第12話「東夷王」(中編下)
高志国。
三夜によれば、ここに新しい東夷王を名乗る夷が現れたといいます。
そして、これもまた新しい東日流王がその軍師をしていると。
「周辺の夷たちは、新しい夷王を頼って集まっているっちゃ。」
高志王は、大軍を起こして久能と合流しました。
既に高志国のほぼ全域を夷が占拠し、多くの住民が死にました。
しかし報告によれば夷も部族同士で争っているようです。
「まるで蟲毒の壺だな。」
逃げ場を失った夷たちが殺し合う閉塞空間。
現世の地獄です。
「余の息子も殺されたっちゃ。
父親より早く死んでしまうことなどなかったのに…。」
塞ぎこんだ高志王は、顔を手で覆いました。
久能は、その様子を無感動に眺めていました。
「陛下。」
久能は、出来るだけ注意を払って高志王に声をかけました。
しかし彼は、嗚咽を堪えられずにいるだけです。
もう、幾日もこの様子だと聞かされました。
家臣たちは、王の心痛を解しているものの流石に焦りを生んでいました。
全軍は、すぐにでも反撃に出たいのです。
「陛下。
申し訳ありませんがすぐにでも高志国を奪い返さねばなりません。」
「中納言殿、無理だっちゃ。
それは、無理だっちゃ。
余の心の整理が着くまでは、とても軍を動かすことはできないっちゃ。」
高志王はそう言ってまた前屈みに上体を崩しました。
結局、彼を説得することができず、久能は一度出直しました。
「しかし今のまま進撃を始めても数の上で負けるだろう。
なんとか兵力を集めなければ。」
聞けば敵も仮面兵を生産し始めたと聞きます。
これでは、勝ち目がありません。
「仮面兵対仮面兵か。」
久能は、ゾッとしませんでした。
「だが雪姫の娘が東日流王なのか?」
「娘かは知らんが。
あるいは自称か。」
スカディの質問に久能が答えました。
またスカディは言います。
「雪姫本人は、今、どこで何してるんだろう。」
「…きっと私に力を貸したことを悔いているだろう。
私を恨んでいるかもな。」
久能は、そういって自嘲した笑みを浮かべました。
スカディは、ちょっと困った表情に見えます。
久能は、海賊たちや浪人、農民兵を集め、当座の兵力差を埋めました。
「進めー!
夷どもを皆殺しにするのだー!!」
高志軍と吉備軍は、九頭竜川で夷軍と激突しました。
久能側が3万、敵もほぼ同数。
真昼に真正面から両軍は撃ち合い、相当な損害を出しました。
この戦いでどちらが勝ったか負けたかは、不確かなものです。
ただ久能軍が進み、夷は退きました。
これは夷軍の作戦であり、損害によるものではなかったのです。
その後、夷軍は統制の取れた様子で退却し、戦闘を仕掛けてくる様子もなくなった。
「夷軍に誘降を仕掛けてみてはいかがでしょうか?」
若い家来が久能にそういった。
といっても久能もそれほど老人でもないのだが。
「ふむ。
確かに長年、我々は夷軍には武力を以て討伐するしかしてこなかったからな。
話し合いという手もあるだろう。
だが、話し合ったところで夷は、大半が処刑されるか奴婢になるかしかない。
話し合う意義があれば彼らは、最初から武力に訴える必要もないのだから。」
久能は、そういって計略案を棄却しました。
親しい者たちの死に憂いているのは、高志王だけではありません。
久能とて、戦禍で多くの仲間を失いました。
振り返ってみると無意味なことを繰り返してきました。
内乱は、爛れた傷を残すばかりで得る物はありません。
久能は、他にやり様がなかったためにそれを続けるしかなかったのです。
人は、太陽が育てた作物以上には、生きられない。
そうである以上は、溢れた人間とそうでない人間の生存戦争は不可避なのです。
そうでなければ久能たち、武士の仕事はなくなります。
「つまらん戦だな。」
久能は、嘆息しました。
高志国、こと越国は、時代により越前、越中、越後、能登、加賀の5ヶ国に別けられました。
大和国や京に近く強大な国力を蓄えていた、この地域も吉備や出雲のように朝廷に注視されて来ました。
殊に歴史上、多くの武将がこの地で再起を謀り、破滅して来たのです。
夷たちが新たな東夷王を推戴し、この地に拠るのは、歴史の必然であったのです。
「京に近いために多くの武将が高志国に拠点を置いたが、捲土重来叶わず、そのまま滅びた。
なんだか因縁の地だなあ。」
スカディは、そういって干し肉を噛みました。
無表情で口をモゴモゴさせていると、まるで牛のようです。
「東日流王も東夷王も、なんでこんな縁起の悪い場所に。」
「縁起が悪いとは、聞き捨てならないっちゃ!」
高志国の武将が反論しました。
それにスカディが半笑いで答えます。
「あっはっはっは…。
ごめん、ごめん。」
「しかし、もし高志国を夷軍が完全に掌握すれば強大な敵となるだっちゃ。」
「んー…。」
しかしスカディは、しゃんとしません。
新しい東夷王の軍は、全く脅威ではないからです。
所詮は、寄せ集め。
統率は取られていて、混乱は見られませんが、ただ怖気づいているようにも思えます。
案外、内紛が起こって反撃どころではないのかも知れません。
「いや、この敵は弱すぎるだろ。
歯応えがなさ過ぎるぜ。」
「油断は大敵であります。」
伊邪奴がそういってスカディに注意しました。
スカディも分かっているという表情で応じます。
「あー、油断させる作戦とか?
でもよお、数に勝る連中がなんで詭計を使う?
謀ってのは所詮、敵を貶めようとして自分を見失った姿でしかないんだよな。」
スカディがそういって腕を曲げ、一同の前で筋肉を見せます。
そして続けて言いました。
「合戦は、この腕で決定する!
私らは油断もなければ、恐れもない!
夷軍は、粉砕する!!」
「おおおー!」
「であります!」
「だっちゃー!」
武将たちは、スカディの檄に応えて歓声を挙げました。
「にしても、ここは寒いらしいじゃないか。
戦いが長引かなければいいが…。」
スカディがそういってルスランを見ながら言いました。
ルスランは、黒猫を抱いてそっちを見ています。
全軍は、問題なく越前を越え、加賀国に進みました。
新しい東夷王は、この地に本拠を置いているようです。
「加賀の東夷の王…。
加州王…。」
流石に敵も加賀国まで久能勢が進むと反撃の動きを見せました。
手取川の戦いです。




