第12話「東夷王」(中編上)
「まあ、どの道なんかの理由で戦は、始まるんだからさ。」
スカディは、床の上にみっともなく寝転びながらそう言いました。
対面の義梵は、面白そうではありません。
「夷だから殺すというのを受け入れろというのですか!?」
「落ち着けぇ。」
血走った目をした義梵にスカディが子供をあやすように言います。
「この国では、ずっと食い物だ、奴婢だ、と戦を繰り返してたじゃないか。
何も変わらない。
これまでそれでどっかの国が根絶やしになったことがあるか?」
「根絶やしにならなければ夷は、殺されても良いんですか!?」
さっきからこの調子で義梵は、落ち着きません。
夷と付き合いの深い彼にとって他人事では、ありません。
逆に祖国を捨てたスカディです。
そもそも大和人だろうが、夷だろうが関係ありません。
まさに天衣無縫。
裸一貫、何者にも囚われない彼女にとって絵物語のように実体感のない話です。
それより直近の問題は、外国人としてこの国で生計を立てるには、戦乱が要ります。
倭寇の海賊活動も魅力的でしたが、久能の侍大将としてあちらには参加できません。
率直に言えば自由になる金が欲しい。
「とにかく態度を改めろ。
今のままでは、首が危ういぞ。」
「…うぐう。」
さりとて義梵もここで立場を入れ替えることなどできません。
彼にとって公私に渡って夷たちは、掛け替えのない者たちになっていましたから。
その場を立ち去ると義梵は、足早に退散しました。
数日後、彼は家財や仲間たちと共に雲隠れしました。
既に京の職人界隈でも立場が微妙になっていたのです。
「スカディは、結婚するつもりはないのか?」
いつか別の場所で久能が何気なくスカディに訊ねました。
彼女は、素っ気無く答えます。
「その子が異人の子として蔑まれるのは、可哀そうだ。
ハッキリ言えばどこかの戦場ですっぱり死ぬのが理想だが…。」
「この上ない忠誠の言葉と思っておく。」
久能は、目を伏せつつそういって聞き流しました。
スカディも気まずそうに嫌な笑いをします。
「なんだかな。」
スカディは、一人で考え込みました。
守る物も守ってくれる物もなく、運よく今日まで生きて来ました。
しかしこの先、何のために生きているのか。
生きることに意味がない以上、命をどう使うかです。
その意味でスカディは、自分のやりたいことのために命を使っています。
その事に悔いはありません。
久能豊。
彼女は、スカディにとって守りたい物なのでしょうか?
それとも今の自分の立場を守るために仕えているだけなのでしょうか?
こうして自問自答してみると分からなくなります。
久能は、悪人ではないと思っています。
しかし善人は、いまだ悪人ではないだけということも言えます。
義梵が訴えるように今回は、久能は悪人かも知れません。
同じ夷と戦うのでも今は、状況が違います。
これまでは、大和王国にとって対等以上の敵でした。
しかし今は、各地にバラバラに移住させられた脆弱な立場にあります。
「弱い者いじめだからなあ。」
だからどうした。
世の中、そんなものじゃないか。
生き物は、死ぬ。
死ぬという取り返しのつかない事柄に対し、卑怯も悪徳もない。
そんなものは、遊戯の中だけの話にして貰いたい。
生き残りたければ敵を背中から襲う。
時には、味方を見捨てる。
味方と一緒に戦うのは、正義の為ではなく勝って生き残る為です。
あらゆる悪徳が生死の前には、許されても良い。
「生きてさえいれば。」
スカディは、そう言うと寝床である畳の上に倒れ込みました。
悪いな、義梵。
夷やお前のためにまで私は、死にたくないよ。
久能を筆頭に各地の武士は、朝廷と幕府を無視して独自に行動を起こします。
帝と十完の議論にケリが着くのを待っていられません。
「常に武家は、行動によって自らの意志を天下に示すものだ。
薄汚い夷どもを根絶やしにせよ!」
久能の号令に各地の諸侯が動き出します。
畿内一円で起った戦闘は、日本全土に飛び火します。
しかし朝廷は、最後の切り札を切りました。
十完を朝敵として指名したのです。
「…無視しろ。」
久能は、この報せを伊勢攻めの最中で聞きました。
伊邪奴が口を挟みます。
「ですが、帝の号令に背けば…。」
「帝は、上様が自分に逆らったことを大義にしている。
しかし夷を討伐するのは、攘夷。
すなわち帝の為だ。
このまま我々が夷討伐を繰り返しても何の問題もない。
…そうだろう?」
久能の冷然な判断に諸侯も続きました。
しかし当然、十完は、京に援軍を寄越すように諸侯に命令します。
「やめさせろ。」
久能は、今度の報告にそう判断を下しました。
「帝の朝敵指名に対して諸侯に援軍を求めれば、ますます朝廷に逆らった度合いが深くなる。
…使者を密かに送って辞めさせぇ。」
「は。」
しかし結局、京での帝と十完の小競り合いが悪化。
諸侯は、久能に京に戻って事態を収拾することを望みました。
「帝は、あることないことを理由に上様を弾劾しておられる。」
「神山で鹿を撃っただの、帝を呪詛しただの。」
「このままでは、収まりが着きません。」
「…どうしろというのだ。」
久能は、頭を抱えました。
自分に十完を、将軍を討伐しろとでもいうのでしょうか。
「殿…。」
項垂れる久能にルスランが静かに意見を挙げました。
副将が彼女の代わりに大きな声で代弁します。
「まず上様に将軍職を退くように忠告するのです。
さすれば帝も島流しで留め置かれることかと存じます。」
「なるほど。
その手で行くか。」
久能は、右筆に書簡を仕上げさせると公家衆に使者を同伴させて京に送りました。
さて問題は、眼前の伊勢攻めです。
南和、伊賀、紀伊山地を中心に夷は、抵抗を続けています。
野人と化し、山野を駆け巡る夷軍に久能は、手を焼いていました。
「森ごと押し潰すか。」
「あまり勝手は、できません。
正攻法に努めましょう。」
伊邪奴は、そう言います。
スカディも同意しました。
「任せてくれよ。
そろそろ本腰を入れるぜ。」
ですが久能は、首を横に振ります。
「むしろ派手な戦いで帝に夷を何としても討つべきだと思わせたい。
できるだけ手段を選べずに苦戦していると思わせたいのだ。
火攻めだ。」
久能は、そういって膝を叩きました。
しかし一同、納得しかねるのか首をひねります。
「…なあ、殿。
ちょっと熱くなり過ぎてないか?」
「…かも知れん。」
スカディに指摘され久能は、ハッと顔色を変えました。
「しばらく戦闘を控えよう。
…本当に京に戻って上様と戦うことになるかも知れん。」
「御意。」




