ぐに敵陣に突撃するスカディと騎馬隊。

エルトリンゲンは、これを勇敢に迎え撃った。


「うらあッ!」


首尾よく接敵したスカディの斬撃で敵兵の身体が地面に散らばった。

そのまま砂の山を崩すようにスカディは、進んでいったが味方が着いて来ない。


一人、また一人と数を減らし、やがてスカディだけになった。

しかし敵も相当数が倒されている。

おまけに過半の者は、逃げ出していった。


エルトリンゲンは、騎馬を前に進めてスカディと相対した。


まず東夷王は、槍を投げてスカディを撃つ。

しかしこれは、スカディに当たらず地面に落ちた。


今度は、スカディも勢いを着けて東夷王に向かう。

だが、敵の第2投が馬に当たって落馬した。


「ぐわっ!」


東夷王は、これに喜んでとどめを刺そうと近づく。

スカディは、敵の騎馬を徒歩で迎え撃った。


馬上からスカディを襲う東夷王。

スカディは、威勢よく喚き散らしているが、逃げ回ることしかできない。


「畜生!

 ぶっ殺すからな、てめー!!」


『なんと見苦しい。

 大人しく降伏するか、打たれるか潔く決めるが良い。』


エルトリンゲンは、呆れたが敵将を逃がすこともできない。

しつこくスカディを追い回し、攻撃を続けた。


「ああ、もう、死ね、このヤロッ!」


スカディは、苦し紛れに振り返って切り返した。

これが偶然なのか、東夷王の集中力が途切れていたのか、彼の左手の指を刎ねた。


『おお、おおおっ!』


東夷王は、自分の左手を見た。

流れる血が乗騎や鎧、地面に止め処なく落ちた。

その様子を見てスカディは、獅子のように飛びついた。


しかし一瞬の差で東夷王は、助かった。


彼の馬がスカディが向かってくるのを見て、彼を振り落としたためだ。

東夷王の馬は、主を見捨てて逃げ出していった。


あっという間に地平線まで逃げ出し、戻って来なかった。


『おお?

 あ、あああー!?』


エルトリンゲンは、地面の上で体勢を直した。

彼は、自分の馬を目で追った。

背後には、スカディが迫っている。


「待ってくて。

 あなせばあある。」


エルトリンゲンは、日本語でスカディに、そう告げた。


「ああ!?」


スカディは、武器を持ち直しながら唸った。

東夷王は、なおも声を上げる。


其方そなたは、大和民そくでわないだろう?

 ならは、其方と余は、(よしみ)がつうしるのてあないか。」


「おお?」


「ほうひお与える。

 命だけわお助けおッ!」


東夷王は、命乞いを続けた。

スカディは、呆れる。




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